※グロ苦手な方は注意。 前途多難な極彩色の軌跡 #07 カランカランと薬莢が雨のように地面に降り注ぐ中、銃声に混じって低く嗄れた断末魔が響き渡った。人のものではない奇声を上げて向かってきた妖魔の顔面と思わしき場所を蹴り上げて宙を舞う。 上体を逸らし、後方から此方に攻撃を仕掛けていた敵に銃弾を撃ち込んだ。 素早く体勢を整えて着地し、低い姿勢のまま敵と敵の間を走り抜ける。 左手に持ったサバイバルナイフを人型の敵のアキレス腱付近に滑らせると、絶叫を上げてその妖魔が倒れこんだ。 『へぇ、人型なら弱点も同じってか?』 頬に飛んだ返り血を親指で拭って、哂う。 敵が起き上がる前に頭に銃弾を撃ちこみ、息絶えた事を確認する暇も無く別の敵に向かう。 巨体を持つ敵の正面に回り、抱き潰さんばかりにその太い腕を広げた攻撃から壁を蹴って上空に逃れ、背後に着地する前に敵のうなじにナイフを突き刺した。 しかしそれだけでは倒れなかった敵の足首を狙い撃ちし、仰向けに倒れたところでその頭を床に思い切り踏みつける。 先ほどうなじに突き刺したナイフが喉を突き破って正面に飛び出し、吹き出すようにして血が地面に広がっていった。 ―――敵影消滅。安全領域に入りました。 硝煙の匂いを漂わせて、H.A.N.Tのアナウンスを聞いた黒子はホルダーに銃を収めた。 死骸からナイフを抜き取り、血糊に濡れたそれを見て眉を顰める。 数度振って血を払うが、グリップまで濡れてしまっているため、殆ど意味を成していない。 『この体で二挺を同時に扱うのは無理だな』 軽くタオルでナイフを拭ってホルダーに収め、痺れの残る掌を見下ろす。 やはり12・3歳の体で銃を扱うのは負担が大きいようだ。 以前のような長時間の連射は不可能に近い。 マグナムはまだ撃つ事すら無理だろう。 ショットガンは体への衝撃がきつかった。 慣れや経験ではどうにもならない体格の問題は、自身が自覚している以上に大きいのかもしれない。 『ま、成長しないわけじゃないから今はいいか』 部屋の端に放り出したままだった荷物を手に取って中身を確認する。 どうやら壊れてはいないらしい。 部屋に入るなり4体の敵に襲撃され、その時に敵に壊されないようにと避難させたのだが、無事でよかった。 すでに必要な依頼品は揃っていたが、体力や弾薬にも余裕があるので、もう一区画くらい探索していこうかなと細い通路を先に進む。 扉を一つ潜った先に、両開きの大きな装飾の施された扉が現れた。 扉に手を掛けると同時に鍵が掛かっている事を知らせるアナウンスがH.A.N.Tから流れる。 『室内に異変は無し。トラップもないみたいだな』 慎重に室内を見て回り、扉の左側に施されていた蛇の形をした彫像に触れる。 ぐっと下に向けて力を入れてみると、何かが嵌るような音と共に蛇の頭が動いた。 それが扉のスイッチだと当たりをつけた黒子が最後まで蛇の頭を押し下げるが、ガコンと下がりきった音がしただけで変化は無かった。 一旦手を話して扉を確認してみるも、鍵は掛かったままである。 もう一度蛇の頭を下げてみるが、やはり先ほどと何ら変わりない。 『あれ?』 こてりと首を傾げた黒子の視界に、手元にある彫像とは別の、扉を挟んで2.5mほど離れた場所にまったく同じ形の蛇の彫像が映った。 『……』 手早くH.A.N.Tを取り出してメールを送信する。 From:Shadow 件名:バディ募集! 本文:ここ攻略に二人は必要な遺跡だった\(^o^)/ 先に進めんヘルプ! From:Falcon 件名:Re;バディ募集! 本文:俺、引退してんだけどwww てかお前なに潜ってんのwww謹慎中でしょーがwww From:Shadow 件名:Re;Re;バディ募集! 本文:うるせぇ 一般人生活はストレス溜まんだよ( ゚д゚)、ペッ From:Falcon 件名:Re;Re;Re;バディ募集! 本文:そういう問題かwww お前の上司m9(^Д^)プギャーwww つか能力値がえげつねぇのが数人いるじゃん! そいつらバディにしたらいんじゃね? From:Shadow 件名:Re;Re;Re;Re;バディ募集! 本文:一般人だろ!\(`皿´#) あとあいつらにあんま深く関わりたくないので却下!とどちらが本音かバレバレな言葉を続けて送信してH.A.N.Tを閉じる。 完全に手詰まりになった黒子は、仕方ないとばかりに肩を竦めて荷物を持ち直す。 無理してここを突破しても、先でまた同じように二人必要なギミックが出てきたらどうにもならない。 いや、先に進むためのギミックならまだいいが、それがトラップの作動を止めるギミックだった場合、完全に死亡フラグだ。 