『グッド・モーニング・ホリデー』の二人。 もうずいぶんと春めいて、ぽかぽかあたたかい日差しを浴びる日が続いている。ちょっと動けば汗ばみそうなほどの気候の中、それでも、右手に持った箱を気にしていつもより早足にならずにはいられなかった。 (保冷剤入れてもらったから大丈夫だと思うけど) 行き先は、綺麗に色付き始めた桜並木道を通り抜けてすぐの二階建てのアパート。階段を駆け上がって手前から三つ目の扉の前で一度息を整えてからインターホンを鳴らした。足音と鍵の回る音の後に扉が開いて、彼女の柔らかい声が響く。 「いらっしゃい、トド松」 「こんにちは。お邪魔するね」 「どうぞー」 彼女が出してくれたスリッパを履いてリビングに向かう。日当たりの良いこの部屋は、とても明るくてあたたかい。開け放たれた窓から吹いてくる風の心地好さは、お昼寝するには最適だろうなと、ふたつ上の兄のようなことを思う。 「合鍵持ってるんだから、使って入って来ていいのに」 「やーだよ。あれを使うのはお留守番の時と、唯ちゃんが寝てる時だけって決めてるの」 「初耳だ」 「初めて言ったからね」 出迎えてくれる時の笑顔が好きだなんて、そんなことまでは言えやしないけれど。 帽子を脱ぎながら、手に持っていた箱を彼女に渡す。 「季節限定のケーキ買ってきたんだ。桜餡を使ったモンブランとね、桜の塩漬けを使ったレアチーズケーキが入ってるから、好きな方選んでね」 「わぁ、ありがとう!選んでいいの?」 「うん。どうせ一口貰うからね」 「あはは、そうだね」 「コーヒー淹れるね。ゆっくり悩んでいいよ」 箱を開けた彼女が瞳をきらきら輝かせる。女の子は見た目の綺麗な食べ物が好きだけど、彼女も例外じゃない。男兄弟で育ったからどうしても食べ物は質より量の部分が強いけど、だからこそ彼女と居る時はこういう物を一緒に楽しむことが多い。 コーヒーの準備をしようと、食器棚からペアマグカップを取り出す。桜色と、水色。 (やっと、慣れてきたなぁ) ここでは、桜色は僕の色じゃない。もう何年経ったか忘れたくらい兄弟間での色が定着しているから、最初は少し違和感があったけれど、でも桜色はやっぱり、僕より彼女に似合うからね。兄弟間での僕の色と、彼女と居る時の僕の色が違っているのも、まぁ僕らしいかなと思うし。それに、彼女が桜色を使っているおかげで、僕は家に帰ってから自分の私物を見るたびに彼女を思い出すのだ。なかなか気恥ずかしくてくすぐったくて、なかなか幸せである。 「あ、そういえばさ」 「待って、トド松。ちょっと動かないでね」 「え?」 桜色のマグカップを見て思い出したことを言おうと振り向いた途端彼女に制止され、言われるがまま身動きが出来ない僕の肩に彼女の手が伸びた。 「桜の花びら、連れてきてたよ」 そう言って彼女が指先でつまんだ花びらを見せてくる。さっき通った桜並木道だ。まだ満開じゃないから本格的に散っていたわけではないけれど、今日は風が吹いているからはらはらと散っていたのだろう。急いでいたからあまり気にしていなかったな。しかしよく綺麗に肩に乗っていたものだ。 「そうだ、来週のお休み、お花見行こっか。見頃だと思うし」 「えっ」 「あれ?嫌?」 「いや……、嫌じゃないけど」 「けど?」 「…………今、僕が誘おうと思ってたのに」 先に言われてしまったことに唇を尖らせると一拍置いて彼女がくすくすと笑い出す。可愛い、けれど、代わりに僕が格好悪くて、なんだか負けた気分だ。 「笑わないでよ。男はね、女の子をスマートにデートに誘いたいものなんですー」 「ごめんごめん、誘い直す?」 「もういいもーん」 「仕方ないな、お詫びにお弁当は好きなものいっぱい作って進ぜましょう」 「五目ごはんのおむすび」 「即答」 春色桃色桜色 君色僕色 恋の色 好物は非公式です。おむすび、って言わせたかった。 16.03.09 |