漆黒のアタラクシア #07





選手たちが着替えている間、黒子とリコは更衣室の前で彼らが出てくるのを待っていた。
そこで、「そういえば」と思い出したようにリコが黒子に問いかける。


「ベンチでのアレ、なんだったの?」
「あれ、ですか?」
「数、数えてたでしょ」
「ああ…それは、僕と火神くんが二人で練習してた時の癖というか…」
「癖?」
「ほら、火神くんって熱くなりやすいじゃないですか。そのせいで周りが見えなくなりがちで。だからそれを抑えるために、ヒートアップしすぎた時は数を数えてクールダウンするように練習したんですよ。ついでに集中力もアップしますし、一石二鳥です」
「自己暗示、みたいなものかしら」
「そうですね。単純ですから」
「誰がだよ!」


バンっと更衣室のドアを開け放って出てきた火神が文句を言う。
その後ろを、少し疲れを見せながらも清々しい顔をした先輩達が続いた。


「お疲れ様です、火神くん」
「おー。やっぱ聞いてた通り強いな、キセキの世代って」
「楽しめたようで良かったです」


とても楽しそうに笑う火神に黒子も同じように返して、こちらが着替え終わるのを待っていた海常生たちの元へ足早に移動する。
そこにいたのは苦々しい顔つきの海常の監督だった。
向こうの主将は出来た人のようで、恨み言もなく爽やかに日向先輩と握手を交わしている。
そこに黄瀬の姿はない。


「……」
「どうした?」
「いえ、黄瀬くんが居ないなと思って。まぁどうでもいいですけど」
「そーだな」


黒子たちの会話を聞いていた降旗たちが苦笑を浮かべる。
随分あっさりしてるなぁとは思うが、黒子と黄瀬の先ほどのやり取りを目の当たりにした手前、正直居ない方が心の平穏には良い。断然良い。
彼らにとっては「ヤンデレって怖い!」「黒子のスルースキル凄ぇ!」「火神ェ…」が今日の練習試合で得た最大の教訓だったりする。





***





「まさか負けるとは思わなかったのだよ」


体育館横の水道で頭から水をかぶっていた黄瀬の耳に、聞きなれた声が届いた。


「…見に来てたんスか」
「ふん。猿でも出来るダンクの応酬、運命に選ばれるはずもない」
「緑間っち、相変わらずっスねー」


きっちりテーピンクされた指で眼鏡のブリッチを押し上げる緑間は、厳しい表情のまま黄瀬を睨むように見つめる。


「つか、別にダンクでも何でもいーじゃないっスか、入れば」
「だからお前は駄目なのだよ。近くからは入れて当然。シュートはより遠くから決めてこそ価値があるのだ。だから、お前は駄目なのだよ」
「なんで今二回言ったんスか!?」


俺は人事を尽くしている、とドヤ顔する緑間の手には何故か蛙のオモチャ。
多分、今日の彼の星座のラッキーアイテムだろう。
中学時代から毎日おは朝占いのラッキーアイテムを手放さない男だ。
というよりも持ってなければ死に掛けるような悪運が強い男だからこそ、手放せない、のだろうが。
実際巻き込まれて大変な目にあったな…と過去を思い出して遠い目をした黄瀬だった。
あれは本当にシャレにならない状況だった。


「…で?結局何が言いたいんすか?俺に文句言いにきたわけじゃねーっしょ」
「……ふん」
「黒子っちに会っていかなくていいんスか」
「……」


本当に話したいのは黒子っちのくせに、と言外に含ませて言えば、緑間は眉を顰めて視線を逸らした。


「あれが、今の黒子の光か」
「らしいっスよ。冗談じゃねーっての!あれが青峰っちの代わりとか勤まる分けないじゃないっスか!黒子っちにはふさわしくないっスよ!緑間っちもそう思うっしょ!?」
「…俺に黒子の考えは読めん」


静かに目を伏せる緑間が、その実、内心では黄瀬と変わらないほどの激情を抱えているのだと、知っているのはキセキの世代と呼ばれた嘗ての仲間達くらいだろう。


「怪我の調子はどうだか聞いたか」
「…一応、くっついてはいるみたいっスよ」
「…そうか」
「バスケ、出来るんスかね」
「……」


詳しい話を聞く前に火神に連れて行かれた黒子を思い出して、顔が人様にお見せできない仕様になっている黄瀬だった。


「緑間っちはどうして黒子っちからの電話に出なかったんスか?」
「お前には関係ないのだよ」
「そーっスけど…でもあの時誰か一人でも出てたら、もしかしたら黒子っちは」
「黄瀬」
「……」
「過ぎた事を言ってもどうにもならないのだよ。あいつは俺たちから離れた。俺たちはその手を掴めなかった。…あの男は、掴まなかった」
「…っそ、れは…そうっスけど…」
「黒子が誰を選ぼうが、文句を言える立場ではないのだよ。俺たちは皆、同罪だ。だから、あの火神とか言う男が黒子の隣に居てもどうしようもない―――今はな」


眼鏡の奥の眼光が物騒な色を乗せる。
言いたい事を察した黄瀬は、静かに緑間を見据えた。


「俺はあいつに勝つ。そして黒子の目を覚まさせてやる」
「緑間っち」
「ふさわしくない、という意見には同意するのだよ」


すこし遠くから緑間を呼ぶ声がする。
それに続くようにリアカーを引く自転車に乗った男がこちらに向かってきた。
緑間は浮かべていた激情を消し去って、声を上げて怒りを表す男に視線を移す。
高尾、うるさいのだよ!と緑間が男を怒鳴りつけた。
そんな緑間の名を、静かな声で黄瀬が呼ぶ。


「俺、次は絶対負けないっス」
「…ああ」
「黒子っちに贔屓されてるからって調子に乗ってる火神なんてホント死ねばいいのになんで生きてんスかね黒子っちがいうから手は出さないけどホント可愛い黒子っち俺の黒子っち黒子っち黒子っち黒子っち、あ、でも俺が手を出さなきゃ頼むのはありっスかね誰かいないかな適当に声掛けたら女くらい釣れるしいっそ」
「黄瀬」
「あ、ゴメンっス。つい」
「…まったく、相変わらず過ぎるのだよ」


慣れた様子で溜息を付いてその異常性を流す緑間だった。
後ろで高尾が極限まで引いた顔をしているが、二人の視界には入っていないので関係ないらしい。


「おい黄瀬ー!とっとと戻って来い!ミーティングすっぞ!」
「あ、はいっス!すぐ戻ります!…じゃ、悪いっスけど俺もう行くっすわ」
「ああ」


先輩だろう人に呼ばれて振り向きもせず走っていった黄瀬の背中を見送って、高尾は肩の力を抜いた。
なんか無駄に緊張した気がする。


「なにあのヤンデレ」
「黒子が関わると大体ああなる」
「怖ぁ!!」


でも黒子について独り言呟いてる時の緑間とちょっと似てるかも…、と高尾は内心で思い至って溜息を付いた。
キセキの世代ってこんなんばっかなのだろうか。
傍から見ている分には面白いが、そこまで執着されているのは本人からしたらどうなのだろう。
その本人は当に彼らに関して達観した姿勢を貫いているとは知らず、高尾は会った事もない黒子という少年が少し心配になったのだった。





***
黄瀬や緑間からすれば火神は間男みたいなもんかな?
緑間は黒子に関しては負い目もあるのでツンデレのツンが控えめ…になればいいな!
緑間は病んでないよ。…病んでないよ!ただ凄い心配性なだけです!
黒子が欲しければ俺達を倒していけ的な。どこぞの馬の骨に黒子はやらんぞ的な!

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