漆黒のアタラクシア #13





誠凛の試合観戦のため、会場までの道程を笠松と並んで歩きながら、黄瀬は手元のipodを操作する。
目的のファイルを再生し始めると、笠松がそれに気付いて視線をこちらに向けてきた。


「何見てんだよ?」
「今朝のおは朝の録画っス」


最近、朝はロードワークで見れないんでとどこか真剣な眼差しを画面に向ける黄瀬に、笠松は目を細めた。


「随分勤勉になったなオイ。前はサボってばっかだったのに」
「黒子っちに嫌われたくないっスからね!」
「…お前さ」
「何っスか?」
「……いや、いいわ」


黒子の事をどう思ってるのか聞こうと思ったが、何となく黄瀬の真意を知るのが怖いと感じた笠松は深入りするのは止めた。
こいつヤンデレだし。
最近発覚した後輩の性質には正直引いた。
あの透明少年はよくこんなのに絡まれて平然としてるよなと同情さえ浮かぶ。
しかしその時の事を思い出して、同情するのはお門違いかと思い直した。
あの時主導権を握っていたのはこの後輩ではなくあの薄い少年の方だったから。


「つかお前、おは朝なんていつも見てんの?」
「今日だけっス!これの結果いいと緑間っちもいいんスよ」
「ああ、帝光の。で、何座?」
「かに座っス!ちなみに黒子っちはみずがめ座」
「そこまで聞いてねぇよ」


要らぬ事を言い出した黄瀬が、次の瞬間「げ…」と嫌そうに唸った。


「なんだよ」
「最悪っス…一位がかに座で最下位がみずがめ座だったっス…」
「それはまた…まぁ占いで試合結果が分かるわけでもないしな。あんま気にしすぎんなよ」
「でもこの占いって結構当たるんスよ!ああ!黒子っち!負けちゃったらどうしよう!あ、誠凛は全然負けていいんスけどね!でも黒子っちが悲しむのは嫌だな泣いちゃうかな…泣く?黒子っちが?やべなにそれ見てみたい可愛いんだろうな声殺してないちゃう感じかな?俺的には堪え切れなくてちょっと声洩らしちゃったりするのが良いっスね!聞いてみたいなぁぽろぽろ涙流しちゃったりなんかして絶対かわいい綺麗だろうな舐めたいな黒子っち会いたい黒子っち黒子っち黒子っち黒子っち黒子っち」
「教育的指導だこの変態!!」
「ぎゃー!」


思いっきり背中に飛び蹴りを食らった黄瀬がぶっ倒れたのを見下ろして、あの少年のために警察に突き出すべきか笠松は数分間頭を抱える破目になった。





***





「!」


ぞわりと背筋に走った悪寒に、黒子は肩を震わせた。
それに気付いて、ボールを手に火神が駆け寄る。


「どうした黒子」
「いえ、急に寒気が…」
「風邪か?それ羽織っとけ」
「あ、ありがとうございます」


ベンチに置いていた自分のジャージを渡した火神に、黒子は微笑んで礼を言った。
しかしすぐにサイズが違うぶかぶかのジャージに体格差を思い知らされたらしく、少しムッとした黒子を見て、火神はからかうように笑いながらその膨らんだ頬を突付く。
それを隣のコートに居た緑間が射殺さんばかりの眼光で睨みつけていた。
周りのチームメイトは気にしないようにしているらしく、そんな緑間に視線は向けない。
一人、高尾だけがニヤニヤしながら此方の様子を眺めていたが、黒子は肩を竦めるだけに留めた。
睨みつけてくる緑間に対抗するように火神は視線を鋭いものに変える。


「ガン飛ばす相手が違ぇよ、だアホ」
「いてぇ!!」


背後から近づいた日向がそんな火神の頭を掴んで強制的に緑間から視線を外させる。
どうやらそれが結構痛かったらしく、若干涙目になって首筋を押さえていた。


「いくら飛ばしても次負けたらただのアホだろうが!」
「いや、睨んできたのアッチが先っスよ!?」
「緑間くんがすみません」


黒子がそっと、少し痛めた様子の火神の首に片手をやって宥めるように擦ると、くすぐったかったのか小さく笑った。
けれどもその手を払いのける事はせず、黒子の好きにさせる。


