漆黒のアタラクシア #11





秀徳の試合が始まるということで、誠凛は二階席に移動して観戦する事になった。
なぜかベンチに置いてあるクマのぬいぐるみが場違いでシュールだ。


「なんでベンチにぬいぐるみなんて置いてあんだ?そういや、緑間が持ってきてたよな」
「ああ、緑間くんの今日のラッキーアイテムなんですよ」
「ラッキーアイテム?」
「はい」


おは朝の、と言われてもよく分からなかった火神に、テレビでやってる朝の占い番組です、と補足して黒子が苦笑する。
中学時代から続いていると聞いて、火神はもはや溜息しかつけなかった。
試合は秀徳優位で進んでいる。
派手さはないが、堅実で的確なプレイだ。


「今んとこ5本中5本か…緑間は随分調子いいみてーだな」
「そうなんですか?」
「いや、知らねーよ。つかお前の方がわかんだろ」
「さぁ?彼が外したトコ見たことないんで」


黒子の言葉に、先輩達がぎょっとした顔で振り返る。
おもしろくない冗談を聞いたように、表情は完全に引き攣っていた。


「緑間くんはフォームを崩さない限り、100%決めますから」


なんでもないことのようにそう言った黒子に、マジか、ありえねぇ、と呟きながら肩を落とした先輩達は前を向きなおし、先ほどより集中して試合を見る。
シュートを打つたびにドヤ顔で此方を見上げてくる緑間をそ知らぬ顔でスルーし、火神は隣に座る黒子の耳元に顔を寄せた。


「さすが『キセキの世代』のナンバー1シューターってか」
「そうですね。…ところで緑間くんがめちゃくちゃ君の事睨んでますけど」
「知ってる」


楽しそうに喉を鳴らす火神に、黒子は抵抗せず好きにさせる。
やんわりと頭を抱き寄せて甘い香りのするふわふわとした髪に軽く口付けた直後、目下から立ち上るような殺気が膨れ上がった。
流した視線の先では、ボールを軋ませるほど力んで此方を睨みつけてくる緑間の姿がある。


「おーおー、怒ってんなー」
「あんまり煽らないであげてください。あの人、あれでキセキの中では結構まともな人なので」
「マジで?」
「マジなんです。残念ながら」


やっぱりキセキの世代って普通じゃねーなと呟きながら黒子の髪を指先で遊ばせている火神に、試合に目を向けていた先輩達はお前が言うなと何度目になるか分からない文句と共に心を一つにしていたのだった。





***





「…高尾、ちょっと行って殺して来い」
「真ちゃん!?」


普段の二割増しで観客席の一点を睨みつける緑間に、同じくコートに立っていた高尾が驚愕の声を上げる。
てか試合中なんだけど、と彼らの先輩達が睨んでくるのも気に止めず、緑間に渡ったボールは高い放物線を描いてゴールを通り抜けた。
相変わらず見事なシュートだ。
それを決めた緑間は、得点した事など当たり前とばかりに喜びもせず、ひたすらに観客席に視線をやっている。


「いいから行って来いと言ってるんだ」
「口調が迷子!そして無茶振りやめて!?」
「さっさと行け。なのだよ」
「扱いが雑なのだよッ!!」


大体試合してんだから無理!と対戦相手の持っていたボールをスティールして大坪に託した高尾が叫ぶ。


「てめぇらいい加減真面目にやれ!轢くぞ高尾!」
「なんで俺だけ?!」
「緑間は言っても無駄だろ」
「事実過ぎて俺泣いちゃうwww」
「高尾うぜぇ」
「高尾マジうぜぇ」
「いじめwww反対www」
「早く行けばいいのだよ」
「だから無理だってばwww」


