漆黒のアタラクシア #08 巨大な肉の固まり―――食べきったら無料!残したら一万円の一人前4kgステーキに挑んで死屍累々な店内で、一人元気に食べ続けているのは火神だ。 すでに彼の前には食べきれなかった部員たちから譲り受けた4人分の空になった皿が置かれ、現在5人目の分のステーキを変わらぬ勢いで食べ進めている。 そんな様子を眺めながら、一体どこにそれだけの量が入るのだろうと彼の人体に疑問を感じる面々だった。 食い逃げするよりは断然マシだが、それにしたって火神の食欲はあまりにも脅威だ。 「火神くん、口元ソース付いてますよ」 「ここか?」 「もうちょっと右の…ああ、もう。じっとしててください」 「ん」 真っ先にギブアップしてその様子を眺めていた黒子が、仕方なさげに笑ってナプキンを手に火神の口元を拭う。 素直にそれを受け入れた火神は、そうされる事になんら疑問を抱くことはないようだった。 黒子は保父さんか!…結構似合うんじゃね?うん、アリかも。などと思い始めている周りも、若干毒されて来ている気がしないでもない。 「thanks」 お礼とばかりに黒子の手を取って指先にキスする振りをする火神に、それを見ていた日向達は(帰国子女め)とよく分からない文句を心の中で呟いた。 火神の見た目のおかげか、そんなキザったらしい仕草さえも様になっている。 同じ男としてなんだか負けた気がした面々だった。 リコは先ほどから楽しそうな表情を崩さない。 「…ところで黒子」 「はい?なんでしょうか」 「いやさ、気付いてるとは思うんだけど。さっきから黄瀬がモデルとは思えない凶悪面で窓に張り付いてこっち見てるんだが…」 「気のせいですよ」 「「「いやいやいや!」」」 無理があるよ!と降旗が顔色悪く訴えるのに良心が痛んだらしい黒子が、溜息を一つ付いて黄瀬を見た。 途端に花でも飛んでるんじゃないかというくらいパァッと表情を変えた黄瀬に、日向達はもはや言葉もない。 黒子がちょいちょいと手招きで店内に呼んでやると、黄瀬は見えない尻尾を盛大に振りながら入店してきた。 「黒子っち〜!会いたかったっスよー!」 「さっき会ったばかりじゃないですか」 「えー、あれから41分も経ってるっスよ?」 「……そうですねぇ」 あ、ツッコミ放棄したな…と彼らを見守っている面々は心の中でシンクロした。 面倒なことになるので口には出さないわけだが。 それに多分、言っても無駄だろう。 ちゃっかり福田を押しのけて隣の席を陣取った黄瀬は、キラッキラした笑顔を浮かべて黒子を見つめて満足そうだ。 「で、君はどうしてここにいるんですか?」 「帰ろうと思って歩いてたら偶然黒子っちの声が聞こえたんス!これって運命っスよね!」 「…そんなに大きな声を出した覚えはないんですが」 「黒子っちの声ならどんな声だってちゃんと俺に届くから安心してほしいっス!」 「…うぜー」 ステーキをリスのように頬張りながら眉を顰めて吐き捨てる火神に、黄瀬は一瞬鋭い視線をやるものの、すぐに黒子に向き直した。 黒子を見る時間が減るとばかりに熱心に見つめる黄瀬に、リコは感嘆するように息を吐く。 ここまであからさまだと逆に清々しいわ。中身はただのヤンデレだけど。 「確か、二人って中学が同じなのよね」 「そうっスよ!黒子っちは俺の親友っス!一番仲良かったんスよ〜!ね、黒子っち!」 「そうなんですか?初めて知りました」 「ひどっ!!」 でもそんなところも好きっ!と抱きついてくる黄瀬を無表情で受け流している黒子だった。 その様子は慣れを感じさせる。 無遠慮そうに見えて、黄瀬は黒子の怪我に響かないように抱きついているらしかった。 そういう気は使えるのね、とリコはひっそりと目を細めた。 その横では日向と伊月が、黒子が少しでも痛がったら引き剥がして蹴り出してやろうとその機会を待っていたりする。 