はじめての挨拶は、ひどく緊張したのを憶えている。
顕現自体も勿論緊張した。銀色をおさめる金色の美しさに惹かれて手に取った一振りの刀剣の付喪神は、一体どんな姿を見せてくれるだろうか。
刀に触れたことも無かった私のような人間に、易々と力を貸して頂けるだろうか。この本丸という場所で、一緒に過ごしていけるだろうか。

「蜂須賀虎徹だ」

そんな私の緊張や不安をすべて鎮めてしまうような、やわらかい声だった。
鞘と変わらぬ金色を身に纏い、菖蒲色の髪が風に揺られた姿がひどく美しくて、大袈裟では無く、目を逸らすことを許されていないように思えたのだ。

「君が、俺を喚び出したのかな?」

ぽかんと彼を見つめることしか出来なかった私を見て、困ったように笑いながら訊ねられる。
私は彼の本体である刀を両手に持って正座したまま、こくこくと頷いて見せる。

「そうか、じゃあ、君が俺の主なんだね」

そう言うと私の目の前に片膝をついて、目線の高さを合わせられる。所作まで美しいなと思いながら、どうにか言葉を探した。

「はじめまして。名は、結依、と申します。本日よりあなたの主となり、共に戦うことを望んでいます」
「……妙な言い方をするね。主なんだから、命じてくれればいいのに」
「無理強いが出来る立場ではありませんから。私は人間で、あなたは神様ですし」
「付喪神なんて、そう珍しいものでもないんだけどね」

苦笑を浮かべる彼に私も似たような表情しか返せなかった。ふと気付いて、膝元に持ったままの刀を彼に差し出す。すると彼が首を傾げた。

「俺が持っていていいのかい?」
「ええ。私は、刀を振るえませんから」
「…………は?」



「成程ね……。まぁ、大体は解ったよ」

こんのすけにも時折助けを求めながら、たっぷり時間を掛けて、説明をした。
今現在、起こっている戦いについて。審神者という存在について。刀剣の付喪神である彼が、出来うること。審神者の私に出来うること、出来ないこと。
何故、付喪神である彼が、人の身として顕現されたのか。それを聞いて、彼はふむと頷き、自分の手元の本体を軽く持ち上げた。

「散々人に振るわれてきたけれど、自分で振るうのは初めてだな」
「すみません……」
「何で謝るんだい、別に主が悪いわけじゃないだろう」

ごく自然に、主、と呼ばれて、それがすとんと心臓の奥の方におさまった感じがした。
ちゃんと意識させようとしてくれている。初めてのことだらけで自信が無くて、でも確かに、私が彼の主なのだと。
ここまで話していてわかったのだ。彼はとても優しい。その優しさに応えられるようにしっかりしなくては、と両手をきゅっと握りしめ、顎を引いた。

「蜂須賀虎徹」

名を呼ぶと、彼は正座をし背筋をすっと伸ばした。本当に、綺麗だ。刀の美しさが、そのまま振る舞いに表れているように。

「……あなたの力が必要です。身勝手を承知で、私に仕えて、戦に赴き、敵を討ち取る役目を、受けて頂きたいのです」

正座をした膝の前に手をついて、頭を下げた。主として、これで正解なのかは判らない。ただ、伝わればいい。誠意と、願いが。

「主、顔を上げてくれ」

その言葉に、ゆっくりと姿勢を正す。彼の視線は優しく私を捉えていた。

「最初から、断る気なんて無いよ。何度も言うけど、喚び出した時点で君は俺の主なんだから、君の力に成り得る使い方をしてくれていい」
「……ありがとうございます、蜂須賀さん」
「第一、虎徹の真作である俺を一番に手元に置こうと思ってくれた主を、無下に出来る訳が無いからね」

真作。虎徹の刀は、贋作が多かったと書物で読んだ記憶がある。彼はそのことをどう思っているのだろう。
審神者になってから学んだ付け焼刃に近い知識は、当然ながらまだ全然役に立たない。これからもっと勉強が必要になってくるだろう。

「そうだ、せっかく人の身なのだし、やっておこうか」
「何をですか?」
「金打。主、鈴を付けているよね。袖を上げてもらっていいかな」
「……よく気付きましたね」
「そりゃあ、それだけ強い霊力を放たれていたらね。曲がりなりにも神様だから」

左の袖を少し上げ、手首に付けた銀色の鈴を露わにする。彼の言う通り、これは前職である巫女の時から使っている、霊力増幅のための鈴だ。
彼はそれを見るとひとつ頷き、私と距離を縮めて膝を突き合わせた。

「結依殿、俺の、主。俺は、君が必要とする限り、ずっと君に仕えることをここに誓おう」

そう言って寝かせた刀の鯉口を切り、少し露わになった棟を私の鈴に重ねた。金属同士がぶつかる音の少し後に、鈴がちりんと軽やかな音を鳴らす。
そのまま床に刀を立て、きん、と音を立てて鞘に戻した。初めて目にする儀式だった。当たり前だ、刀に触れたことも無いのだから。

「正しい金打のやり方ではないけれどね。俺なりの誓いだよ」
「……確と、受け取りました」
「これから、よろしくね」
「はい、よろしくお願いします」

少し距離を空け、二人で深々と頭を下げた。
この先、うまくいかないことだって、きっといくらでも起こる。けれど、どうにかやっていくしかない。彼と、今後出逢う刀剣男士たちと共に。

歴史は、変えさせちゃいけない。今を生きる人たちの未来を守るために、この戦いには勝たなければいけない。

「それでは、蜂須賀さん」
「何だい、主」
「この戦いを終わらせる、そのために」


刀剣乱舞、はじめましょう。



愛しき我が初期刀。
15.12.15

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