前途多難な極彩色の軌跡 #05





仁王立ちする赤司を前に、黒子は白々しく視線を逸らした。


「さて、何か言いたい事はあるかな?」
「げ、Get Treasure!」
「…もう一度言ってくれるか」
「癖って怖いですよね」


心底困った風にやれやれと肩を竦めた黒子に、赤司は腕を組んで鮮やかに微笑んでみせたのだった。



***



「…と、今月に入ってこれだけの紛失物が出ています」
「ありがとう桃井。…どうやら思っていた以上に深刻なようだな」


桃井から渡された書類に目を通して、赤司や先輩たちは重く溜息を吐いた。
最近身の周りで物が無くなる事に気付いて、処理能力に優れたマネージャーの桃井に何がどれだけ個数が違っているのか確認してもらっていたのだが、これがまた笑えない結果になってしまった。
バスケットボールを初め、各種競技用ボールの紛失。果ては暗幕まで多種に及ぶ。一番多いのはチョークと黒板消し。授業用の三角定規も行方不明だ。
どうやら校内全体で物がなくなっているらしく、バスケ部だけの問題ではないと発覚した。
むしろ何故、他の人間は気付かないのかという勢いだ。


「赤司、何か知らないか?」
「いえ、特には」
「そうか…、…とりあえず今後はその辺りを気をつけて確認するようにしよう」


監督や先輩達は首を傾げつつ、結局は当たり障りの無い結論でバスケ部のミーティングは終了した。
練習を始めるために次々に部室を出て行く部員たちと同じように、部室の端の方に寄っていた青峰たち三人も動き出す。
直後、行き先を塞ぐような形で赤司が彼らの前に立った。


「紫原、緑間、青峰」
「なにー?」
「なんなのだよ」
「なんだ?」


何もかも見透かすような赤い瞳を一人一人に向ける赤司に、彼らは内心冷や汗を掻きつつなんでもない素振りで返事を返した。
それに口元に笑みを浮かべ、すっと瞳を細める。


「今の件で、何か知っている事はないか?」


その言葉に、一瞬三人が視線を合わせた。そして勢いよく首を横に振って否を示す。
しかし、その一瞬を見逃す赤司ではなかった。
じっと無言で見詰められて、青峰は誤魔化すように緑間を見る。緑間は「俺は知らん」と言って眼鏡のブリッチを押し上げて紫原に視線を送り、紫原は「えー」っと不満そうに声を上げて「盗ったトコ、見たことないし」と言った。
その言葉に青峰と緑間はあちゃーとばかりに額を押さえて俯く。


「つまり、心当たりはあるが現場を見たことはない。そういう事だな?」
「まぁ…そう言われればそうなのだよ」
「あー…まぁ、かな?とは思ってたけど。つっても俺も見たわけじゃねぇし」


言葉を濁して言い辛そうな二人に、赤司は毅然とした態度を崩さないまま「それで」と続けた。


「その心当たりの人物の名前は?」
「……」
「……」
「……あー」


先ほどより素早く視線を逸らした三人に、少し苛立ちつつも赤司は答えを待つ。
しかし一向に返ってくる様子はない。
こいつ等どうしてくれようかと思った所で、そんな赤司の考えが読めたのか、焦ったように三人は口を開いた。


「あのな、赤司。アイツ、お前とあんま知り合いたくないっつーか、そんな感じらしくて」
「別にあいつの事を庇っているとかそういうわけではないのだよ!しかし証拠が無い以上あいつをお前に会わせるのは、都合が悪いというか何と言うか」
「あのねー、赤ちんは『関わりたくないタイプ』らしいから嫌なんだってー。あ、嫌ってるとかそういう事じゃないみたいだけど、えっと」


語尾が完全にごにょごにょ言ってる三人だった。
どうしても赤司には教えたくないらしい。
とはいえ、言っている内容が内容だ。とにかく怪しい。
貧しい事がないなら言える筈だと思った赤司が追求の手を緩めようとしないで畳み掛けようとしたところで、青峰が「だから!」と声を荒げた。