無謀な行動を取るような若さや愚かさはない黒子は、本日の探索にあっさりと見切りを付けて遺跡を後にしたのだった。 *** 「そういや知ってっか?」 「あ?何がだよ」 購買で買い込んだ食糧を机に広げて昼食を取る少年達の1人が、仲間の気を引く様に大げさな手振りで声を上げた。 近くでサンドイッチに噛り付いていた灰色の髪の少年―――灰崎祥吾にもその声が届く。 興味は無かったが、意気揚々と語り始めた少年の声は無視していても聞こえてきたので灰崎は小さく眉を顰めた。 「校舎裏にさ、ぼろい建物があるだろ?」 「あー、昔の部室棟だったとこか?」 「そー、それ!あそこにさ、出るらしいぜ」 「出るって何がだよ。ねずみか?」 「いや、出そうだけど!そうじゃねぇよ!出るっていやー決まってんだろ!幽霊だよ!」 「はぁ?」 幽霊、と聞いて目を輝かせる者と呆れた風に声を上げた者。反応は半々だ。 ちなみに灰崎は後者だった。 「あ、それ俺も聞いたことある!」 「マジかよ」 「物音がしたけど誰も居ないとか、断末魔が聞こえるとか、夜中に鬼火見たやつが居るって話だろ」 今度確かめてみねー?と悪戯めいて笑う少年達に、灰崎は白けた視線を向ける。 くだらねぇ、とますます興味を無くして少年達から視線を逸らした灰崎は、携帯を取り出してメールを確認した。 よく行くショップのメルマガと、見慣れた名前の女からのメールが2件。 内容に目を通し、一つ舌打ちしてそのメールを削除した。 「いい加減うっとうしいんだよな」 付き合ってと煩いから興味本位で付き合ってみたが、やれ買い物だデートだと面倒くさい。そろそろ飽きたしなー、と最低な事を考えていると、後頭部に小さな衝撃があった。 続いて二度ほど何かをぶつけられる感覚。 足元に転がっていたのは消しゴムの切れ端だった。 ビキッと額に血管を浮かべて、灰崎は勢いよく後ろの席を振り返った。 「テツヤ…お前いい加減にしろよ!」 「君から嫌な気配を感じたので。どうせくだらない事でも考えてたんでしょう?」 「ホント、失礼な奴だな!」 強面の灰崎に凄まれても動揺一つ見せずに平然とパックジュースを飲む黒子に、苛立ちが募る。 普段から何かと絡んでくる黒子は、見た目は大人しそうな文学少年だ。 けれどもその中身は不良としてクラスメートに遠巻きにされている灰崎を臆しもせずに平然とからかう様な肝の据わった男である。 何故かバスケ部三軍のくせに一軍である青峰たちと仲良くしている黒子に、最初こそ何度かひやかしたり嘲弄したりしたが、結果総スルーを食らい、腹が立って殴りかかった事があるが一度たりとも攻撃が当たった事は無かった。 今では灰崎の方から絡むのを止めたのだが、残念ながら同じクラスな上に席も前後というこの状況。 暇潰しのように時々こうやって悪戯を仕掛けてくる以外では害が無いが、それでも優位に立たれているようで据わりが悪い。あと腹も立つ。 「大体ダイキ達はどうしたんだよ!お前ら最近ずっと一緒に飯食ってただろ!」 「たまにはのんびり1人になりたい時もありますよ。若者は元気すぎて、おっちゃん疲れたよパトラッシュ」 「色々混ざってる!!」 通りでさっきから時々「テツー!?」だの「テツくーん!!」だの「黒子が居ないのだよ!」だの聞こえてくると思った。どうやら今日は彼らから逃げているらしい。 なぜ自分の席に座って平然と昼食を取っている黒子に彼らが気付かないのかは分からないが。 テツヤの事あいつらに教えてやろう、と新規メール画面を開いたところで手元から携帯が消えた。 おい!と灰崎が眉間に皺を寄せて犯人を睨む。 「泣きながら後悔したいですか?」 にっこりと珍しく分かりやすい笑顔を浮かべて電源の切られた携帯を差し出してくる黒子に、灰崎は頬を引き攣らせた。 慌てて首を横に振り、受け取った携帯を素早くポケットに収める。 そうしてちらりと窺うように視線を上げた先では、黒子は先ほどの笑顔は引っ込めて手元のゲーム機のような珍しい形の機械を弄っていた。 本能的に黒子を怒らせてはいけないと常日頃から感じている灰崎は、大げさなほど安堵の息を吐いて少し温くなったジュースに口を付ける。 「ところで灰崎くん」 「…んだよ」 黒子の持っている機械はH.A.N.Tというらしい。 何か思いついたような顔で灰崎を見上げた黒子は、じっと穴が開きそうなくらいに遠慮なく見詰めてきた。 その視線から逃れるように気まずそうに顔を背けた灰崎に、黒子は淡々とした物言いで質問する。 「君、幽霊とか大丈夫な人ですか?」 「あ?お前あんなもん怖いのかよ」 「僕は別に何とも思いません。