ひどく頭が痛い。朝から少しそんな気配はしていたけれど、やっぱりそうだった。月に一度かならずこんな思いをしなくてはならないなんて、女の身体はとても難儀である。どうにも私は人より症状が重たいらしく、頭もお腹も重厚な振り子が不規則に揺れているみたいに痛くなるのだ。

「ただいま」

机に肘をついて額に手を当てていると、素っ気ない声が届いた。少し驚いて顔を上げると、愛猫を抱いた一松が少し不審そうに私を見ていた。

「お、おかえり……。ごめん、気付かなかった」
「どうしたの、頭抱えて。痛い?風邪?」
「……えと、風邪、じゃない、けど……」
「けど?」
「始まっちゃっ、て……」

そう言うと、解答に辿り着いてくれたらしい。「あー……」と気まずそうな声を漏らした一松は、私の傍らにしゃがみこんだかと思えば、そのまま無言で俯いてしまった。何だろうと首を傾げた途端、また頭の中で不定期開催の振り子運動が始まり、はふりと溜息を吐く。
すると突然、こめかみあたりに、冷たくはないけどあたたかくもない、やわらかいものが押し当てられた。目を向けると、彼の愛猫の肉球であることが判明した。もちろん、猫の意思ではない。一松が猫の前脚を持ち、やわらかな肉球をふにふにと私のこめかみに押し当てているのだ。

「……何をしているのかな、一松さんは」
「……タッチセラピーだけど。あ、ここじゃない?こっち?」

そう言って、肉球を私の額に押し当てる。論点はそこじゃないのだが、本人はいつになく真剣な目をしているので、ふざけているわけではないらしい。

「さっき、あんたが頭抱えてたみたいにさ、痛い場所に手を当てるのって、きっと本能なんだよね。そうすればちょっとでも和らぐことを知ってるっていうか。手当てって言うくらいだし」
「……なるほど」
「そう考えると、タッチセラピーってなかなか馬鹿にできないよね。手で触るだけなのに」
「それはわかったけど、何で猫の手なの」
「こないだテレビで観たじゃん、アニマルセラピー、ってやつ」
「……あぁ、一松が食い入るように観てたやつね」

食事中に観ていた番組だった。番組の内容より、一松の箸が全然動かなくて注意したことの記憶の方が濃いけれど。

「こうすれば、効果が二倍になったりしないかな、って、……思ったんですけど」

今更恥ずかしくなってきたのか、視線を逸らし少し言葉が途切れがちになった。そんな彼に思わず小さな笑いが漏れてしまい、不機嫌そうな目が私を見遣る。ごめんねと両手を合わせて謝ると、はぁ、と普段より大きめの溜息を吐かれた。

「……身体、あたためた方がいいんだっけ」
「ん?うん、そうだね。あったかいと、楽かも」
「そ。じゃあ、こいつ抱いてなよ。あ、寝る?」
「ううん、座ってる方が楽だから起きてる……、どこ行くの」
「台所。あったかい飲み物、作ってくる」
「あ、ありがと」

お礼を言うと、やわらかく笑った一松が、私が抱いた猫と私の頭を一度ずつ撫でる。珍しいこともあるもんだときょとんとしていると、そのまま台所へと行ってしまった。
撫でられた部分に無意識に手を当て、頭の中の振り子運動がいつの間にかおさまっていることに気付く。一時的なものだろうけれど、凄い効果だ。腕の中でにゃあと鳴いた猫をゆるく抱きしめ、狭い額に自分のそれを押し当てる。

「きみのふにふにの肉球も良かったけどね」

それでも、ささくれとか、猫と遊んでいて出来たのであろう引っ掻き傷が目立つ、あの大きな手には及ばない。痛みが引いていない素振りを見せれば、今度はあの手で存分に撫でてくれるだろうか。一松は聡いから、私のへたくそな演技を見抜くだろうか。だけど、根っこが優しい彼なら、きっと。
そんな、猫以上に体温が高くなりそうなことを一人でもだもだと考えながら、きっと少し粉が溶けきっていないココアを持って戻ってくるであろう一松を待ちわびている。



その冷たい手で熱を上げて


四男の肉球でぽふぽふされたい人生だった。
16.01.18

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