前途多難な極彩色の軌跡 #06





画面に踊る文字列の一番上には『成績表』と書かれていた。左半分の上部にはそれが誰のデータかを指し示す名前。身長・体重などといった個人のパーソナルデータ。顔写真。そして更にその下には身体・知性などの能力を数値化したものが並んでいる。右側には学科、国語・数学・物理・歴史などといった学校で教わる教科の成績が数値化されていた。
黒子が見て居たそれ、『青峰大輝』と書かれたそのデータには、学科欄に多くの『-5』の数字が並んでいる。唯一のプラス補正が体育の『+20』なあたり、さすがというべきか。
H.A.N.Tの画面を見下ろしながら、黒子は呆れたように呟いた。


『分かってた事だけど、協会えげつないな』


個人情報もクソもねぇってマジ怖いわー、とはその技術を利用している黒子が言えた義理ではないが、本人は完全に棚上げである。
正面でパンに噛り付いていた青峰はそんな黒子に首を傾げた。
英語で呟かれたそれを、聞き取れなかった青峰は別として、聞き取れた緑間と赤司がどうしたのかと窺うように視線を向けてきた。
それに何でもないと片手を振って、横から画面を覗き込もうとした紫原には軽くデコピンしておく。
痛いと不満の声が上がった。


「ひどい黒ちん…でこ痛いんだけど」
「そんなに強くしてないんですが…大丈夫ですか?」


特に何ともなっていない額にそっと手を添えると、紫原はその手に頭を押し付けるように動かして「痛くなくなったー」と悪戯めいて笑った。
やけに子供らしい仕草に、自然と黒子の表情も緩む。
お詫びにと自作の弁当から唐揚げをひとつ、箸で摘んで紫原に分けてあげた。
カレー風味の下味をつけた唐揚げだ。
「おいしいでしょう」とドヤ顔で言う黒子に、「うん」と紫原は頷く。
ずるいと声を上げた青峰にはハンバーグを口に突っ込んでおいた。
その後、なぜか緑間から金平ゴボウをお裾分けされたので、甘く味付けした玉子焼きをそっと差し出した黒子だった。


「というか、何故君までここにいるんですか」


貰った金平ゴボウを咀嚼して、赤司を見た。
割と初めから気になっていたのだが、なんでこの子、当たり前みたいな顔して一緒に食事してるんだろう。
ここのところ遠くから視線は感じていたものの、ゲットレの一件までは会話すらした事がなかったというのに。


「駄目だったか?」
「駄目、というわけではありませんが…」
「なら何も問題はないね」


にっこりと涼しい顔で微笑む赤司に何を言っても無駄そうだと口を噤む。
他の三人は気にしていないどころか、普通に彼の存在を受け入れているので援護は望めないだろう。
とりあえず「俺には何もくれないのかい?」なんて言ってるけど無視しよう。
食事を進める手を止めず、片手でH.A.N.Tを操作して紫原のデータを呼び出す。
まさかの学科オールプラス補正に口に含んだものを吹き出すかと思った。


「……紫原くんって頭良かったんですね」
「ん?何か言ったー?」
「いえ、別に」


体育が『+10』に生活が『+15』、それ以外が『+5』って何だこれ。マジか。
続けて緑間の成績表に目を通す。
平均して『+10』が並んだ緑間の成績は…うん、まぁ想定していた通りだなと思っていると、生活だけ『-5』だという事に気付いた。どうやら料理が苦手らしい。
思わず生暖かい眼差しを緑間に送ると、それに気付いた緑間の眉間に皺が出来た。


「なんなのだよ!」
「あ、すみません。緑間くんがあまりにもイケメンなので見惚れてました」
「なっ!!」


ぼふっと音がしそうなくらい勢いよく赤くなった緑間は、何故かそのまま動かなくなった。


「テツ!俺は!?」
「ワイルド系イケメンですね」
「黒ちん俺はー?」
「妖精みたいなイケメンでしょうか」
「黒子、俺は?」
「ここぞという時に二段階くらい変化しそうなイケメンですね」
「どういうことだ」


喜ぶ二人とは別に、赤司は納得がいかないとばかりに黒子を睨んだ。
そんな赤司の成績表には『+15』の文字がずらりと並んでいる。
最近の中学生って意味不明すぎて怖い。
ちなみに普通の人間の能力を数値化した場合、普通は『0』、少し出来るなら『+5』、わりと出来るなら『+10』くらいである。いかにここに居る連中が異常かがこれだけでも分かるというものだ。
厄介なのに囲まれた気がするなと空を見上げて溜息を付けば、幸せが逃げるぞと注意された。
もはや乾いた笑いしか出ない黒子だった。





From:Shadow
件名:そういや
本文:俺の特記事項が『輪ゴム戦士です』に変わってたんだけど、どういうことだと思う(´・ω・`)?