「お前に言ったらもう1on1しないって言われてんだ!絶対言えねぇ!!」


そう言うなり試合中でも見たことが無いスピードで赤司を抜いて部室を飛び出していった青峰だった。
廊下からは「急に部室飛び出してきて危ないだろ!どうした青峰!?真っ青だぞ!?どこ行くんだ!?」という先輩部員の声が聞こえてきた。
それを唖然と聞いていた緑間は、すぐに我に返って素早く扉に手を掛ける。


「お前にバラしたらもうラッキーアイテムを貸し出さないと言われてるのだよ!絶対言えないのだよ!!」


捨て台詞のようにそんな言葉だけを残して緑間は退室した。
勢いよく閉まった扉の向こうからはまたしても先輩部員の「緑間!?さっき青峰が…ってお前もか!!今から練習だぞ!?」という声が響く。
残された紫原は、何やら冷ややかな目で扉を見つめている赤司に視線をやれず、自身のロッカーから取り出したお菓子を袋に詰めて、深く息を吐いた。
ゆっくりと赤司の瞳が紫原を映す。


「お、俺も赤ちんに話したらもうお菓子作ってあげないって言われてるから言えないし!」


普段からは考えられない速さで赤司の横を駆け抜けた紫原も、緑間に続いて部室を飛び出した。
廊下からは「うお!紫原!?顔色悪っ!何なの部室に何があるの怖い!!」という何やら怯えた声が続いた。
1人残された部室で、赤司は「へぇ」と低い声で呟く。


「あの三人が俺に口を割らないとは…興味深いな」


直後、恐々と部室の様子を窺っていた部員達は、中から出てきた赤司の顔を見て戦慄した。





その日から赤司は三人を注意して見るようになった。
最初は赤司の視線に戦々恐々としていた三人だが、数日経つと慣れてきたらしく、あまり気にしなくなったようだった。
そうなって漸く、赤司は彼ら三人に共通する1人の少年の存在に気付いた。
限りなく気配が希薄な空色の髪と瞳を持つ少年は、時に青峰にじゃれ付かれ、緑間と穏やかに話し、紫原とお菓子談議に花を咲かせていた。
むしろ何故今まで気付かなかったのか分からないくらい、少年は自然とそこに居た。


「黒子テツヤ、と言ったか」


確実に此方に気付いているだろうに、分かっていて無視している少年に赤司はいつ接触を持つべきか悩む。
彼らが話している時に平然と乱入した事は何度かあるが、その度に何時の間にか姿を消していた。
お前は忍者かと突っ込みたくなったのは一度や二度ではない。
というか何者だ。
赤司の目さえ掻い潜って動き回る少年のお陰で、今だ言葉一つ交わせてはいなかった。


「特に怪しい動きはないが…気になるな」


紛失物に関するミーティングをした日から数日経った今でも、物が無くなる自体は止まっていない。
そろそろ他の部の人間も気付き始めたようで、変な方向に噂が広まりつつあった。
近いうちに帝光中の七不思議にランクインしそうな勢いである。
実際、赤司が周りを注意して見ていても物は無くなるのだ。
一瞬目を離した隙に何故か消えていた事もあった。その時無くなったのが人体模型だった事もあり、一瞬嫌な想像をし掛けたわけだが。
ちなみに人体模型は緑間のその日のラッキーアイテムとして連れまわされていたそうだ。教師曰く。
いきなり目の前で消えた理由にはならないが、当人にこれ以上ないほどに優しく穏やかに問い詰めたところ、黒子が調達してきたと白状した。だから黒子は何者なんだ。


