2月。3年生は自由登校の期間だ。受験を終えていない組がちらほら来るくらいのもので、それも昼には帰る人が多く、教室はがらんとしている。
受験を来週に控えた私は、テレビや漫画の誘惑が無い学校に来て、先生が用意してくれた模試プリントを一人で黙々と解いていた。
昼も過ぎ、今は5限目の時間。授業中の学校というのは、とても静かだ。3年の棟だから、尚更そう思うのかも知れない。
音楽室からピアノの音が微かに響いてくるくらいの静けさの中で勉強していると、突然教室の前扉がガラッと大きな音を立てて開いた。

「お疲れさーん」
「びっくりした……」

現れたのは、荒北だった。制服姿だけどネクタイはしていないし、そもそもシャツじゃなくてパーカーだ。随分と着崩している。

「生徒指導に見つかったらアウトだよ、それ」
「すぐ帰ッからいいんだヨ。ロッカーと机ン中の荷物取りに来ただけだからァ」
「ふーん。寮部屋片付けてんの?」
「そ」

私の斜め後ろの机の中から諸々取り出して大きいトートバッグに詰める荒北をちらりと見遣り、すぐにプリントに戻る。
荒北は先週受験が終わっている。後は寮の部屋を片付け、卒業式を待つだけだ。進学先は、どこだと言っていたっけ。

「新名、来週だっけ」
「うん」
「そっかァ」

がたんと音を立てて私の前の席の椅子を引き、跨ぐようにして座る。私と向かい合った荒北は、何も言わずにプリントを覗き込んでくる。

「……すぐ帰るんじゃなかったの」
「帰る帰る」

座っておいて何を言うかと思いつつ、咎めはしない。勉強に集中するために学校に来ているとはいえ、友人との多少の会話くらい許容範囲だろう。

「なぁ」
「んー?」
「受験の時ってさ、受験日は勿論覚えてっけど、それまでの日付ってあんまり意識してねェよな」
「……あー、受験まであと何日、みたいな感覚だからなぁ」
「何日でしょーか」
「4日」
「違ェよ、今日の日付の方」
「あぁ、そっちか」

そう言われ、本当に何日なのか意識していなかったことに気付く。受験まであと4日ということは。

「14日、かな」
「正解」
「あぁ、なに、チョコ欲しいの?持ってないよ」
「受験前の奴に集ったりしねェよ」
「受験終わった子からチョコ巻き上げるために学校来たの?」
「ンなわけねーだろ!ほらよ!」

そう乱暴に言い放って私の机の上に置かれたのは、小さいペットボトル。荒北の手でラベルが見えないが、オレンジ色のキャップなのでホットだろう。

「なんか、流行ってンだろ。逆チョコってやつ」
「くれるの?」
「……ん」
「ありがと」

荒北が手を離すと、ココアのラベルが見える。有り難く受け取ると、ずっとシャーペンを握っていた手に心地好い温かさだった。

「適度に休めヨ。疲れは体調に表れるかンな」
「あー、実体験? 荒北、受験から帰ってすぐ熱出してぶっ倒れたんでしょ」
「……どっちに聞いたァ?」
「赤髪」
「帰ったら死刑だな」

ちっ、と舌打ちした表情は見なかったことにした。元ヤン怖い。帰る、と言って立ち上がった荒北に返事をしながら、私は新開の無事を祈った。

「まぁ、ガンバレなんて言わねェけど、応援してッから。そんだけ」
「ん、ありがと」
「受かったら、4月からもよろしくって言えるしな」
「……どういう意味?」
「さぁ?」

楽しげにくつくつと笑って手を振って、そのまま教室から出て行ってしまった。変な奴だ。まぁ、いつもか。

貰ったココアを飲みながら、来月じゃお返しが出来ないなと思う私は、進学先である静岡の地で彼と過ごす未来をまだ知らない。



ホットチョコレートが示唆する未来


教室入る前、廊下うろうろしてたら可愛い。
16.02.14

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