漆黒のアタラクシア #12





授業終了の合図と共に、机の上に山になるほどの菓子パンや惣菜パンを取り出した火神に、黒子は感嘆したように息を吐いた。


「いつもにまして食べますね」
「むしろお前の方がよくそんだけで足りんな。もっとちゃんと食わねーと怪我治んねーぞ」


黒子の机の上にあった野菜ジュースとサンドイッチを見下ろして眉を顰める。
「お前は女子か」というツッコミは「君と違って燃費がいいんです」という若干辛辣なコメントに封殺された。


「昨日二試合やったんだ、腹減ってしょうがねぇよ」
「お疲れ様です」
「ん」
「結構ハードでしたもんね。体、大丈夫ですか?」
「あー、大分筋肉痛だわ」


普段使わない筋肉を使ったからか、気負いすぎたからか、少し動くだけで肩や腕にピリッと引き攣るような痛みが走る。
まだ少し震えの残る手を黒子の前に突き出して見せると、ひんやりとした指先がその手に触れた。


「震えてます」
「全然力入んねーからな。ほら」
「ふふ、本当ですね」


触れてきた指と指の間を縫うように握り締めて何度か力を入れてみるが、黒子は痛がるそぶりも見せずにふわふわと笑う。
自分の手よりずっと小さいそれを、比べるように広げたり握ったりしてみた。


「でも入学当時よりは筋肉の付き方もいい感じになってきましたね」
「そうか?」
「はい。やっぱり指導者ありきで練習しているのとしていないのとでは全然違いますから」
「確かにな」


あとお前との自主練のお陰で強くなってるしな!と笑うと、そうでなければ困りますと苦笑された。
片手を拘束した状態だと食事が出来ないというので、仕方なく手を離して自身も新しいパンを開封する。
朝方コンビニで買ってきたパンは、種類だけは豊富だ。
栄養に関してはあまり気にしていないのだが、最近は黒子と食事を取る事も多くなったので少し気遣うようになった。
こいつ、放っとくとバニラシェイクだけで済ませる時があるからな。


「昨日の相手、今の俺らからすれば同格かそれ以下だった。それでもマジギリギリだったよな」
「ええ」
「この調子だと、次の二試合は相当ハードになるな」
「王者との二連戦ですからね」


準決勝では正邦。
決勝では緑間の居る秀徳。
その二つの試合は同じ日に行われる。
正直人数がギリギリな誠凛はかなりきつい状況だろう。
そういえば、昨日の秀徳戦後、鬼の形相で黒子のアドレスを聞きに来た緑間を思い出して少し眉を顰める。
なにやらツンデレ?とやらで文句を言いまくっていたが、背後にいた高尾の通訳のお陰でなんとか黒子のアドレスを手に入れる事が出来たようだった。
俺を馬の骨だとか間男だとか意味の分からない事を言ってたけど、キセキの世代ってホント変な奴が多いな。
まぁ何を言われようが黒子を渡す気はないが。


「どうしました?皺残っちゃいますよ」


難しい顔をしていたのだろう、黒子が腰を上げて皺の寄っていた火神の眉間をちょいと突っついた。
その動作がどこか幼く見えて、火神はふっと息を吐く。
今考えても無駄だろう。
それにこいつは自分の意思で俺と居ると決めたのだ。
他者が外部から何を言おうが、俺たちには関係ない。


「なんでもねーよ。それ、プリンか?」
「はい。今日コンビニで見つけました。リッチバニラ味です」
「リッチ?」
「リッチです」


どうやら気に入ったらしい。
無駄に良い顔をして見せびらかしてくる黒子に「一口くれ」と催促してみる。
すると「特別ですよ?」と悪戯めいてひっそりと笑った黒子はスプーンにプリンを掬ってこちらに差し出してきた。
それを遠慮なく銜える。
途端に広がる濃厚なバニラの味と滑らかな舌触りに、確かにこいつが好みそうだと思う。


「……結構美味いな」
「でしょう?」


嬉しそうに笑う黒子が残りのプリンを幸せそうに食べるのを眺め、火神も緩く目を細めて中断していた残り少ない食事を再開した。
そんな二人に、クラスメイト達はただひたすらに視線を逸らして我関せずを貫くのだった。一部の女子はペンを片手に凝視していたが。





***





放課後、タオルを忘れたと言う火神に付き合って部室へ寄った黒子は置きっぱなしになっていたDVDを見つけた。
ダンボール箱の上にはいくつかのファイルも置いてある。


「これ、昼休みにカントクに頼まれて火神くんが運んだものですか?」
「どれ?…ああ、そうみたいだな」
「どうやら次の対戦相手のDVDみたいですね」
「そういやカントクが友達に撮影頼んでたな。丁度いいや、ちょっと見てみようぜ」


言うなりDVDをセットしてテレビをつけた火神に、特に文句もなく同じように画面を見る。
映し出された映像を食い入るように見る火神は、正邦の動きに違和感を覚えた。
スコアは39対8。
正邦が優位にゲームは続いている。


「この坊主頭のDF、特にしつこいな」
「この人、知ってます」
「あ?」
「中学時代に対戦した事があります。当時はまだ始めて間もないとはいえ、黄瀬くんを止めた人ですよ」
「黄瀬を?」


あの頃はまだ、皆バスケを楽しんでいた。
中学時代で一番楽しかった時期かもしれない。
そう思いながら嘗て対戦した時の事を思い浮かべる。
今DVDに映っていた通り、他の選手よりずっとしつこいDFだった。
なるほど。DFが全国クラスの正邦に進学したのも頷ける。


「変わった人でしたね」
「キセキの世代より?」
「個性強い人が揃ってますからね…微妙なところです」
「なんだそりゃ」
「人の嫌がる顔を楽しいと言う人でした」
「…それは…対戦したくねぇな」


口元を引き攣らせてテレビに視線をやった火神が見たのは、71対12で正邦が勝利した場面だった。


「ま、誰が来ても負ける気はねぇけど」
「そうしてください」
「お前の光だもんな?」
「そうですよ」


何かを確かめるように目を細めた火神は静かに黒子を見る。
手を掬うように取られ、人差し指を甘噛みされた。
まるで動物が甘えてくる仕草に似ていて、黒子は息を吐くように笑う。
いつか食べられそうです、と黒子が言えば、そん時は骨の髄まで食い尽くしてやるよと野生の獣を思わせる獰猛さを浮かべて火神も笑った。





***
だからこいつら付き合ってな(ry

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