漆黒のアタラクシア #03





黒子の視線の先で、火神がバスケットボールを手にコートを駆ける。
楽しそうなその表情から、心底バスケが好きだという気持ちが伝わってくる。
知らず微笑む黒子の視線の先では何度目かの力強いダンクが決まり、どうだと言わんばかりの表情で火神がこちらを振り返った。
それに一つ頷く。


「瞬殺されます」
「…っておい!!他に言い方ねーのかよ!!」


正直に感想を言ったところ、激しいツッコミが返ってきた。
溜息をついた火神がボールを片手にベンチに座る黒子の元にやってくる。
ただでさえ身長差があるというのに、黒子が座っているために更にその差は激しい。
見上げる首が痛いと思いながら、さらに続ける。


「見た限り、君は確かに強いです。普通の選手と並べば君が勝つでしょう。ですが相手はあの『キセキの世代』です。ポテンシャルは彼らと同等だと思いますが、今の技のキレや精度を見た限り、君は『キセキの世代』の5人のうち、誰にも勝てないでしょう」
「…はっきり言うな、お前」
「ただでさえ天才の5人が今年それぞれ違う強豪校に進学しました。まず間違いなくその中のどこかが頂点に立ちます。だからこそ、彼らに勝ちたいのなら、現実を知る事も強くなるための足掛かりですよ」
「そんなに言うほど強いのか?」
「……そうですね」


実感が湧かないのだろう。
当然だ。
彼らの強さはその目で見た人間には痛いくらいに実感するしかないが、話だけ聞いた限りでは強さを理解しづらいだろう。
静かに息を吐いた黒子は、火神からボールを受け取ってコートへ歩いていく。
その様子をなんとなしに見ていた火神に向かって、黒子は表情を変えずにボールを投げて寄越した。


「火神くん。そこから僕を抜いてシュートしてください」
「あ?なんで?」
「なんででも、です」


よく分からないようで首を傾げていたが、すぐに頷いてボールをドリブルしながらこちらに向かってきた。
するりと黒子の横を素通りする。
直後、「あ?!」と驚愕した声が背後から聞こえた。
ゆっくり振り返った黒子が見たのは、目を瞠ってこちらを見る火神。
その視線の先は黒子の右手―――に抱えられているボールだ。


「見えましたか?」
「…今、何した?」
「君の視線をゴールに集中させることで、ボールへの意識を一瞬途切れさせました。その隙に奪っただけです。僕の特技…視線誘導(ミスディレクション)と言います」
「ミスディレクション…?」
「今のはかなり手加減しましたから『キセキの世代』なら引っかかる事はなかったでしょう。つまり、そういう事です」


この程度でボールを奪われる人間が『キセキの世代』と呼ばれる天才達に勝てるはずなどない。
黒子が言いたい言葉を十分に理解した火神は、ハッと息を吐いて笑いだした。
心底楽しそうに、そして無邪気に。
強面のせいでとても凶悪に見えます、と黒子は思ったが口には出さなかった。


「お前、弱いとか嘘だろ」
「実際、弱かったですよ」
「じゃあ今は?」
「―――さぁ、どうでしょうね」


含むように笑うと、火神の笑みも深くなった。
くしゃりと頭を撫でられる。
乱雑ではあったが、優しい手だ。
にかりと笑う彼にはどこか懐かしみを覚えたが、今の自分には関係の無いことだと切って捨てた。
当に諦めたものを今更拾い上げるなど、そんな事に労力を割くくらいならくだらないクイズにでも頭を悩ませる方が有意義だ。脳トレ的な意味で。


「いつか本気のお前とやってみてーな!」
「腕が治ったら、やりましょう。その時は彼らより強くなっててくださいね」
「おう!楽しみにしてやがれ!そんで『キセキの世代』は全員倒して日本一になってやる!」
「いいですね、それ。面白そうです」


でも一人では無理でしょうね、と話の腰を折ると、何か言いたげな視線に見下ろされた。
それを真っ直ぐに見上げると、特徴的な眉がぴくりと動く。


「僕が君の影になります」
「影?」
「影は光が強いほど濃くなり、光の白さを際立たせる―――。僕の技はサポートに特化しています。僕のパスを上手く扱えるかどうかは光(受け手)次第ですが…君ならある程度はすぐに取れるようになるでしょうし。怪我が治った暁には、君を支える影として共にコートに立ちましょう」
「―――ハッ!上等だ!なら俺はお前を最大に活かせるような選手になってやるよ!」
「それは楽しみですね」


ポテンシャルは上々。
経験不足ではあるが、それはこれからどうとでもなるだろう。
それに何よりもお互いにバスケが好きだ。

これなら中々に上手くやっていけそうだと、黒子と火神は顔を見合わせて笑った。





***
視点は話ごとにコロコロ変わります。
読みにくくてすみません(汗)

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