傘は荷物になるからなるべく持ち歩きたくない。そんな面倒くさがりな性格が災いした。だって天気予報のお姉さんは夜から雨が降るって言っていたし、17時は夕方であって夜ではないし、実際バスに乗るまでは降っていなかったのだ。 「せめてもう少し小降りならなぁ……」 地面で跳ね返るような雨粒を眺めながら溜息を吐いた。バス停から家まで走って5分。それもヒールで普段通り走れるのであればの話である。 それでも、雨脚が弱まったところを見計らって、ずぶ濡れ必至で走る他ないかと諦める。コンビニが近ければよかったけれど、残念ながら家より先にしか無い。お金が貯まったらもっとバス停が近い家に引っ越そう、と空を見上げながら方向を間違えた決意を固めていると、目の前が突然桜色に染まった。 「……何たそがれてんの」 「一松!」 しっかりと着けていたマスクを顎下にずらした一松は、普段より更に不機嫌そうな表情で溜息を吐いた。 「何で傘持って行かなかったの。雨降るって言ってたじゃん」 「だって夜からって言ってた」 「冬の17時はもう夜だよ。ほら、帰るよ」 促されるまま傘の中に入る。一松と手が繋げないので、雨から守るために鞄を両腕でぎゅっと抱きしめておくことにした。 「わざわざ迎えに来てくれたの」 「思ったより雨が強いから猫の様子見てきただけですが」 「そうですか……」 「あ、傘勝手に借りたよ」 「見ればわかるよ!」 ガーベラの花模様で縁取りされた桜色の傘は、すっかり見慣れた自分の物だ。一松が差しているとちょっと面白いなと思って見ていると、ばっちり目が合ってしまった。 「何。似合わないことなら自覚してるから言わなくていいよ」 「まぁ珍しい色合いだよね」 「もう一本シンプルなの置いといてよ。一人でこれ差してると恥ずかしかったんだけど」 「わがままかよ」 「わがままだよ」 そういえば、一松が傘を差しているところってあまり見た記憶が無い。雨の日は出掛けないからっていうのもあるけど、そうじゃなくて。 「ねぇ、前着てたレインコートは?あ、持って帰っちゃった?」 「あんたの家に置きっぱだけど」 川が氾濫するくらい酷い雨の日だった。一松がレインコートを着て私の家を訪れたのだ。あの時も、猫の様子を見た帰りだと言っていた。家に引き返すよりこっちの方が近いから少し雨宿りをさせて欲しいと言って、結局雨が止むまで一緒に居たから、帰りはレインコートは不要だった。 「傘借りたってことは、雨が降る前から私の家に居たんでしょ?」 「入り浸ってること責めてんの」 「何でそうなるの。だったら傘じゃなくて、それ着ればよかったのになと思っただけだよ」 「いや、雨合羽姿で彼女迎えに行くとかどう、な、の……」 「……え」 切れ切れになった言葉尻と、手のひらで押さえられた口元と、合わせてくれない視線の意味は、つまりそういうことだと捉えていいのだろうか。 そうだ、そもそも、酷い雨の日でなくとも、一松は雨の日に猫の様子を見に行くとき、傘を差すことは決して無かった。傘は猫にとって危ないし、何かあったときに邪魔になるだけだから、と。 「猫を見に行ったとお聞きしましたが、一松さん」 「……うるさい」 「あ、待って、早足にならないで!」 「クズなんで気ィ遣ったりとか出来なくてすみませんねェ」 「傘はしっかりこっちに傾けて頂いてありがとうございます!」 傘打つ雨と胸打つ愛 雨が似合う子だなぁと思います。 16.01.29 |