From:Falcon
件名:Re;そういや
本文:こっちが聞きたいwwwww
俺、結構トレハン歴長いけど
そんな特記事項見たことねーぞwwwww


From:Shadow
件名:Re;Re;そういや
本文:そりゃ、お前はワイヤーガン使いすぎて『高所好きです』で固定されてただけだろ( ゚д゚)、ペッ


From:Falcon
件名:Re;Re;Re;そういや
本文:そうとも言うなwwwwwww


From:Shadow
件名:そうとしか言わねぇ
本文:前の席に座ってる灰色頭の子に輪ゴム射撃して遊んでたからかな?


From:Falcon
件名:Re;そうとしか言わねぇ
本文:どう考えてもそのせいだろwwwwwww





***





部活終了後、何故か三軍に来て赤い瞳を光らせる赤司から逃げるために自主練を切り上げてさっさと体育館を後にした黒子は、酷使して磨り減ってきていたバッシュの事を思い出して靴屋に寄る事にした。
どうせだからと駅の近くにある、置いてある種類が豊富な店に向かう。
道すがら、マジバでバニラシェイクを購入した。
冷たく甘いバニラの味に足取りも軽くなる。


「ん?」


路地を通り過ぎたところで、なんとなく引っ掛かるものを感じた黒子は数歩後退する。
右手側の路地を覗いてみると、男3人が1人の少女を囲い込んでいるのが見えた。
その様子が不穏な感じだったので、声を掛けた方がいいかなと悩む。
さらりと、少女の桃色の髪が揺れた。
「離してよ!」と声を上げるその子を、男たちは卑しい笑みを浮かべて見ている。
その子に見覚えがあった黒子はストローから口を離し、懐に手を突っ込んで何かを探す。
指先に触れたそれを握って、男たちに向かって思い切り振りかぶった。


「うお!?」
「んだコレ!?油!?」
「うわっ!最悪じゃねーか!!」


見事命中した油爆弾(風船に油を詰めただけ)に男たちは慌て、そこで漸く黒子の存在に気付いて此方を睨みつけてきた。


「女性に乱暴するのは関心しませんね」
「あ、あなた!確か大ちゃ、青峰くんと一緒に居た…」


呑気にズズーっと音を立ててシェイクを飲む黒子を、少女…桃井は驚いた顔で見る。
油まみれになった男たちは額に青筋を浮かべ、ゆっくり近づいてきた黒子に1人が殴りかかるも簡単に避けられた。
無駄のない動作に桃井が息を呑むが、頭に血が上っている男たちはその意味に気付かない。


「やれやれ…状況が理解出来てないようですね」
「はぁ!?何言ってやがる!こっちは3人いんだぞ!」
「んな細い体で俺らに勝てるとでも思ってんの?」
「邪魔なんだよ。その子はこれから俺らと遊ぶんだからさぁ」
「そんなわけないでしょ!誰があんた達なんかと!」


男たちの言い分を即座に否定した桃井が、走って黒子の背後に身を隠した。
男たちは自分達が上位に立っているのだと信じて疑わないため余裕を崩さないが、それさえ黒子からしてみれば滑稽でしかない。
呆れたようにそんな男たちに視線をやった黒子は、背後にいる桃井を振り返って安心させるように微笑んだ。
大人びて穏やかなそれを見た桃井の頬がうっすらと赤く染まる。


「それでは」


何の感情も宿していない黒子の瞳が男たちを射抜く。


「引く気はないって事ですか?」
「当たり前じゃ〜ん」
「思った以上に頭が悪いんですね」
「んだと!?調子乗ってんじゃねーぞ!!」


わざとらしく溜息を付いた黒子が男たちに向けて片手を差し出した。
掌には銀色の何かが乗っている。


「さて問題です。ここにあるのはなんでしょう?」
「はぁ?…ってそれ俺のジッポじゃねぇか!いつのまに!」


さきほど殴りかかってきた男が慌ててポケットを確認するが、本来あった場所にそれはなかった。
当たり前だ。攻撃を避けた隙に黒子が掏ったのだから。


「では次の問題です。君たちは今、どんな状況でしょう?」
「何わけわかんねぇ事言って…、…!!」
「ま、まさかお前…ッ」


自分達が油に塗れている事をやっと思い出したのだろう。
恐怖に引き攣った顔をして黒子を見る男たちに向かって、にっこりと、殊更無邪気に見えるように笑みを浮かべた。
ジッポの蓋を親指で弾いて開き、ホイールを回すと火が灯る。