「そうだ!黒子っちに言っときたい事があったんスよ」 「なんですか?」 「火神とは絶対決別するっスよ」 「こいつ本人の前で言い切ったぞ、おい」 「俺と他の四人の決定的な違い…それは身体能力なんかじゃなく、俺にもマネ出来ない才能をそれぞれ持ってる事っス」 「無視かコラ」 「まぁまぁ」 「今日の試合で分かったっス。コイツはまだ発展途上…でも『キセキの世代』と同じオンリーワンの才能を秘めてる」 「これ、褒められてんのか?」 「どうでしょう?」 「今はまだ良くても、開花してしまえば確実にチームから浮いた存在になる…その時コイツは今と変わらないままで居られるんスかね?」 探るように視線を向けてくる黄瀬の瞳は薄暗かった。 皿の上のステーキを食べ終わり、グラスの水を飲み干した火神は、そんな黄瀬を見据える。 「無駄なこったな」 「…何がっスか?」 「例え俺が、お前らの言うところの『開花』ってヤツをして強くなったとして。なんでそれが俺と黒子が決別する理由になるんだ?」 「そりゃ、アンタが黒子っちを必要としなくなるからっスよ」 「……」 「だから、それが分かんねーっつってんだよ。なんで俺が黒子を必要としなくなるんだっての」 「だって、自分でボール奪えるようになれば、黒子っちは必要なくなるっしょ。現に青峰っちだって!あ、いや、その…」 「別に続けても構いませんよ?」 「…ごめんっス、黒子っち…俺、そんなつもりじゃ」 「あーもー!グダグダうっせーな!だからその前提がおかしいって言ってんだよ!だって黒子は俺と―――」 同じ場所を走っていけるんだから、と続けようとした言葉は、それを十分に理解している黒子本人によって遮られた。 「君の懸念は最もです。でも、それは杞憂ですよ」 やんわりと黄瀬の拘束から抜け出して、体ごとこちらを向いて座っている火神の背後に回りこむ。 その逞しい肩に片手を乗せると、するりと指を絡め取られた。 そのまま軽く引かれて、体が火神の背中に密着する。 「火神くんがチームプレイを捨てた時、すでにそこに僕は居ませんから」 黒子の言葉に眉を寄せた火神は、それでも何も言わずに口元にわずかな笑みを乗せる。 「チームの無いゲームに興味はありません。僕が怪我をしても尚、もう一度ボールを手に取ったのは、皆でバスケがしたいからです。皆と、笑ってバスケがしたいからです。それが出来ないなら、ここに居る意味はないんですよ」 僕はあの頃バスケが嫌いだった―――と静かに過去を振り返る黒子に、黄瀬は泣きそうになる。 黒子がどれだけバスケを好きだったのか知っていたからこそ、その言葉はあまりにも重いのだ。 他の誰にも分からなくても、黒子を知っている黄瀬には十分すぎるほどに分かるから。 「僕が戻ってきたのは、僕のバスケをするためです」 「…黒子っち…」 「今は、またバスケが好きだと思えるようになりました。それはとても、幸せな事です」 「……ッ」 「間違えないでくださいね、黄瀬くん。キセキの影は、あの日、あの瞬間に死んだんですよ」 目をゆるりと細めて微笑む様はなんとも優しげだ。 けれども言っている内容は黄瀬には受け入れがたい事で、知らず握り締めた拳に爪が食い込むのを感じた。 黒子を見る火神の表情もまた、どこまでも彼を信頼しているものだから腹立たしい。 誇らしげに、愛しげに。 そうやって影に触れるのは自分達であったはずなのに、と黄瀬は悔しくて彼らを直視することが出来なかった。 *** キセキの影?そんな過去の事を今更言われても知らんがな!な黒子と火神でした。 店での席順は原作とは違います。 ちなみにこの後黄瀬くんは泣きながら店飛び出したと思ったら、速攻で戻ってきて黒子っちからメアド聞き出してスキップして帰っていきました^^ 安定の擬似シリアス。← |