「東堂、居るかァ?」
「お、珍しい客人だな」


Scene 2.5 忘れ物


昼休み、新名と日直の仕事を片していると、教室の後ろ扉から聞き慣れた声が響いた。同じくその声を聞き慣れている新名も、扉に視線を向ける。

「荒北だー」
「うッわ、おまえら教室でも一緒に居ンのォ」
「日直なんだよ」
「へェ、ご愁傷様」
「何か用事か、荒北」

隣のクラスではあるが、教室に来るようなことは珍しい。部活以外では、合同体育と、たまに学食で顔を合わせるくらいだ。
部活関係の伝言だろうかと思い訊ねると、荒北は俺と新名の机の間に立ち、俺の机に手を着いて言葉を続ける。

「世界史持ってたら貸して欲しいンだけどォ」
「何だ、忘れ物か。ロッカーに置き勉ばかりのおまえが珍しいな」
「間違って持って帰ったの忘れてたンだヨ」
「何が間違って、だ。普段から教科書類はきちんと持ち帰ってだな、」
「あーうっせ!新名、持ってね?」
「荒北!」
「世界史どっちー?」
「A」
「あー、私Bなんだよなぁ。ごめんね」
「いや、謝ンなくていいけど。くそ、もーちょっと早く気付いてりゃ、寮まで戻れたのにな」
「人の話を聞け!」

俺の存在を無視して話をする荒北に、机の中から取り出した世界史の教科書を、束ねたプリントの上に乗せて見せる。

「ンだよ、持ってんじゃねェか!それなら早く出、」

荒北が教科書に手を伸ばし触れようとしたところで、さっと教科書を引き寄せ机の中に仕舞い込む。
手が空を切ったことに顔を顰め、いつも以上に不機嫌そうな表情を浮かべている荒北に、俺はにこにこと笑顔を向けた。

「……とーどォさーン?」
「見ろ、荒北」
「アァ?」
「オレは今この4種のプリントを束ねている」
「……そーだネェ」
「これをホッチキスで留めるまでが、日直に課された仕事だ」
「留まってねェじゃン、仕事しろヨ」
「オレがプリントを束ね、新名がホッチキスで留める流れだ。しかし見ての通り、新名は日誌を書くのに忙しい」
「……で?」
「簡単な話だ。おまえがホッチキス係を担ってくれれば、教科書を貸してやろうじゃないか」
「ハァ!?」
「おぉ、それは助かるねぇ」
「助かるねェじゃねーだろバァカ!何でオレが手伝わなきゃなんねンだ!」
「今終わらせないと放課後までに終わらないからだ」
「オレが巻き込まれる理由になってなくナァイ!?」

「いいから教科書寄越せ」とぎゃんぎゃん喚く荒北の言葉を受けながらも、プリントを束ねる手を止めはしなかったし教科書を渡すこともしなかった。
新名も特に意に介さず、スマホで今日の時間割を見ながら書き写している。しかしその手が止まり、シャーペンでびしっと荒北を指す。

「ねー、荒北」
「何だヨ」
「今日の部活、レギュラーはミーティングからだね」
「あー、そういや福ちゃんが言ってたなァ」
「でも、これ終わらないと、私たち今日の部活は遅刻確定なんだよねぇ」
「……まァ、そうなるだろうな」

新名が言わんとすることがわかった。そしてそれは、勉強は出来ないが決して馬鹿ではない荒北も汲み取ったらしい。
つまりは、俺たちが遅れていくと、練習開始時間に支障が出るということだ。何せ、マネージャーと副主将がその場に居ないのだから。
新名は日直の仕事を自分が受けて俺だけでも部活に向かわせたいだろうが、そんな真似はフクも隼人もいい顔をしないことを、俺たち3人は知っている。
荒北の中で、フクの優先順位は高い。そして、俺たちが部活に遅れていくことで一番困るのは、そのフクだ。
言いたいことのすべてを呼吸に変えたみたいな盛大な溜息を吐いて、荒北が俺の前の席の椅子を乱暴に引いて腰掛けた。

「5分前になったら教科書ひったくって教室戻るからな」
「わーい、荒北ありがとー」
「隣なんだからもうちょっとゆっくりしていけよ、3分前でどうだ」
「ざけんな。つーか、何でこんな大量にあんのォ?何クラス分だよ、これ」
「3クラス分くらいだろうか」
「おまえらの担任ちょっと頭おかしいんじゃねェの」
「失礼な、薄いだけでおかしくはないよ」
「新名の方が100倍失礼だな」


15.11.17


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