地を這い蹲る鷹の目を
※捏造中学時代。






終了を告げる笛の音。
圧倒的なスコア値。
帝光バスケ部―――キセキの世代。
俺たちが大敗した、あの日の対戦相手だ。
まるで当然の事のように、勝ったというのに笑み一つ浮かべやしないで背中を向ける相手に俺たちは唇をかみ締めた。

くやしいと思う。
なのにどうやっても勝てないとも思う。

中盤から、コートに居た仲間たちに浮かぶのは絶望と諦めで。
だからこそ、俺だけは諦めたくなくて必死に彼らに縋りついて。
けれども指先一つ触れることは叶わず、立っていることさえ許されず、すべては終わった。
やる気もなく形だけの礼をしてベンチに戻る彼らを視線で追いかける。
渡されたドリンクとタオルを手に、とりとめもない会話をしながら更衣室へと戻っていくその背中を、同じように見つめる一つの影に気付いた。
誰にも気付かれず、誰からも息をひそめるように、キセキの傍に在った一人の少年。
その沈みきった瞳が、いつまでも脳裏に焼きついている。





***





あれから数ヶ月、いや、そろそろ一年になるかもしれない現在。
あの時敵だった相手を相棒にと添えた自分を、あの頃の俺はどう思うのだろう。
そしてあの少年は、どう思っているのだろう。


「んー…そろそろ買い替え時かなー」


せっかくの休日なのでと買い物に出てきた俺は、新作だと評判のバッシュを手に取りながら首を傾げた。
別に今のやつが壊れたわけではないが、もう長い事使っているし、やはり新しいものは欲しい。
デザイン的にも結構好みなんだけどなーと思いつつ値札を見て、さらに眉を顰めた。


「やっぱこのモデル高いよなー!うーん…、…ん?」


なんとなく視界に入り込んだ水色に、気になってそちらに視線を流す。
靴紐コーナーの前、いくつかの紐を手にとって迷っているらしい相手を見つけて、にんまりと口元に笑みを浮かべた。
気付かれないようにそっと相手の背後に忍び寄る。


「くっろこくーん!久しぶりー!」
「っ!?」
「バッシュの紐買いにきたってトコ?」
「……高尾くんでしたか。びっくりしました」


驚かせないでください、と少し不機嫌そうに怒る黒子に軽く謝る。
そして覗き込むようにしてもう一度問いかけると、渋々ながら肯定が返ってきた。


「黒子くんのバッシュってこないだの練習試合で履いてたアレ?」
「はい。
そうです」
「んじゃ、こっちの方が合うんじゃね?情熱の赤!」
「派手じゃないですか?」
「んなことねーって!ベースが黒だからアクセントになって良い感じだと思うぜ!」
「じゃあそうします」


よく見てますね、という黒子に笑みを返す。
そりゃ、見てるさ。
俺のライバルとも言える立ち位置にいる黒子に、相手がこちらを気にしていないとしても俺は仕草一つ逃さないとばかりに凝視していた。
もちろんコートの中では黒子だけを見ないようにかなり気をつけていたけれど、やはりそう簡単にはいかないのだ。
相棒が何かにつけて気にしている少年。
眩い光に掻き消された、キセキの影。
意識していなければ、つい目で追ってしまう存在だ。
少なくとも俺にとっては。


「うし!これからはテッちゃんって呼ぶわ!」
「なんですか、いきなり」
「だってせっかく知り合えたんだし、どうせだから仲良くしたいじゃん!」
「同属嫌悪云々はどうなったんです?」
「あれはあれ!試合でハイになって調子に乗ってた!」
「…まぁ君がいいなら別に構いませんが」
「えー?なんか冷たい!あ、黒子っちの方がいい?」
「やめてください」


中学時代は戦う事のなかった相手が、かなり特殊な技術を有していると知ったときは本当に驚いた。
そして、あの時の試合で彼がベンチだったのはそういうわけかと納得する。
その采配は、赤司だろう。
一瞬交えたあの全てを見透かしたような瞳を思い出して、密かに肝が冷える。

