僕の日常に於いて一年の間に決まって訪れる特別な日なんて、自分の誕生日と、母親の命日と、久屋家の人たちの誕生日くらいなもんで。 それがこの先減ることはあっても、増えることは有り得へんやろうと、一年前の僕は思とった。 そこまで考えて、一年か、と長くもあり短くもあった日々を思い返して、ほんの少し口元が緩む。 (……こういうの細かく覚えとる男って、キモイやろか) 彼女の存在により、僕の日常に一気にふたつも増えた特別な日。今日がそのうちのひとつやったりする。 昼休み、待ち合わせとる非常用階段に向かう最中、手を突っ込んだ右のポケットで小さな封筒がかさりと音を立てる。 記憶力にはそこそこ自信があって、彼女がお揃いの物を欲しがっとることはずっと憶えていて。けど、問題はそこからやった。 考えてみれば、誰かに対して贈り物をするという経験が、圧倒的に不足していた。 考えることは得意なはずの頭で阿呆みたいにうんうん唸って何日も考えて、結局世の中でいうところの無難なとこに到達した結果がポケットの中身。 別に贈り物が義務の日では無いけど、普段の愛情表現に難が有ると自覚しとる分、きちんと形を以て示しときたいなと思ったのや。 扉を開けると、先に着いていた彼女がその音に反応して振り返り、「お疲れさま」と声を掛けてくる。 その言葉にうんだかああだか曖昧な声を返しつつ、彼女が腰掛けとる階段の一段下に腰を下ろした。 「どうしたの、元気無いね。午前中体育でもあった?」 「……体育はあったけど、元気無いわけやないよ」 多分、柄にも無く緊張しとるのやと思う。後になるとタイミングを逃しそうで、先に渡してしまうことにする。 ポケットから出した水玉模様の小さな封筒を差し出すと、案の定、不思議そうに首を傾げられた。 「……一年」 どう言えばいいか解らずにとりあえず一言そう発すると、一瞬の間を置いて理解が追い付いたようで、彼女は目を丸くして驚く。 「え、え、」 「言うとくけど独断と偏見やから、気に入るか知らんで」 「……開けてもいい?」 「ん」 ひどく丁寧な手付きでシールを剥がして、斜めにした封筒から手のひらに受け止めたのは、黄色が基調のストラップ。 お揃いの要素はそこだけで、彼女の方のストラップには彼女の誕生石と誕生花の飾りが付いとる。勿論僕の方には、僕の誕生石と誕生花。 僕はポケットからケータイを取り出して自分の分のストラップを彼女に見せながら言葉を紡ぐ。 「お揃いの物なら、身に着けるモンがええかなって思って、けどボク、女の子のアクセサリーとかようわからんし」 「……うん」 「いろいろ選択肢捨ててったら、ストラップくらいしか無くて」 「うん」 「キャラクター物よりは、シンプルなんがええやろなって、……結局それに落ち着いたんや」 「……えへへ」 「……なん」 「いっぱい悩んでくれたんだなぁって思って」 確かにずいぶん悩んだけれど、一体それの何がそんなに嬉しいのかわからずに首を傾げる僕の横で、彼女はにこにこ笑っている。 「ありがとう、大切にするね」 「……そォ」 「ごめんね、私、こういうの用意してなくて、」 「ええよ、お弁当、作ってきてくれたんやろ」 「そうだ、お弁当!」 そう言って傍らに置いた包みを広げ始めた。まぁせっかくの記念日いうやつやし、左手の絆創膏には気付かん振りしといたげよかなと思う。 彼女の右手に触れて動きを遮り、朝からずっと、これだけは言わなあかんと思とった言葉をゆっくりと声に出した。 「あの、な」 「ん?」 「……一年、飽きもせず傍に居ってくれて、おおきに。あと、」 これからもよろしくお願いします (願わくは来年の今日も、こうして笑い合えていますように) 2015年9月6日、当サイト一周年記念。 15.09.06 |