「ん?」


視界の端にちらついた空色に、赤司は足早に来た道を戻った。
出来る限り気配を消して、僅かに開かれた扉からそっと室内を覗く。
理科準備室。本来は鍵が掛かっているはずだが、教師が掛け忘れたのだろうか?
室内に気配はない。
けれども赤司の視界には最近見慣れた少年の姿が映っていた。
手馴れた様子で棚からいくつかの薬品を手に取った黒子は、入れ物に書かれた説明に目を通しているらしい。


「!」


瞬間、黒子の手にあった薬品が消えた。
え?と内心唖然としている赤司の目の前で、次に手に取った薬品も消えた。
まるで鮮やかなマジックを見せられているような、『目が良い』と自負している赤司の目さえ誤魔化して、目前でそれは行われている。
これは現行犯と呼べるのだろうか?と一瞬悩んだが、とにかく棚から薬品が消えているのは事実だ。
今しかないと考えた赤司は逸る気を抑えつつ、勢いよく扉を開いた。


「犯人はお前だ!!」
「!?」


後日、あの時はちょっとテンション上げすぎたと頬を赤らめつつ(当社比)語った赤司が居たりする。





そして現在。
場所を部室に移した二人は冒頭のやりとりを終え、無言でその場に立っていた。
どこから聞きつけたのか、青峰たち三人も駆けつけている。


「とりあえず、盗った物を出せ」
「……えー」
「黒子?」
「…仕方ないですね」


不満そうにしながらも素直に懐から薬品を取り出す。
それに安堵しつつ満足そうに頷いた赤司は、しかしその後も出るわ出るわ、備品の数々に流石に表情を引き攣らせた。
その細身な体のどこに隠していた?と言わんばかりに、質量を無視して物が出てくる。
というかお前どんだけ盗ってたんだ。
え、大鍋?まさかの大鍋?家庭科室から盗ってきたのか?どこに入れてた?


「お前…これは、ええー…」
「わー、赤ちんがそんな顔するのとか珍しー。黒ちんは盗り過ぎじゃない?」
「黒子…これは流石に笑えないのだよ」
「すっげーな、マジで」


並べられた数々の備品を見て、三者三様に反応を返すが、何故かさほど驚いていないように見えて赤司は首を傾げる。
何となく感づいていたとはいえ、これほど多くを所持していた事には驚いていいと思うのだが。
赤司に訝しむ様に見られている三人はというと、実際黒子の突拍子も無い行動や、質量を問わない収納術は見慣れたものだったのでそこに驚く要素はないのだった。


「しかし…こんなに盗って、一体どうする気だったんだ?」
「別にリサイクルしてちょっと小遣いの足しにしちゃえ☆とか思ってないですよ」
「テツー、それ言ってる」
「ああ、言ってるのだよ」
「黒ちん、うっかりー」


あ、ホントですね、もう黒ちんったらー、やれやれなのだよ、テツも結構抜けてるよなー、などと微笑ましく会話を続ける四人に、なぜか敗北感を感じた赤司だった。





From:Shadow
件名:赤い魔王見習い
本文:アンチフォンスロットでレベルが低下してたからボス戦はキツかったε-(´∀`;)


From:Falcon
件名:なんのこっちゃ
本文:とりあえずお前が深淵プレイしてるってのは分かったわwww


From:Shadow
件名:Get Treasure!
本文:中学で
ゲットレしてたら
怒られた


From:Falcon
件名:把握www
本文:なんで詠んだwwww
もはや場所を選ばす『ゲットトレジャー!』はトレハンの宿命だお(´∀`)
でも一般的には窃盗だから注意だぜwww


From:Shadow
件名:Re;把握www
本文:そういやそうだっけ(´・ω・`)?


From:Falcon
件名:Re;Re;把握www
本文:やばい一般常識が来いwww





***
備品は全て元の場所に戻しました。あと七不思議が増えました。
トレハン=ゲットレは正義!という残念な思考回路をしている人種。
探索と称して女子寮に立ち入り、他人の家から甲冑でも日本刀でも貰ってくるよ!

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