「やーっぱりここに居た」 「お、唯」 午前中の店番が終わったはずの隼人が見当たらなくて、まさかと思ってウサギ小屋に来てみたら、案の定。 自分のお昼ごはんより先に、ウサギの世話とは。まぁ、いつも通りパワーバーを食べてはいるけれど。 「ほんっと、1にウサ吉、2にウサ吉なんだから……」 「いやぁ、さすがに1番はおめさんだけどな」 「……あっそ」 「何でそんな疑いの目を向けてくるんだ」 「いや、ウサ吉はおろか、自転車にもパワーバーにも敵わないと思ってるから」 「それはまた次元が違うだろ」 そう言って笑いながらも、右手に持ったパワーバーは離さない。本当は中毒性がある食べ物なんじゃなかろうか、大丈夫か。 隼人の隣にしゃがんで、餌を食べるウサ吉を一緒に眺める。彼の傍に置かれた袋の中には、キャベツやニンジンの切れ端が入っている。 「今日はなんか豪華だね」 「ああ、靖友のクラスの模擬店が鉄板焼きでな。どうせ捨てるからって、使わない部分をくれたんだよ」 「ふぅん。よかったねぇ、ウサ吉」 どうせ捨てるというわりに、わりと綺麗な部分ばかりだ。荒北らしい。 そんなことを知りもしないウサ吉は、ぱりぱりもしゃもしゃ音を立てて、ご主人様同様よく食べる。 「私たちもお昼にしよっか」 「そうだな。こいつが食べ終わったらでいいか?」 「実はね、買ってきたんですよ」 右手に持ったビニール袋を持ち上げ、隼人に見せる。 中には、ここに来る前に買ってきた焼きそばとお好み焼きが入っている。 「あ、靖友のクラスのか?」 「そう。友達が店番してたから買ったの。荒北は午後だって。ひやかし行こうね」 ウサギ小屋の前にある花壇のブロックに並んで腰掛け、隼人にお好み焼きと割り箸を渡す。 「サンキュ。俺の分出すよ、いくらだった?」 「いいよ、在校生の特権で安くしてもらったし」 「んー、じゃああとで何か甘いもん奢る」 「あ、それなら隼人のクラスのクレープがいい」 「オッケー、後で寄るか」 ふたり一緒に「いただきます」と手を合わせて、それぞれ少しずつ分け合う。 学園祭なのだから作っているのは生徒だし、あまり期待はしていなかったけれど、どちらもそれなりに美味しい。 「唯のクラスは、合同で劇やるんだろ?」 「うん。私は美術係だったから、今日は仕事無いけど」 「背景とか描いたって言ってたもんな。観に行かないと」 「東堂が主役だしね?」 「そうだな、寿一も黒子で出るしな」 「フクが東堂のアシストなんて、面白い話だねぇ」 そう言うと、隼人が声を上げて笑った。それに合わせてウサ吉の耳と鼻がぴくぴく動く。 「後夜祭の花火も、楽しみだね」 「そうだな、クラスの片付け終わったら迎え行くよ」 「ん、わかった」 当たり前のように一緒に花火を見るつもりの隼人の言葉に、自然と頬が緩む。 夜の花火が終われば、学園祭も終わりだ。ここ数日の慌ただしさは、直ぐに受験のそれへと変わるのだろう。 ぼんやりとこれからのことを考えていると、隼人に頭をがしがし撫でられる。 「劇、2時からだったよな?」 「うん」 「じゃあそれまであちこち見てまわるか」 隼人がブレザーのポケットから、学園祭のパンフレットを取り出す。丸めて入れていたから、少しくしゃくしゃだ。 「荒北の店番、何時までだろうね。劇、観られないかな」 「いやぁ、靖友はなんだかんだで、そういうのちゃんと考えてるからな。多分、観られるようにしてると思うぜ」 「あー、確かに」 「劇の前に迎えに行ってやろう」 「劇、最前で観たいな。フクの黒子、写真撮りたい」 「最前列は尽八のファンクラブの子たちが居そうだなぁ」 「えーでも私たち、さ――……」 言いかけて、思い止まった。違う、駄目だ。喉の奥で、ひゅっと音がする。ただの悪あがきだけど、でも。 言葉に詰まった私の顔を、隼人が覗き込んでくる。泣きそうな顔をしているのかも知れない。頭を回転させて、どうにか言葉を見つける。 「あ……、ほら、私たち、3年生だし!譲ってもらえないかな」 「ふはっ、越権行為だな」 「うわ、隼人のくせに難しい言葉知ってる」 「まぁ唯のクラスの劇なんだし、多少の融通は利くんじゃないか?」 隼人が、食べ終わった二人分の空の容器を袋に詰める。途中で捨てるつもりであろうそれを右手首に掛けると、私に左手を差し出した。 黙ってその手をとると、男の子らしくがっしりした指が絡められる。金網越しにウサ吉に声を掛けて、賑やかな声が飛び交う校舎へと歩き出す。 「腹ごなしにゲームっぽいやつ行くか」 「……そう言いながら早速右手に持っているのは何かな?」 「唯も食う?」 「食べません」 すっかり定番になったやりとりを交わして、右手の指先にきゅっと力を込める。 学園祭をこんなふうに隼人と手を繋いで過ごすなんて、1年生の時は考えもしなかったなと思い返す。 学園祭の日にこんな気持ちになることも、あの頃はなかった。楽しかったな、来年も楽しいといいなって、ただ、それだけで。 今年の学園祭はきっと、楽しかった分だけ寂しくなる。だって、3年生なんだ。3年生っていうのは、つまり、そういうことだ。 知ってる、わかってる。だから、大丈夫。だけど、せめて今日だけは。 「最後」という言葉を使わずにいさせて たまには少ししんみりとした話も書きたい。 14.11.17 |