「あー、荒北だ」 「うっわ……、何そのカッコ……」 教室に入ってきた新名チャンは、制服の上から赤い布をかぶっていた。 長い黒髪を隠すように、頭もすっぽり覆われている。昔、妹に読んでやった絵本で、見たことある格好。 「可愛いでしょ、赤ずきんちゃん」 「……ハロウィンだから、そんな格好してンの?」 「違うよ、文化祭でコスプレ喫茶やるの」 「新名チャンのクラス、お好み焼きって言ってた気ィすっけどォ」 「クラスはね。これは部活の方」 新名チャンは手芸部だ。教室でもたまに小さなマスコットを作っている。自分のだったり、友達のだったり。 休み時間はおろか授業中も机の下に手元を隠して作っていたりした。 去年同じクラスだった時、俺はそんな新名チャンを見ているのが好きだった。 「じゃあ、その頭巾も手作りなワケ?」 「そりゃ勿論。手芸部なんだから、衣装は気合い入れなきゃね」 「頭巾だけじゃねェか」 「違っ、ちゃんと服もあるの!担当の子が今作ってくれてるの!」 わたわたと両手を動かしながら弁解される。 そんな必死にならなくても、頭巾の裾に入った丁寧な刺繍とか見れば、手を抜いてないことくらい解るっつーのに。 「で?うちのクラスに何の用なの、赤ずきんチャンは」 「あ、そうだった。あーちゃんの席どこ?荷物持ってきてって頼まれたの」 「あー、オレの斜め前ェ」 “あーちゃん”は新名チャンの親友だ。同じ手芸部で、クラスが離れててもよく一緒に弁当食ってたりする。 そして何故かその“あーちゃん”に俺の恋心はバレていて、時折からかわれたりする。くそウゼェ。 俺の斜め前の席から目当ての荷物を手に取り、新名チャンが横から俺のプリントを覗き込む。 「荒北は一人で何してるの?」 「課題プリント。提出、今日までだからァ」 「忘れてたの?だっさーい」 「うっせ」 定規で彼女の二の腕あたりをぐりぐり押すと、楽しげに笑う。可愛いナァと素直に思う。 「じゃあ、がんばってる荒北クンに、これをあげよう」 「なぁにィ」 新名チャンがブレザーのポケットから何か取り出し、そのまま差し出してくるので俺もつられて掌を広げた。 そこにころんと置かれたのは、飴玉2個と、彼女がよく作っていたマスコット。 「……オオカミ?」 「作ったの。あげる」 「何でオオカミ……」 「赤ずきんちゃんといえばオオカミでしょ?ブローチみたいにして付けようと思って」 「じゃあ、オレが貰っちゃ駄目なんじゃナァイ?」 「んー、でも作ってるうちに荒北っぽいなと思って。途中から、荒北にあげようと思って作ってたからいいの」 「……あっそ。じゃあ貰うわ。あんがとネ」 ブローチにするつもりだったからか、安全ピンが付いている。何に付けようか。通学鞄か、部活用のバッグか。 ぼんやり考えていると、新名チャンの方から甘い香りが漂ってきた。思わず、彼女の腕を引っ張る。 「な、何?」 「何か、甘い匂いする」 「え、あー……ケーキかな。喫茶店で出すやつ、試作してたから」 成程、そう言われれば、ケーキ特有の甘ったるい香りな気がする。 「折角ハロウィンだし、ケーキ持って来ればよかったね」 「……飴玉でも嬉しいけどォ?オレが炭酸好きなの知ってて、このチョイスなんでしょ?」 手のひらの上で二つの飴玉を転がしながら問い掛ける。新名チャンがくれたのは、炭酸でしゅわしゅわする飴玉だった。 ちなみに俺の記憶が確かなら、彼女は炭酸が苦手だったはず。 俺っぽいと思って作ったオオカミのマスコット、苦手な炭酸の飴玉。 加えて「ケーキ持って来ればよかったね」って言葉は、俺が教室に居るって、最初から知ってたってこと。自然と、指先に力が籠った。 「なぁ、オレ、期待しちゃっていいワケ?」 「あ、荒北……、腕、痛い」 「否定しねェのな」 腕と一緒に頭巾の裾を引っ張って更に距離を縮める。赤く染まった頬が、果実みたいだ。 彼女の腕から手を離し、頬に触れる。離れたり逃げたりする様子は無い。期待が、確信に変わる。 「赤ずきんは、オオカミに食べられちゃったんだっけェ?」 「お、美味しくない、よ」 「そう?すっげー美味そうな匂いするヨ」 「犬か」 「オオカミだっつの」 頬に触れていた手で、そのままやわらかく抓ってやる。 間抜けな表情すら可愛いと思ってしまったことに理不尽な苛立ちを覚えながら、頭巾を引っ張り顔を寄せる。 「ちょっ、荒北、待って、」 「オオカミだから無理」 「理由になってない!」 「なってるヨ」 「待、っ……!」 オオカミさんは、「待て」が出来ない すべては親友さんの入れ知恵。 14.10.31 |