「今日は何の日でしょうか」
「んー、日本ガス記念日」
「は!?」
「え?」

敢えてお決まりの文句から始めずに訊いてみたら、予想外すぎる回答が返ってきた。なんだ、ガス記念日って。
パワーバーをくわえたまま、隼人はきょとんとした目で私を見てくる。いやいや、何であんたがきょとんとするの。

「初めて聞いたんですけど、そんな記念日」
「日本で初めてガス灯が点いた場所は、どこでしょーか」
「知らないよ」
「えー横浜だぞ、神奈川県民の自覚が足りないな」
「もう!ここは箱根だし、我が家はオール電化だからいいの!」

そっかぁ、と気の抜けた声を漏らし、隼人は手元の雑誌に視線を戻す。いくら何でも可愛い彼女の話に興味が無さすぎではなかろうか。
違う、私は今日がガス記念日であることを教えてもらうために隼人に質問を投げかけたわけではない。はじめから直球でいけばよかった。

「隼人くん、唯ちゃんはお菓子が欲しいです」
「オレが知ってるハロウィンと違うな」
「知ってるんじゃん!」
「あ」

隼人は手のひらで口を覆いながら楽しそうに笑う。からかわれていたのか、何てこったい。
む、と顔を顰めて見せると、困ったような笑顔になって私の頬をゆっくりと親指で撫で、耳元に手のひらが添えられた。くすぐったい。

「唯、ハロウィンの決まり文句、ちゃんと言ってみて?」
「ん?えと、お菓子くれなきゃ悪戯しちゃうぞー」
「うん」
「うん!?お菓子は!?」
「あげないよ、持ってないからな」
「言わせた意味!」

私の抗議を聞いても隼人は飄々としている。膝の上に置いた雑誌をぱらぱらと捲っては折り目を付けている。

「隼人、いつもお菓子持ってるのに」
「まぁあれは、オレ用っていうか唯用なんだけど」
「じゃあ尚更、ハロウィンだって知ってたなら、持って来てくれて良かったんですよ」
「知ってたから、持って来なかったんだよ」
「……どゆこと?」
「んー?お菓子をあげないと、悪戯されちゃうから」

にこにこ笑顔で当たり前のことを言ってのける隼人は、雑誌を閉じて傍らに置き、胡坐をかいて私と向き合う。

「で、唯。オレはお菓子を持っていないわけだけど?」
「そうらしいですね」
「だから、いいよ。悪戯して」
「……は?」
「ほら、どーぞ?」

そんな笑顔で両手を上げて無抵抗を示すポーズをされても。

「悪戯っ子な唯に、オレは何をされちゃうんだろうなぁ、怖いなぁ」
「……楽しんでるね?」
「イベント事は楽しまないとな」

最初からこれが目的だったのか。何でこんな無駄なことには頭が回るんだろう。
というか、どうしよう。あんなの本当にただの決まり文句で、お菓子を貰えることが前提なんだから、悪戯の案なんてひとつも無い。
それすらお見通しだったのであろう隼人は、頭を抱えた私を楽しそうに眺めている。

「何なのもう……鬼だし、豆でもぶつけたろか……」
「そりゃイベント違いだ」



悪戯の前に仕掛けられた罠


この後ちゃんとお菓子をくれるのが新開さん。
15.10.31

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