「最後の問題です。これを君たちに投げれば、どうなるでしょう」


黒子の瞳に冗談の色は浮かんでいない。
本気だと分かるからこそ、男たちは動けなかった。
息を呑んだ喉が鳴る。
じりっと、男たちの足元でアスファルトが擦れた。
1人が踵を返して走り出したのをきっかけに、残り二人も足を縺れさせながら情けなく逃走する。途中で二番目に走っていた男が転倒したが、他の二人は見向きもせずに走り去っていった。慌てて立ち上がった男は涙声で仲間の名前を呼びながら走るが、完全に無視されている。
不良仲間って儚いなと思った黒子だった。


「あ、不良の定番の台詞って言わないんですね…聞きたかったんですが」


覚えてろよ!みたいなのは都市伝説なんでしょうか。などと呟いてジッポの蓋を閉めた黒子に、唖然と不良たちのマジ逃げを眺めていた桃井は我に返った。
「大丈夫ですか」と優しく聞かれて慌てて首を上下に動かす。


「えっと、『テツ』くんだっけ?変なのに絡まれちゃって困ってたんだ!助けてくれてありがとう!」
「黒子テツヤです。君に何事もなくて良かったですよ」
「うん!大丈夫だよ!あ、私、桃井さつきって言うの!よろしくね!」
「はい、よろしくお願いします」


青峰から多少は話を聞いていたのだろう。大して警戒される事もなく桃井は黒子に礼を言って、地面に落としたままだった鞄を手に取った。
ずしりと重そうなそれに、黒子が手を貸す。
中にはビデオカメラとノートが何冊か入っていた。
それを見て、そういえば桃井は諜報を得意とするマネージャーだったなと思い出した。
今日は部活に参加していなかったようだから、敵校の視察に行った帰りだったのかもしれない。
桃井の視線が控えめに黒子の持っているジッポに向けられている事に気付いて、「ただの脅しですよ」と片目を瞑って笑ってみせた。「だよね」と安心したように笑う桃井は、言外に「半分は」という言葉が付く事には気付かなかった。むしろその方がいいのだが。


「これから学校へ戻るんですか?」
「ううん。今日はそのまま帰るよ!」
「そうですか。家はどちらです?」
「え?」
「送りますよ。桃井さんはとても可愛らしいので、また変な人に絡まれてしまうかもしれませんし」
「えっ、あ、ありがとう…!」


優しい微笑みとストレートな褒め言葉に桃井の頬がふわりと紅潮する。
可愛いなんて言われた事がないわけでもないし、寧ろ言われる事の方が多い褒め言葉だというのに、何故か早鐘のように鳴り出した自身の心臓に桃井は動揺した。
それを悟られないようにと「じゃあ行こっか!あ、うちはこっちだから!」と明るく努めて歩きだした桃井を追って、空になったシェイクの容器をゴミ箱に捨てていた黒子も歩き出す。
直後、前方の暗がりに光る赤い瞳を見つけて、桃井と黒子は揃ってビクリと肩を震わせた。





From:Shadow
件名:赤司様が見てる
本文:最近の中学生こわいwwwwww
女の子に絡んでた不良撃退して帰ろうとしたら学校で別れた筈の4人が揃ってたwww
なんで追ってこれたんだ、あいつらwwwww


From:Falcon
件名:Re;赤司様が見てる
本文:すげぇなそいつらwwwww
お前追えるとかマジ何物だwwwww


From:Shadow
件名:Re;Re;赤司様が見てる
本文:なぜか皆で靴屋に行く事になった\(^o^)/
もう靴屋とかいいから帰らせてくれwww
あと赤司くんがさっきから瞳孔開きっぱなしなんだがwwww


From:Falcon
件名:Re;Re;Re;赤司様が見てる
本文:どwwwんwwwまwwwいwww





***
前半はゲームネタが濃くなっちゃいました(汗)
メール時の黒子の一人称に小一時間悩んだ。結局は前々回のジョジョネタで使った『俺』にしておいたけど…この口調で『僕』だと違和感があるから大丈夫かな。

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