恋は盲目
千歳が部活に来ていない。
こんな事は既に日常茶飯事だ。
そして、俺が耐え兼ねて、少しの間部活を小石川に任せて、千歳を探しに行くのもいつもの事。
今日は一緒に昼食をとったから、校内にはいるはずだ。
そして、こんな天気のいい日に彼が行く所といえば、屋上か裏山だろう。
さてどちらに行くか、と一瞬考えて、裏山の方へ足を向ける。
根拠はない。直感というやつだ。
少しだけ裏山を登った、人目につきにくい場所。
案の定、そこには無駄に巨大なモジャモジャが転がっていた。
ここは彼の定位置なのだ。
こちらに背を向けている千歳は、まだ俺に気づいていない。
俺は、呆れた、という意で溜息をついてから、叱声を飛ばすべく息を大きく吸った。
そこで、気づいた。
彼が、一人ではないことに。
てっきり惰眠を貪っているだけかと思っていたが、よくよく耳を澄ますと、千歳が小声で何か喋っている。
「…ほんなこつ、お前さんはむぞらしかねぇ」
心底いとおしそうに、千歳が話し掛けると、相手も小さく返事をして、千歳に擦り寄った。
千歳は相手をぎゅ、と抱きしめたり、優しく頭や背中を撫でたり、挙げ句の果てには鼻先や口元に軽くキスしたり、なんてしている。
…これは、紛れもなく浮気現場だ。
恋人が自分以外といちゃついてる所を目の当たりにして、俺は我慢ができようはずもなかった。
腹の底から、悲しい気持ちと、怒りとが、ふつふつと沸き上がってくる。
「…ちとせっ!!」
俺は、その気持ちをありったけ込めて、叫んだ。
びく、と目の前の大きな体が飛び起きて、おそるおそる、こちらを向く。
「…蔵」
「…説明してもらうで」
あえて笑顔を作り千歳に詰め寄ると、千歳はバツが悪そうな表情をして目を逸らした。
「コレは浮気っちゅーことでええんやな?」
「ちがっ、誤解ばい!」
「立派な浮気やろ!部活にも来んとそないな子といちゃつきよって!!」
千歳が反論の言葉を口にする前に、俺達の間に割って入ったのは、他でもない、千歳の浮気相手の、
三毛猫。
にゃあ、と一声鳴いて、千歳の腕をすり抜けて山の奥の方に消えた。
「有り得へん…なんで俺以外にぎゅってしたりちゅーしたりするん?」
「…すまんかったばい」
「…俺んこと、嫌いになったん…?」
「そぎゃんこつなか!!」
「…ほんまに?」
「俺が蔵んこつば嫌いになるわけなか!!蔵、好いとう!!」
千歳は真っ直ぐに俺を見てそう言う。
そんなことを言われて、もう俺が怒れるはずもなく、速まる鼓動に押されるようにして千歳に抱き着いた。
「俺もっ、俺も好きやで千歳っ!!」
「うん、ほなこつすまんかったと」
千歳が、ぎゅっと抱きしめ返してくれて、頭を撫でてくれる。
それが心地良くて嬉しくて、さっきの猫みたいに、千歳の胸元に頬を擦り寄せる。
「千歳、もう浮気せんといてな…?俺から、離れんといて?」
「うん、二度とせんけん、安心しなっせ」
千歳の笑顔に安堵して、俺も自然と千歳に微笑みかける。
そして、どちらからともなく、唇が重なり……
「そこまでやで、そこのホモップル!!!!」
見ると、少し離れたところに謙也と財前がいた。
今叫んだのは謙也の方で、財前は地球外生命体でも見るような顔でこっちを見ている。
俺があんまり遅いから、追ってきたのだろうか。
「部活中やで!!はよ戻って来いや!!」
そういえばそうだった。
本来の目的を思い出して、慌てて立ち上がる。
視界の端に、千歳が後からのそのそと立ち上がるのが見えた。
「すまんなあ、謙也に財前」
「ほんまやで!もうすぐ部活終わってまうわ!」
そう言われて見ると、日は既に西に傾きかけていた。
「ほら、はよ戻るで」
部活に戻ろうと歩き出す謙也と財前を追って行こうとすると、後ろから腕を引かれた。
「…千歳?」
振り返って千歳を見ると、千歳はにっこり笑って、俺の耳元に口を寄せ、
「…蔵、今日はウチ来なっせ」
「え…」
「邪魔が入ったけんね。…さっきの続きせんと、ね?」
その言葉の意図するところなんて、考えるまでもなく分かってしまい、分かった途端、急激に顔に熱が上るのを感じた。
…あぁ、やっぱりこいつには、敵わない。
*****
「ち、千歳っ!こ、こないなとこでっ…そないなこと、」
「いけんとや?」
「は、恥ずかしいやんか!二人もおるんに…」
「んー、恥ずかしがっとう顔もむぞらしかねぇ」
「!や、やめてやっ…もう…」
「おい自分らええ加減にせえよ!!」
「…付き合いきれへんっすわ、先輩ら」
―――――
すみませんでした。
[*prev] [next#]
[back]