漆黒のアタラクシア #10 交差した視線に、緑間は眼鏡の奥の瞳を細めた。 真っ直ぐに、射抜くようなそれにも関わらず、黒子は表情一つ動かさない。 見詰めあったまま動かない2人に、火神は痺れを切らしたかのように緑間に近付いた。 緑間の視界から故意に黒子を隠す様に立つ。 そこでようやく緑間は火神を見た。 不愉快だと言わんばかりに顔を歪める。 「よう。お前が緑間真太郎…だろ?」 「…そうだが、誰なのだよ」 「火神大我。黒子の今の光だ。覚えとけよ」 「覚える価値もないな。お前が俺たちに勝てるとでも思っているのか」 「ああ」 「ふん。おめでたい頭だ」 馬鹿にしたように嗤った緑間は、火神を押し退けるようにして黒子の方に向かって歩き出した。 緑間と黒子の身長差は火神以上だ。 慣れているとは言え、距離が縮まるにつれて首が痛い事に変わりはない。 長身のイケメン爆発しろ、と黒子がこっそり恨み言を呟いているとは知らず、緑間は腕を伸ばせばその細い体を抱き寄せられる位置で足を止めた。 「黒子」 「お久しぶりですね、緑間くん。お元気そうで何よりです」 「お前は…どうなのだよ」 「まぁ、見ての通りです」 「……」 肩を竦めて見せた黒子に、緑間は眉を顰めた。 冗談でも軽いとは言えない怪我を負ったくせに、どうしてそう平然として居られるのか。 いつだって、緑間には黒子の考えている事など分からない。 言葉を詰まらせて、ただひたすらに黒子を見つめる緑間に、火神は気に食わないと言いたげに舌打ちした。 「つーか空気重っ!もっと気楽に行こーぜ!」 突然割り込んできた弾んだ声に、全員がその男を見る。 秀徳のジャージを着た、高尾だ。 気安げな仕草で黒子に近づき、にやにやと楽しそうに笑う。 「キミが真ちゃんと同中の『黒子』くんっしょ?見た目儚げで華奢で中性的なのに中身すっげー男前な子って聞いてたけど、想像してたより断然可愛いね!予想外!」 「……緑間くん?」 「べ、別にそんな事は言っていないのだよ!誤解だ!」 「ええー?でも体力ないからいつも見ていてやらなきゃ駄目だとか、こないだも」 「高尾おおおおおおお!!」 言葉を遮って声を荒げる緑間に、高尾は堪えた様子もなく爆笑する。 それが余計に癇に障ったらしく、緑間は眉間に皺を寄せて思い切り高尾の頭を叩いた。 黒子と火神は、そんな二人からそっと距離を取る。 「友達できたんですね、緑間くん」 「完全にからかわれてないか?」 「それだけ気安い関係だということでしょう」 「そういうもんか?」 「そういうものです」 分からない、と言わんばかりに首を傾げる火神に、黒子は力強く頷いた。 緑間本人が聞いたら全力で否定するだろうが、現在彼にそんな余裕はなかったので、火神の頭にはしっかりと"二人は仲が良い"とインプットされたのだった。 「あ、自己紹介してなかったな!俺、高尾和成。ジャージ見たら分かるだろーけど、真ちゃんのチームメイト!気軽に和くんって呼んでね!」 「「誰が呼ばせるか!」」 鬼の形相で名前呼びを阻止する緑間と火神に、案外気が合うんじゃないだろうかと声を合わせて叫んだ長身二人を見ながら黒子は思った。 絶対否定されるので口には出さなかったが。 「とにかく!先輩達のリベンジもすんだし、しっかり覚えとけよ!」 軌道修正するように、力強くそう言い放った火神に、緑間は眼鏡のブリッチを指で押さえて鼻で笑う。 「…ふん、リベンジ?随分と無謀な事を言うのだな」 「あ?」 「その先輩から何も聞いてねぇの?誠凛は去年、決勝リーグで三大王者すべてにトリプルスコアでズタズタにされたんだぜ」 高尾の言葉に驚く火神。硬い表情の先輩たち。 一瞬で静まり返ったその場で、黒子は初めから解っていた事だと目を細めた。 誠凛に入学する際に、過去の戦歴は調べてある。 今更驚く事でもないと思っていたが、どうやら火神はその事を知らなかったらしい。 火神はどうして誠凛を選んだのだろうかと純粋に疑問に思う黒子だった。 初め頃は日本のバスケなんてどこでも一緒だと思っていたようだから、家から近かったとかそういう理由だろうなと適当に予想する。 「息巻くのは勝手だが彼我の差は圧倒的なのだよ。仮に決勝であたっても歴史は繰り返されるだけだ」 「過去の結果で出来るのは予想までです。勝負はやってみなければ分からないと思いますよ」 「…黒子」 まぁそう思って油断してくれるなら此方としても助かりますが、とは声に出さず。 そもそも黒子は怪我のせいで試合に出られないので、緑間に対してあまり大袈裟な事は言えない。 けれども仲間を信じているので、負ける事はないと思っている。 そう願っている。 だから引かない。 真っ直ぐに見つめてくる黒子の瞳を見返して、緑間は何か言いたげに顔を顰めた。 「いやー!言うね!さっすが黒子くん!」 「高尾、煩いのだよ」 「酷い!せっかく場を和ませてやろうってのに!」 ウインクして黒子の肩に触れようとした腕を火神に払いのけられた高尾は、唇を尖らせて拗ねた振りをする。 警戒するように高尾を睨んで黒子を抱き抱える火神を緑間が親の仇を見るように睨んでそれを面白がった高尾が黒子に絡んで火神が…という悪循環ループが発生しているが、当の本人達は真剣そのものだった。 高尾に至っては面白がって率先して行動していただけで、黒子は寧ろ無心であったが。 そんな四人を見かねたのだろう、秀徳の先輩と思われる人が緑間達を呼んだ。 それに片手を挙げて軽く返事を返した高尾が、緑間を連れて戻ろうとする。 「呼ばれてるし、今日はこの辺にしとこうぜ、真ちゃん」 「そうですよ、緑間くん。先輩方に迷惑を掛けてはいけませんよ」 「…これだけは言っておく!そんな男がお前の光だなどと、俺は認めないのだよ!黒子!目を覚ませ!そしてさっさと別れるのだよ!」 「ちょwww真ちゃんどこのオカンwww」 そろそろ試合始まるからコイツ連れてくなー!と笑った高尾に腕を引かれながらも、緑間は火神を睨むのを止めない。 「決勝まで来い!そいつがお前に相応しくないと、俺がしっかり教えてやるのだよ!」 「あ、結構です」 「ブフォwwwwww」 「黒子おおおおおおおお!!!」 ひらひらと片手を振って見送られた緑間は、爆笑している高尾によって自軍のベンチまで引き摺って行かれたのだった。 *** 黄瀬といい、キセキの世代って…と遠い目で傍観してる先輩達でした。 緑間も変わってるけど黄瀬よりはマシ、と思ってる火神。 |