あれは駄目だ。

何がかは分からない。
でも、駄目だと思った。
特に、俺が影に気付いた瞬間の、あの瞳はあまりにも―――


「高尾くん?」


思わず黙り込んだ俺を気にしてか、覗き込むようにまっすぐに此方を見る黒子の瞳がわずかに心配げな色を乗せる。


「あ、悪い!ちょっと昔を思い出してさ〜」
「昔、ですか?」
「そ!ちなみにテッちゃんにも関係あることだぜ!」
「?」


事情なんてなんにも知らなくて。
彼がどれだけ傷付いていたかなんて想像することしかできなくて。
自身の無力さなんて、それこそ自分自身が一番よく分かってる。


「な、俺と中学時代に対戦した事あるの、覚えてる?」
「え?」
「俺はさ、忘れた事なかったよ。あの時…初めてテッちゃんを見つけて、その目を見た時からさ」


ぱちり、と男にしては大きな瞳が一つ瞬く。
それは空色で、けれどもそこにあるのは澄んだ水のようだった。
あの時見たような、深く濁った深海の色は無い。
きっと今のチームメイトと知り合ったからなのだろうと、先日の練習試合を思い出す。
どこまでも真っ直ぐで暖かい雰囲気を持った、彼の大切な仲間たち。
新しい光。
奇跡の様な勝利は無いけれど、努力と確固たるチームワークでそれらを勝ち取っていく。
浮かぶのは楽しげな笑み。
嘗ては見ることがかなわなかった、黒子本来の姿。


「すみません。覚えてません」
「そーだと思った!真ちゃんも覚えてないっつーんだぜ!皆酷い!高尾泣いちゃう!」


慰めて!と泣き真似をすれば、完全に白けきったような冷静な目が向けられた。
そういえばこの目に見られて彼の今の相棒がよく怯えていたなと思い出した。
確かにこれは心に突き刺さるというか、全て見透かされたような気になるというか。
何を考えているか分からない、と言っていた俺の相棒の言葉を思い出して内心で苦笑する。
まぁ緑間に関してはお互い様のような気がしないでもない。
黒子はツンデレを理解出来ないらしいし。
いや、もしかしたら面倒がっているだけかもしれないが。


「ほら!レジ行こうぜ!それ買うんだろ?」
「あ、はい」
「んで、その後ストバス行かない?俺と」
「高尾くんとですか?」
「嫌?あ、もしかして用事ある?」
「いえ、用事はありませんが」


きっと俺は見たかったのだと思う。
沈んでいた影が、本来の色を取り戻す様を。
黒子テツヤという少年の生き様を。
あの日…絶対的勝者と共に居ながら、どこか俺と同じ場所にいた彼に。
絶望というものを知る、名前すら知らない彼に。
強く強く、心底から惹かれたあの日から。
此方の意図を探るように見つめてくる瞳を真っ直ぐに見つめ返して、再び「どう?」と問いかける。


「―――そうですね、それも楽しいかもしれません」
「じゃ、決まりね!」


やった!と大げさに喜んで見せると、黒子は息を吐くように小さく微笑んだ。
思わず息が詰まる。
途端に跳ねた心臓の音には気付かれないように細心の注意を払って、なんでもない振りをして手を掴んだ。
レジはこっち!と掴んだ手を引いて歩いていく。
背後から文句が聞こえたが、それは聞こえない振りをして真っ直ぐに進んでいく。
通り過ぎた鏡に映った自分の、その赤く染まった頬に、まだ振り向けないなぁと思う。
これは完全にアウトだ。
さすがにバレる。
バレなくても怪しまれる。
それで距離でも置かれたら堪ったものではない。
此方としてはこれからもっともっと仲良くなりたいのだ。
何でも話せるくらいに近く、存在ごと酸素のように。
頬を染める熱が引くように願いながら、俺は細く息を吐き出した。





手を繋いだだけなのに悶え死にそう!





***
HSコミュ充だけど黒子好きこじらせてピュアってる高尾くん。
今後の目標:黒子に「和成くん」もしくは「かずくん」って呼んでもらう事!

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