漆黒のアタラクシア #14





正邦戦。途中、小金井がベンチに突っ込むというトラブルがあったものの、いち早く察知していた黒子によって大事には至らず、試合は二年だけで勝利をもぎ取った。
かつてのリベンジを果たす事が出来た日向たちの晴れ晴れしい表情に、リコは涙ぐむ。
それを宥めるように頭を撫で、「喜ぶのは次の試合に勝ってからだ」と気を緩めない日向に、周りは「そうだな」と強く頷いた。
一方、この試合まったく活躍出来なかった火神はそれとなく黒子から視線を逸らした。


「4ファウル」
「うっ」


ベンチに座る火神の正面に立った黒子は、じとりとその瞳に火神を映す。


「しっかり津川くんにしてやられてましたねぇ」
「……ハイ」
「先輩たち、かっこよかったです」
「ソウデスネ」


何故か片言で話す火神に、黒子は小さく溜息を吐いた。
びくりと大きな肩が震える。
別に責めているわけではありませんが、と前置きをした黒子は、心底落ち込んでいる様子の火神を呆れたように見下ろし、その赤い髪に手を伸ばした。
前髪を一束摘んで引っ張る。
軽い動作に、火神は窺うような目で黒子を見上げた。


「次の相手が誰か、ちゃんと分かってます?」
「…当たり前だろ」
「なら、いいです」


あっさりと前髪を離した手を咄嗟に掴んで、軽く引っ張る。
それだけで平均身長あると言えど火神よりも小さい黒子の体はバランスを崩して倒れかけ、黒子は慌ててベンチに片膝を付いた。
するりと手を掴んでいる方とは逆の手が腰に回る。
「危ないじゃないですか」と少しムッとした様子で黒子が言うのに、火神は「わりぃ」と小さく謝った。
その時、何やら観客席の方から悲鳴のような声が聞こえた気がしたが、気のせいだろうと二人はスルーした。


「怒んねーの?」
「何故ですか?試合には勝ちましたし、先輩達のリベンジも果たせました。怒る要素がありません」
「だって、オレ…」
「呆れてはいますが、怒ってはいませんよ。それに、今後の課題が出来たと思えばいいじゃないですか」
「え?」
「敵の言葉に乗せられないように、って事です」
「あー…」

「ショーゼンする、だっけ?」と首を傾げながら言う火神に、「精進する、ですよ」と訂正する。
怪我に障らないように軽く、ぐりぐりと胸元に頭を寄せる火神に、黒子は「くすぐったいです」と笑いながらその髪をゆるく撫でた。
直後向かいのコート辺りから何かが壊れたような音と共に誰かの爆笑が聞こえてきたが、やはり二人は自分達には関係の無い事だと思ってスルーした。





***





「たっだいまー!」


トイレに行くといって出て行ってから数十分後、高尾は意気揚々と秀徳の控え室の扉を開いた。
そんな高尾の行動に少しは落ち着けよと何人かの先輩が呆れたように溜息を付く。


「遅かったな、高尾。どこで道草食ってたんだ?」
「愛しの黒子くんと偶然会ったんで、ちょっと遊んできました☆」
「なんだと!?」
「ちょwww真ちゃん反応早っwww」


黒子の名前を出した瞬間に食いついてきた緑間に、抑える事無く高尾は吹き出した。


「うるさいぞ高尾!別にさっきの事を気にしてたりなどしないのだよ!」
「いや、それもう言ってるようなもんっしょwww試合の後めっちゃイチャついてたもんなwww」
「ふざけるな高尾!イ、イチャついていたなどと冗談でも言うんじゃないのだよ!あれは少し接触していただけだ!」
「いや接触ってwww現実見ようぜwww」


ほら、これ黒子と一緒にお前にって選んだヤツだから食って元気出せよ!と渡した抹茶味のポッキーは「…そうだな」と頷いた緑間によってしっかりと鞄の中に納まった。
それを見ていた宮地が「食わねーのかよ!」と突っ込んだのは当然だろう。
また笑い出した高尾が、さらに袋の中からいくつかお菓子を取り出して、ベンチの上に広げる。
多分購買で買ったのだろうと当たりをつけた大坪は、米神を押さえて高尾を見やった。
視線の先では他の面々もお菓子に群がるように集まっている。


「つーか呑気に菓子買ってきたのかよ」
「先輩も食べます?期間限定らしーっスよ」
「あ、これ気になってたヤツだわ」
「……美味いのか?」
「気になってたけど自分で買う気にはならなかった」
「ああ、確かにな」


邪悪な顔をしたハバネロが描かれている真っ赤な袋を見下ろして頷く。
パッケージには大きく『エゲツナイ辛さ!貴方の舌はこの衝撃に耐えられるか!?』という恐ろしい文字が躍っていた。
…今食べるのはやめた方が良さそうだ。
なんとなく、次の試合に影響が出そうなキャッチコピーに木村は口元を引き攣らせて袋から手を離した。


「それよりも高尾。これから試合をする相手だと分かってるのか?」
「大丈夫っスよ!黒子は試合に出ないし、こっちの情報は何も話してないんで!まぁ向こうからも何も引き出せなかったんですけどねー」


開けたトッポを一本銜えながら目を細める高尾を緑間が横目に見た。
それに肩を竦めて見せて、「そういえば」とあたかも今思い出しましたと言わんばかりの表情を作ってニヤリと笑った。


「さっきまで火神に膝枕してやってたらしくって、太もも痺れたって愚痴ってたくらい―――」


直後、凄い音を立てて後ろにあったベンチがひっくり返った。
哀れにも座っていた補欠部員を巻き込んで横倒しになっている。
何が起こったのか見ていなかった宮地と大坪は驚いた顔で振り返ると、盛大に眉を顰めた緑間と目が合った。


「……まだ試合までは時間がありますね。少し出てきます」
「ってちょっと待て!どこに行く気だ!?」
「大丈夫です。少し外の空気を吸ってくるだけです」
「いやいやそんな殺気立った目で言われても!お前絶対誠凛の控え室に乗り込む気だろ!」
「高尾!何でよりにもよって今それを言った!?」
「いや、試合前の息抜きになるかと思ってwww」
「なるわけねーだろ!この馬鹿!」


足早に控え室を出て行こうとする緑間を羽交い絞めにして何とか引き止める先輩達を尻目に、高尾はひたすら爆笑し続けていたのだった。





***
スルー検定一級な火黒。
ちなみにご褒美はあおずけでした。

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