見覚えのある後ろ姿、だけど、見慣れない格好だった。見間違いかと思ったけど、自動販売機の横に立て掛けられたコルナゴで、想像通りの人物であると確信する。

「すーぎーもとっ」
「うわぁっ!」

背後から両手で肩を叩くと、想像以上の反応を得られた。びくびくしながら振り向いたその顔は、今日も一日を共に教室で過ごしたクラスメイトのものに間違い無かった。

「な、なんだ……。驚かさないでくれよ、小銭落とすとこだった……」
「ごめんごめん。休憩中?」
「ああ、さっき峰ヶ山登ってきたところでね。もう一本行く前に、ちょっとだけ休憩」
「は、もう行って来て……また行くの!?あの坂を!?」

私が委員会でぼけーっとしている間に山を登ってきたことにも驚きなのに、もう一回登ろうとしているなんて最早気が狂っているとしか思えない。
杉元は「まぁ普通じゃないよねぇ」という言葉とは裏腹の、とてもやわらかい笑みを浮かべた。自転車が、好きで好きで仕方ないって顔。

「それ」
「ん?」
「レギュラージャージだよね?」

杉元が着ている黄色いジャージ。今まで着ているのを見たことがなかったから、さっき後ろ姿を見て少し戸惑ったのだ。

「ああ、うん。まぁまだ、レギュラー、では、ないんだけど」
「ふーん?」

いつになく歯切れ悪く答える杉元に首を傾げる。それでも着ているということは、レギュラーに近い位置に居るということでいいのだろうか。文化部の私にはレギュラーとかいう言葉に馴染みが無くて、あまりよくわからないけれど。

「杉元、自転車大好きだし、レギュラーなれるといいね。応援してるよ」
「……うん、ありがとう」

はにかんだような声の後に、電子音と、がこん、とボトルが落ちる音が二回響く。

「さて、ボクはそろそろ行くけど。そっちもバスの時間大丈夫?」
「あ、うん、大丈夫。余裕で間に合う」
「そっか。寒いし、すぐ暗くなるからね。気を付けて帰りなよ」
「うん、そっちも気を付け、んぇっ!?」
「また明日ねっ」

ほとんど押し付けられるように渡された物を確認する間も無く、ペダルに置いた足がばちんと音を立て、そのまま走り去ったスピードは自転車とは思えない速さだった。

「さ、最後まで言わせてくれたっていいじゃんかぁ……」

届くことのない抗議を呟き、遠くなる背中を見送りながら、手のひらの中のあたたかいレモンティーをゆっくりと胸元に抱き寄せた。



甘酸っぱさは味覚のみならず

(檸檬色の背中を見送ったから、彼の林檎色の頬には気付けない)


学生らしい恋が一番似合う気がしている。
16.03.25

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