ただ物理攻撃が効かない相手だと対処に困るとは思いますが」 「は?」 何、お前幽霊と戦う気なのかよ!と吹き出すが、黒子のリアクションは薄かった。 カチカチと黒子がキーを叩く音が騒がしい教室内で妙に耳に付く気がして落ち着かない。 「ゲームとかやります?主にアクションとか」 「バイオならたまにやるけど…何の話だよ」 「それは好都合。ホラー映画とか見ます?」 「面白そうならな。…つーか、だから何の話だ」 「流血とかグロテスクな表現は平気ですか?」 「気にしねーけど…おいテツヤ、」 「どの程度の怪我なら耐えられます?」 「俺は何を試されてんの!?」 彼らに比べれば灰崎くんの方が色んな意味で気が楽なんですよね…などと呟く黒子に、灰崎は嫌な予感が酷くなるのを感じる。 食べ終わったゴミを片付けて、次の授業はさぼろうと立ち上がった所でガシリと腕を掴まれた。 恐る恐る見下ろした黒子は、まだ片手でH.A.N.Tを弄っていた。 タン、と中指が軽く跳ねてエンターキーを押す。 見上げられたその瞳は新しい玩具を見つけた子供のように楽しげな色を浮かべていた。しかし弧を描いた口元が、その印象をどこか薄情なものに変える。 「よし、君に決めた!」 「だから何がだよ!ポケットモンスター的な話か!?」 「灰崎くん…真昼間から下ネタはどうかと思います」 「え!?」 「え?」 謂れの無い指摘を受けて驚く灰崎に、黒子もきょとんとした顔をする。 まったく意思の疎通が出来ていない二人であった。 黒子が英語圏で育った弊害とも言えるが。 「まぁそんな事はどうでもいいです。それでですね、灰崎くん。君に提案というかお願いというか、があるんですが」 「……なんだよ」 黒子の改まった物言いに、思わず体を引いた灰崎だった。 「バイトしませんか?」 「バイト?」 「はい。僕の指示に従って行動してくれるだけでいい、とても簡単なお仕事です。受けてくれるなら日給一万出します」 「い、一万!?それ怪しい仕事じゃねーだろうな!?」 「いえ、怪しくはないですよ。…多分」 「多分!?」 「能力的にも性格的にも君がベストなんです。部活が無い日だけで構いません。どうですか?」 「そりゃ、一万貰えるなら寧ろやりてーけど…」 普通にバイトしても一日で一万稼ごうと思えばかなり大変だ。 それ以前にこの年でバイトはまだ出来ないし、かといって親からの小遣いだって十分かと言われれば否。 好条件だが仕事内容が不明確なそれに灰崎が揺れていると、黒子から「大丈夫です、体格的には十分いけます」というよく分からないフォローも入った。 「―――分かった。やる」 「本当ですか!ありがとうございます、実は結構困ってたんです」 表情を明るくした黒子が安心したように微笑むのを横目に見て、これがバレたら青峰たちが煩そうだなと思う。 だが次の瞬間にはあいつらの悔しそうな顔を見れるなら別にいいかと思いなおした灰崎の前に、一枚の紙が置かれた。 全文英語で書かれたそれに灰崎は嫌そうな顔で黒子を見る。 「では早速、この誓約書にサインをお願いします」 「なんだ、これ。なんか色々書いてあるみてーだけど」 「仕事内容を他人に喋ったりしませんよ〜、仕事中ミスって死んじゃっても責任は誰にもありませんよ〜って感じの内容です。サインすればそれに了承した事になります」 「ちょ、待て!!俺なにさせられんの!?」 「ダイジョウブ、アブナクナイヨ」 「嘘くせぇええええええ!!!!」 サインサインと紙を突きつける黒子にとんでもなく不安に駆られつつも、結局はバイト代に惹かれてしっかりサインした灰崎だった。 後日、黒子との婚姻届に灰崎がサインしたらしいと噂になって一部の某レギュラー達から鬼のような形相で追い掛け回されたのはまた別の話である。 From:Shadow 件名:バディ一名ゲットだぜ! 本文:そういやさっき確認したら特記事項が『消しゴム戦士です』になってた(´・ω・`) From:Falcon 件名:おめでとーヾ(*´∀`*)ノ 本文:どんだけ投げたんだよwww 灰色頭くんに謝れwww From:Shadow 件名:Re;おめでとーヾ(*´∀`*)ノ 本文:Σ(゚Д゚;) なぜその子に消しゴム攻撃をした事がバレた?! From:Falcon 件名:Re;Re;おめでとーヾ(*´∀`*)ノ 本文:むしろ何でバレないと思ったwww *** 英語圏では『ポケモン』が正式名称。理由は有名ですよね! 灰崎くんの成績表は運動系が『+15』、あとは可もなく不可もなくって感じです。 灰崎くんに日給一万払う黒子は大体30〜50万を一日で稼ぎます。 本気出せば100万くらいは余裕で稼ぐ子です! |