前途多難な極彩色の軌跡 #01





人が行き交う校門を抜け、幼い顔立ちの少年少女の手を引いて、大人達が向かう先は皆同じだ。
見上げた空は快晴。どこまでも雲ひとつ無い晴れ渡った青が、輝く太陽が、ここに居る者たちにまるで祝辞を述べているかのようだ。
そんな中、緊張した面持ちの少年や期待を胸いっぱいに抱えた少女の合間を縫うようにして移動する一つの影が、憂鬱そうに溜息を付いた。


『…すでに帰りてぇ』


水色の髪に水色の瞳。幼く、どこか儚い印象を与える少年の小さな口から吐き出されたそれは、見た目に似合わずスラング交じりの英語だった。
心底だるいと言わんばかりの声色に、けれどもそれを聞き取った者は居ない。
そもそも、少年の存在に気付いている者さえ居ないのだが。
まるで神に祝福されているかのような陽気に恵まれた入学式―――式が行われる体育館に向けて足を動かしながら、少年は再び大きく溜息を付いた。



僕、黒子…黒子テ…テツ…ヤ?だっけ?は、今日から日本の帝光中学という学校に通う事になりました。わー、ぱちぱち。


「……」


なんて言ってられるか!



内心荒れつつも欠片も表情には出さず、涼しい顔をして体育館の中に入る。
空いている席に腰を下ろして、案内所で渡された学校案内のパンフレットを開いた。
校内マップだけを頭に叩き込んでいると、H.A.N.T(ハント)がメールの着信を知らせる。
にゃーん、と軽やかな猫の鳴き声が響いたが、周囲のざわめきに押し殺されてさほど目立つ事はなかった。
制服のジャケットの内ポケットからH.A.N.Tを取り出して送信者を確認する。
Falcon(ファルコン)という文字に、黒子は小さく眉を顰めた。



From:Falcon
件名:入学式!入学式!
本文:おめーヾ(*´∀`*)ノ
ちなみにウチの息子も今日入学式なんだけど!
パパちょう緊張する!
どうこれ?結構イケてね?
オレもまだ現役バリバリいけんじゃね?
え、かっこいいって?(/ω\)ハズカシーィ



添付されていた写メにはこれでもかというくらいのキメ顔をした見慣れたオッサン(スーツ着用)が写っていた。
それを冷ややかな目で見た黒子は、無言で素早く返信画面に切り替える。



From:Shadow
件名:Re;入学式!入学式!
本文:あー、はいはい



カーッ(゚Д゚≡゚д゚)、ペッ



ためらいも無く送信ボタンを押して、見咎められる前にサイレントモードに切り替えてからH.A.N.Tをしまった。
45歳にもなってデコメ・顔文字は正義!とかほざく男のせいで、黒子も無意識に顔文字などを使うようになっていた。
日本の顔文字って分かりやすくて可愛いよな!との言葉には同意するらしい。
その後も続けてメールが来ているようだが無視する。
どうせ息子自慢か嫁自慢か自分自慢だろう。


「…これからここに通うんですね…」


慣れない日本語で呟いた独り言は、とても虚しい。
どうしてこんな事になったんだ、とつい遠い目をしてしまった黒子だった。
思い出すのは先日、仕事でちょっとしたミス?をしてしまった時の事だ。





―――一ヶ月前、エジプトのカイロ・アレクサンドリア。
国際トレジャーハンターギルド【ロゼッタ協会】本部にある研究部の一室で、周囲を輪のように取り囲まれながら黒子は困ったように頬を掻いた。


『え…?!ちょ、マジで!?おま、シャドウ!?』
『やだー!かわいいー!!ほっぺたプニプニなんだけど!!』
『若!!っつーかアンタにこんなキュートな時期があったなんて…!』
『何があった…!若返るとかありえねぇ!非現実的すぎんだろ!!』
『いや、超古代文明とかオーパーツとか研究してる俺らが言えた義理じゃねぇけどさ!なんなの!?』


口々に驚愕や感嘆の感想を呟く知り合いたちに、黒子は大袈裟に肩を竦めて見せた。
ちなみに、シャドウというのは黒子のコードネームだ。
<<宝探し屋(トレジャーハンター)>>のシャドウ、といえばその道の人間なら知らぬ者は居ないほどの有名な名である。
若くしてハンターランキング上位に名を連ね、完璧迅速に仕事をこなす事から彼を指名する客も多い。
懇意にしている顧客には某国の皇子やら某国のエージェントやら、名前を出せない尊きお方やらが居るらしいが詳細は不明である。
現在35歳オーバー(実年齢は本人にも分からない)なのだが、彼らに囲まれている黒子はどうみてもそうは見えない。
元々童顔であり、年齢不詳ではあったが、今の彼はそういう次元を超えているのだ。
そうというのも、室内で注目を一身に浴びている黒子は、どこからどうみても12・3歳の子供だった。


『シャドウ!』
『……どうだった?』
『検査の結果はオールグリーンよ。なんの異常も無し!健康そのもの!まさかの若返りおめでとう!』
『いや、あんま嬉しくねぇんだけど…てか問題ないってマジかよ…』
『あら、問題あったほうが良かったのかしら?』
『そういう意味じゃねぇけど…どうしてこうなった!』