「ちゃんと次の相手に集中してるんで、大丈夫っス」
「ならいいけどな」


一通り撫でて気が済んだようで手を引いた黒子の掌を追いかけて、ゆるく捉えて指を絡めて遊ぶ。
視線はこれから戦う相手、正邦の選手たちに向けられていた。


「けど正邦って思ってたより普通っていうか…大きい人、あんま居ないんですね」
「まぁ全国クラスにしては小柄かもね」


リコが相手チームの主戦力を説明している途中、一年らしい選手がこちらを、正確には火神を見てにやりと笑った。
その選手に見覚えがあった黒子は「あ」と小さく声を洩らす。
それに気づいた火神がそちらに視線を向けるよりも先に、相手から声が掛かった。


「君が火神君っしょ?」
「?」
「うっわ、マジ髪赤ぇ〜!こぇえ〜!」
「あん?」
「キャプテーン!こいつですよね!誠凛、超弱いけど一人すごいの入ったって!」


大声で失礼な事を言う一年…津川に、リコが苛立ちを隠そうともせずに拳を震わせた。
呆れたように溜息を付いた主将の岩村がそんな津川の頭を「チョロチョロすんな」と殴りつける。
そしてその頭を押さえつけて強制的に頭を下げさせた。


「すまんな。コイツは空気読めないから本音がすぐ出る」
「謝んなくていっスよ。勝たせてもらうんで。去年と同じように見下してたら泣くっスよ」
「それはない。…それに見下してなどいない。お前らが弱かった、それだけだ」


言うだけ言って津川を連れて戻って行った岩村を、日向達は静かに、真剣な眼差しで見送った。





誠凛の控え室では試合前という事以上に、先ほどのやりとりもあってか空気が重い。
誰も言葉を発そうとはせず、緊張した気配が漂っていた。
リコはそんな面々を見渡して腰に手を当てる。


「全員ちょっと気負いすぎよ!元気が出るように一つご褒美を考えたわ!」


ご褒美と聞いて期待しつつ顔を上げた日向たちに、リコは顎に指を当ててウインクして見せた。


「ウフッ!次の試合に勝ったら、みんなのホッペにチューしてあげる!どーだ!!」


空気が凍った。
いくつもの若干白けた目がリコに集中する。


「ウフッ!って何だよ」
「……」
「……」
「バカヤロー!義理でもそこは喜べよ!」


日向のその言葉がリコに止めを刺したが、本人は至って真面目にフォローしたつもりだったらしい。
女としてのプライドを傷つけられつつも、ここで引くわけにはと妙な義務感を抱えて、リコは控え室内に視線を巡らせる。
そこでベンチに腰を下ろした火神の片膝にちんまりと座っていた黒子に目をやって、これだとばかりに口を開いた。


「じゃあ黒子くんのキスよ!!」
「え、僕ですか」
「え、黒子が?」
「……」
「……」
「……」
「……いや、黒子もダメだろ」
「なんで私の時より間を置いた!?」


ちくしょう!と日向の鳩尾に一撃入れたリコが半泣きになりながら追撃する。
慌ててそれを止める水戸部や小金井、追い討ちを掛けられて床に沈んだ日向を保護して引き攣った顔をする伊月と土田、怯える降旗たち。
火神と黒子はその体勢のまま、そんな彼らを眺めていた。


「キスねぇ…なに、してくれんの?」
「してほしいんですか?」
「んー」


こてりと首を傾げた黒子に目を細めた火神が、ただでさえ近かった距離をさらに縮めて「please」と囁く。
それに笑みを濃くした黒子が、何度か火神にされたように、彼の指先に軽くキスをして微笑んだ。


「じゃあちゃんと勝ってくださいね」
「おう!」


嬉しそうにじゃれつく火神の頭を撫でていると、結果、それを目撃したリコがさらに荒れてしまい、宥める事にそれから数分を要したのだった。





***
「黒子っちのキスと聞いて!」と控え室に乗り込んでくる黄瀬を書こうとしたけど止めた。
「黒子のキスだと?!それは俺たちを倒してからにしてもらうのだよ!」と乗り込んでくる緑間をk(ry

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