「野郎ばっかじゃけぇ、校門居るだけでも気ぃ付けときよ」と、確かに井尾谷くんに言われたし、カナにも散々忠告された。 でも、言っても男子校なわけじゃないし、こんな平々凡々な私など、特に警戒せずとも誰も声を掛けてきたりはしないだろうと思ってた。 ……甘かった。 校門で立っていただけなのに、いつの間にか三人組に囲まれてしまったのである。 「あの、人、待っとるんです」 「でももう10分くらいここ居るじゃろ?そんなん放って、ワシらと遊ぼーや」 「や、ちょっ……!嫌、離し、」 強い力で腕を掴まれ、痛みと恐怖で上擦った声しか出ない。 それでもどうにか踏み止まろうと、ぐっと両脚に力を込めた時、ぱしん、と乾いた音が響いた。 同時に肩を掴まれる感覚がして、よく知った制汗剤の香りがふわりと私の周りを包む。 「すまんのう、この子、ワシの連れなんよ。女子に飢えとるのはわかるが、離れてくれや」 「痛って……!何じゃ、おま、え」 「離れてくれ、言うたつもりじゃったが……、聞こえんかったか」 聞いたことの無いような井尾谷くんの低い声が響く。思わず私まで身体を竦めてしまった。 井尾谷くんが掴んだ腕を振り払った彼らは舌打ちしながら校舎の方へ去っていく。姿が見えなくなると、井尾谷くんの溜息が聞こえた。 「だから、気ぃ付けぇって言うといたじゃろ」 「ご、ごめんなさい」 「まぁ、気ぃ付けとっても、絡まれるなっちゅー方が難しいけぇのぉ……。もうちっと早う来れたら良かったんじゃが……、すまん」 「ううん、うちが早う着いただけで、井尾谷くんは何も」 悪くないよ、と続ける前に、井尾谷くんが私の手をぐいっと引っ張る。そのまま指を絡められ、腕全体が密着するように引き寄せられる。 「い、井尾谷くん?」 「何」 「近く、ない?」 「ない」 私の歩幅に合わせたペースで賑やかな声のする校舎の方へと向かう。 さらさらと揺れる黒髪の奥の表情がうまく読み取れず、せめて手が離れないように指先に力を込める。 「井尾谷くん、お、怒ってる?」 「……や、唯ちゃんには怒っとらんよ。怖い思いさせてすまんの」 ふるふると首を振ると、困ったように笑って空いてる方の手で私の髪をくしゃりと撫で、そのまま頬に添えられた。 「学校じゃなけりゃなぁ……」 「……はい?」 「あいつらがベタベタ触りよったんが消えるくらい、抱きしめてやりたいんじゃが」 顔を覗き込んで視線を合わせられ、頬に添えられた手のひらのせいで逃げ場が無い。 どうしたものかと視線を彷徨わせて口をぱくぱくさせていると、井尾谷くんが「くっ」と吹き出し、俯き肩を震わせ始めた。 「そこ、まで、動揺せんで、ええじゃろて……っ」 「そ、そこまで笑わんでもっ」 「すまんすまん」 謝りながらも口元を手のひらで覆う。目尻に涙を浮かべる程笑われるとは、心外だ。こっちは本当にドキドキしたというのに。 ひとしきり笑うと落ち着いたのか、柔らかい笑顔を向けられる。どうやらご機嫌も直ったらしい。 「さて、どっから連れて行けばええか……。何が見たい?」 「んんー、おまかせする」 「欲が無い子じゃのう……」 「ここに来た時点で、目的は達成されてるみたいなものやし」 「目的?」 とりあえず寒さを凌ぐため校舎内に入ることにした。「土足でええよ」と言われ、本当に良いのかとびくびく足を踏み入れる。 自分が通う学校とは違う匂いがする。床の色、渡り廊下、掲示板、ロッカー。同じ学校なのに、全然違う。ああ、つまり、こういうことだ。 「井尾谷くんの学校生活が、見たくて」 「学校生活?」 「うちら、学校の外でしか会ったことないから」 他校生なのだから当然だけど、私たちは放課後や休日くらいしか共有できる時間が無い。 制服姿は見られるけど、学校で過ごす彼の日常を見ることはできない。 だから、彼がいつも過ごしている場所を、見ておきたいと思ったんだ。だってこんな機会、滅多に無い。 贅沢言えば、授業を受ける姿とか、部活してる姿とか見たいけれど、それは本当に贅沢だから。 「井尾谷くんの3年間が詰まってる場所を、少しでも共有できたらなって思ったんよ」 そう言うと、井尾谷くんが「あー」と声を漏らしながらしゃがみこんでしまった。 手を繋いだままなので、自然と引っ張られ、私もしゃがむ。人通りの少ない廊下でよかった。 「どうしたん」 「どうしたもこうしたも……、……あんまり可愛いこと言うたらいけんよ、唯ちゃん」 首を傾げて見せると、ふ、と小さく笑って立ち上がり、私の腕が引っ張られる。 「そういうことなら、模擬店は後回しじゃのう」 「え?」 「ワシの学校生活を語る上で、ぜーったいに外せん場所、案内しちゃる」 どこだろうと思案する私にニッと笑って手を強く握り直される。すると私の手をじっと見た井尾谷くんが、歩く方向を変えた。 「やっぱりその前に、カナちゃんのクラスのカフェであったかいの買うか。唯ちゃんの手、冷たいけぇの」 「井尾谷くんの手はあっついね」 「……じゃかしいわ」 一番大好きな君と、一番大切な場所へ 場所は言わずもがな。イビの声が好きすぎて、アニペダずっとリピートしてる。 14.11.26 |