漆黒のアタラクシア #02





黒子テツヤという人間は透明である。
まるでそこに存在していないかのように、目で見ていても触れていなければ現実味を感じる事さえ出来ないほど希薄な存在だ。
…と、火神は本人を前にして思う。


「食べるの早いですね」
「そうか?」
「はい。少なくともバーガー一つを食べきるのに掛かる時間は僕の三倍は早いと思いますよ」


小さく笑った黒子は、ずーっと音を立てながらバニラシェイクを飲んだ。
細い・ひょろい・白いと三拍子揃った黒子は、それ一つで十分満足なのだそうだ。
俺の頼んだバーガーの山盛りを前にして、育ち盛りですかとコメントしていた。

なぜ俺が今日会ったばかりの黒子と一緒にマジバーガーに居るのか。
今更になって疑問に思ったりもするが、部活で帰る時間が同じで、帰る方向も同じだったからなんとなく、としか言いようがない。
多分黒子自身も特に気にしてはいないだろう。
ちらりと視線を黒子の左腕に流す。
黒子の、色素が薄くて儚げな見た目のせいか、ことさら腕のギブスが痛々しい。


「その怪我、大丈夫なのか?痛みとか…」
「ああ…大丈夫ですよ。少なくとも今は」
「?」
「事故にあった直後の痛みを思い出せば、多少の痛みには耐えられます」
「やっぱ痛いのか…」
「そりゃ、腕が千切れたんですから」


痛いですよ、とゆるく微笑む黒子を見てもとてもそうは見えない。
だけど言っている内容が内容なので、今も俺が思っている以上に痛いのかもしれない。


「あと実は、肋骨もちょっと逝ってたりします」
「ホントに大丈夫なのか!?」


満身創痍じゃねえか!と言えば、帰国子女だと聞きましたけど難しい言葉を知ってるんですねと感心された。
そうじゃねぇだろ。
どこかズレた返答にがくりと肩を下げると、くすくすと笑い声が返ってきた。
どうやらからかわれていたらしい。
肋骨も怪我をしているのは事実だそうだが。


「…つーかお前、帝光中なんだろ?『キセキの世代』ってそんなに強いのか?」
「そうですね。とても強いですよ」


さもあっさりと、それが当然の事のように頷いた黒子に、心が浮き足立つのを感じた。
嬉しそうですね、と透明感のある瞳が俺を捉える。
まるで内側まで見透かされているみたいだなと思いながら、にやりと笑って見せた。


「俺、中学二年までアメリカに居てさ。こっち戻ってきて愕然としたよ。レベル低すぎて」
「はぁ」
「俺が求めてるのはお遊びのバスケじゃない。もっと全身で血が沸騰するようなバスケがしてーんだ」
「火神くんはバスケが好きなんですね」
「当たり前だろ!」


当然だと言い切れば、黒子は嬉しそうに笑みを深くした。
腕を切断するような大怪我をしてもバスケがしたいなんて、こいつも本当にバスケが好きなのだろう。とても強そうには見えないが。
…というよりも強さが見えない、と言った方がいいかもしれない。
大抵の人間相手なら見ただけでもどのくらいの実力があるか大体は分かるが、黒子に関して言えばまったく分からないのだ。
強さが無臭、とでも言うべきか。


「お前は強いのか?一応、強豪のバスケ部に居たんだろ」
「少なくとも、帝光バスケ部に居た時は弱かったですよ。1on1で僕に負けるようなら運動全般諦めた方がいい程度には」
「どんだけ弱いんだよ…!」
「僕は自分で言うのもなんですが、特殊なので。そもそも一対一で勝つ必要も無かったですし」
「どういう意味だ?」
「バスケは一人でやるものじゃないんですよ」


意味深な台詞と、考えの読めない瞳。
ぞわりと背筋を駆ける何か。
一見至って無害そうだが、黒子の性質はきっと見た目のようにおとなしい物ではないのだろう。
だがそれはそれで面白そうだと、少しテーブルに身を乗り出して黒子を見据えた。


「俺と『キセキの世代』、お前から見てどっちが強い?」
「僕は君の実力を知りませんから、何とも言えません」
「あー…そりゃそうか」


まだ今日会ったばかりで、試合一つしていない。
むしろそれで俺だとか言われても信じられるはずもないな。
どうすっかなーと外に視線をやっていた俺の耳に「見ましょうか」と黒子の声が届いた。


「ん?」
「近くにバスケットコートがありましたよね。君のプレイ、見せてもらえますか?」
「見ただけで分かんの?」
「人間観察が趣味ですから」


それって関係あんのか?と思いつつも、まぁそれで『キセキの世代』とやらの実力が分かるなら儲けものだ。
俺は頷き、ラスト一つのバーガーを素早く胃に掻っ込んで席を立つ。音も無く黒子も立ち上がった。





***
原作をベースにしつつ、ちょいちょい捏造。
吹っ切れてる黒子とアグレッシブ火神は割と最初から仲良くなります。二人とも深く物事を考えないので(笑)。

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