なにこの四面楚歌、俺オワタwwwとか何とか言いながらも得点を重ねていく秀徳に、対戦相手は完全に苛々した顔を隠しもせずにボールを奪おうと躍起になる。
しかし口ではふざけている高尾達だが、試合中である以上は油断などしているはずもなく、相手は得点を上げる事が出来ない。
第3Qが終了し、ベンチで水分補給しながらも相変わらず緑間は観客席を睨んでいるし、先輩達はそんな緑間にたいして轢くだの軽トラだの話し合っている。
緑間の視線の先に意識を向けた高尾は、ちょうど此方を見ていた黒子と目が合った。
パクパクとその口が何かを訴える。


「えーっと、なになに?…『が ん ば っ て く だ さ い』?ってちょwww丸投げwww俺の扱いが酷いwww」


無理だと首を横に振って訴えると、黒子はとても良い顔でぐっと親指を突き出した。
それに今度は肩を竦めて見せると、またゆっくりと口が動いた。


『だ い じょ う ぶ で す』


「何がwwwもはや手ぇ付けらんねぇんだけどwww」


『ファ イ ト !』


「やっぱ他人事じゃねーかwwwてかこれ、主にお前の隣の奴のせいじゃね?」


『き の せ い で す』


「あれ、そういや何で俺の言ってる事分かんの?聞こえるはずねーよな?」


『ど く し ん じ ゅ つ を た し な ん で ま す』


読心術?いや、読唇術だろうか。
ああ、なるほど…と納得しかけた高尾は、普通の人間がそんなものを嗜んでいるのはおかしいと思い直した。
さすが、『キセキの世代』に一目置かれているだけはあるなと別の意味では納得したが。
そこで緑間と睨みあっていた火神が高尾と黒子の様子に気付き、どこか拗ねたような表情をして黒子の肩を抱き寄せた。
軽くその水色の頭が火神の肩に触れる。
目を細めて此方を見下ろすように笑うその顔は、腹が立つほど男前だ。
美形は緑間で見慣れている高尾も、男くさい火神の表情や仕草には感嘆する。


「ありゃ、牽制かねー」


黒子は完全に身を預けきっていて、特に抵抗する様子はない。
というよりも何となくだが楽しげな雰囲気を感じた。
不意に小さく口元に弧を描いた黒子が、火神を振り返ってその耳元に唇を寄せる。
口が動いている事から何か話しているのだろうと分かるが、わざわざそこまで近づく必要はあるのだろうか?
何を言われたのか、火神が嬉しそうに笑って黒子の手を取って指に唇を落とす。
その瞳には隠しきれない優越感が宿っていた。


「…ふざけるなよ、あの男…!黒子も黒子だ!なぜあんなどこの馬の骨とも知れぬ輩に好き勝手させているのだよ!?」
「馬の骨ってリアルで言うやつ初めて見たわ」
「俺もだ」
「俺もっスwwwマジ真ちゃんパネェwww」
「話すにしても、わざわざあんなに近づかなければいけないほど煩くはない筈なのだよ!!なんのつもりだ!!」
「そりゃ、多分からかわれてんだと思うぜ?」
「どう見てもそうだろ」
「ですよねー!」


そこで休憩は終了し、第4Qの緑間はまさに鬼だった。
まるで鬱憤を晴らすかのように連続でシュートを決める。
確実に点差が広がっていくのに比例して、相手選手たちの顔色も悪くなっていった。
結果は秀徳の勝利で終わり、肩を落とした相手校の選手たちはトボトボとベンチに戻っていく。
その背中には哀愁がこれでもかと漂っており、迎えるベンチ組は相手が悪かったと言わんばかりの表情を浮かべていた。
観客席の人々は、そんな彼らに心の中で合掌したのだった。





***
火神「お前も十分煽ってんじゃねーか」
黒子「もう楽しければいいかなと思って」

高尾「黒子って想像してたのと違うwwwめっちゃ強かじゃねーかwww」
緑間「駄目だ、あいつら早く何とかしないと」
宮地・木村・大坪「「「お前が言うな」」」

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