小さな体を屈めて座り込んで頭を抱えるその小動物染みた姿に、室内の女史たちの胸がきゅん!と高鳴る。
と同時に嗜虐的な興奮も沸いている辺り、変わり者と名高い研究部の一員と言えるだろう。
そんな女史たちに気付いたのか、さっと安全パイな男の背後に隠れて唸った。
ちなみにその安全パイと判断された男が、背中に張り付いて怯える黒子の姿に新たな扉を開けようとしていた事など知る由も無い。


『持ち帰ったオーパーツも関係なかったんだよな。俺、元に戻れんの?』
『現段階では無理でしょうね。どうもその遺跡特有の呪いのようだもの。でも健康なのは変わりないんだし、良いんじゃない?』
『すっげぇ他人事…!』
『遺跡が無事なら詳細を調べられたんだがなぁ〜?シャードーウー?』
『……ハイ、ボス。ご機嫌麗しゅう』


引き攣った笑みを湛えた直属の上司の登場に、同じように引き攣った笑顔で黒子は両手を挙げた。


『よくも文化遺産を木っ端微塵に爆破してくれたよなぁ?』
『いや、あれは<<秘宝の夜明け>>の連中が悪い!』
『それとこれとは別だっ!オレ上からめっちゃ叱られたんだけど!減給なんだけど!お前のせいで!』
『えーっと…どんまい☆』
『なにがだあああああ!!!』
『ぎゃああああ!!痛い痛い痛い!!』


頭を鷲掴みして力いっぱいに物理的圧力を掛けてくる上司に、黒子は涙目になりながら謝罪した。
が、減給は相当頭に来たらしい。
今までもそれとなく迷惑を掛けてきた黒子である。溜まりに溜まった不満がここで爆発したとも言えるだろう。
額に血管を浮かせた上司は次の日、日本行きのチケットと帝光中学への入学書を黒子の顔面に叩きつけたのだった。





そんなこんなで、現在。
遺跡の呪いらしい、解明不可な出来事のせいで35歳(?)から12歳(?)の姿に変貌した黒子は、謹慎という名の下に一般中学生の生活を送る羽目になったのだった。
戸籍云々はロゼッタが裏から手を回して何とかしたらしい。その辺は突っ込まないほうがいいだろう。
すでに引退して日本に帰国していた先輩であるファルコンはこの生活の支援者でもある。
普段からふざけた軽いノリの男だが、頼りになるのは知っている。
なんていったって自分を<<宝探し屋>>にしたのはファルコンなのだから。
当時の状況は、ほぼ誘拐のようなものだったが。

ちなみに、先ほどファルコンからのメールの送受信をしていたH.A.N.Tというのは『Hunter Assistant Network Tool』の略称であり、ロゼッタ協会所属の<<宝探し屋>>は所持が義務化しているツールだ。
メールの送受信はもちろん、動画を見たりネットで調べものをしたりと、簡単に言えば超小型PCのようなものである。
形はDSの薄型をさらに薄くしたような感じだと想像しておけば問題ない。サイズ的にも。
そして登録したIDの持ち主のバイタルを常に測り、もし致命傷などを負った際には即座にお知らせしてくれると言う便利機能付きである。
まぁ戦闘中に『心拍数低下』やら『自発呼吸に異常あり』とか教えられてもな、という意見もあるのだが。
そしてGPSも搭載されているのでロゼッタの人間には此方の行動がバレバレだったりもする。

ここまでくれば大方想像は出来ているだろうが、『黒子テツヤ』と言う名前は偽名である。
『黒子』は<<宝探し屋>>のIDである0965の語呂合わせだ。
『テツヤ』は知り合いの日本マニアが『黒子に徹する』という言葉から引用したらしい。
元々コードネーム以外の名を持ち合わせていなかったので急遽付けたわけだが、正直まだ慣れない。


「(呼ばれてすぐに反応出来るようにしておかなければいけませんね)」


偽名だとばれない様に。
ついでに素が出ないように、日本語で答える心構えもしておく。

思考の海に沈んでいた意識が、ふっと浮かび上がって壇上に向く。
新入生代表だという赤い髪をした少年が何やら小難しい言葉で長々と喋っているそれを聞き流し、さっさと終わればいいのにと欠伸を押し殺した。
同じように退屈していたらしい前方の青髪の少年が、ずるずると椅子から体を滑り落としていく。
あれ、寝てるんじゃないだろうか?と思ったのも束の間、隣に座っていた桃色の髪の少女がその少年の腕を抓って強引に起こしていた。
斜め前の緑髪の少年は背筋を伸ばした姿勢を崩さない。あれが優等生というものだろうか。
その近くの黄髪の少年は足を組んで目を伏せており、周りの少女たちは頬を染めてそんな彼にチラチラと視線をやっている。
少し離れたところに座っている紫髪の少年は、同じ年頃の少年少女の中でも体格が非常によく、大人に混じっても謙遜無いほどだ。
隣に座っている灰髪の少年は気だるげに欠伸をしている。
日本人って言っても随分カラフルなんだなぁ、と自身も珍しい色を持っているにも関わらず関心して、校長だという男の長ったるい演説を子守唄に静かに目を伏せた。





***
トレハン黒子っち!
敬語=日本語 口が悪い=スラング交じりの英語
って感じで宜しくお願いします!

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