部屋の明かりをすべて消して、二人でベランダに出て月を眺めていた。
唯ちゃんは寝室から持ってきたスツールに、僕は室外機に腰掛けて、お揃いのマグカップで温かいはちみつレモンを飲みながら。

「好きって言葉を使わずに好きって伝えられるのは、凄いことだと思うんだよね」
「……うん?」
「したい、してほしい、って自分の欲をも伝えずに、相手に愛されてるなぁって思わせる言葉って、そんなに多くはないと思うの」
「……今日はずいぶんと、小難しい話をするんやね」

唯ちゃんの話は、いつも突拍子のないところから始まって、どこに着地することもなく終わることが多い。きっと今日も、そんな感じなんやと思う。
月見をしながらこの流れになったということは、あの有名な夏目漱石の和訳についてかと当たりをつける。そしてそれはどうやら正解だったらしい。

「そのひとのことが好きだから、一緒に見上げた月が綺麗だ、っていうのは、すごく素敵だと思わない?」
「せやね」
「月、綺麗だね?」
「うん、綺麗やね」
「あら素直」
「中秋の名月やから、綺麗で当然や」
「前言撤回」

仕方ない、本当のことや。まんまるで、少しオレンジがかった黄色いお月さんは、いつもより幾分綺麗に見える。
まぁ月なんて、そんなまじまじ眺めることも無いし、久しぶりに見たからというのも大きいのかも知れへんけど。

「ねぇ、翔くんだったら、アイラブユーを、どう訳す?」
「……………………」
「長考だなぁ」
「そんなパッと出てくるもんちゃうやろ」

ほんまは一番に「ありがとう」が浮かんだけれど、そんなこと言うたらこの先「ありがとう」って言うたびに告白しとるみたいになるな、って。
そんなことを考えていたら口を噤むしか無くて、けど代替案も思い浮かばへんから長考になってしまっただけの話。

「でもまぁ、へたに訳さずまっすぐ伝えてくれた方が嬉しいけどね」
「……まっすぐ伝えるのが苦手な日本人やから、ああいう言葉に辿り着いたんやろ」
「それでも、さ。言って欲しいときだってあるじゃない?」
「言われたいと思う前にぽんぽん言う子の傍に居るから知らん」

僕の言葉にむぅと唇を尖らせた唯ちゃんは、そのままマグカップに口を付ける。飲み物も身体ももう結構冷えとる。飲み終わったら部屋に戻ろう。

「翔くんは、なかなか好きって言ってくれないよね」
「必要無いと思とるからね」
「言葉は必要だと思いますー」
「……キミは、何と言うか……」

溜息吐いた僕を唯ちゃんは不可思議そうに見つめてくる。少し意地悪をしてやろうと、まっすぐ視線を絡めて言葉を発する。

「心も身体もあげたのに、言葉まで欲しいなんて、とんだ欲張りさんなんやなぁ」
「、からっ……!」
「ああ、そうなると、心も身体も言葉も貰とるボクは、えらい贅沢者いうことかな」
「な、も、もうっ!知らない!」
「あっそォ」

まぁ、その贅沢分のお返しは、これから一生かけてしていきたいとは思とるのやけど、それも言葉にはしなかった。
話が終わって安堵しつつ自分の手元に視線を落とすと、黄色いはちみつレモンを黄色いお月さんが照らして、映り込んだお月さんはゆらゆら揺れている。

(……月が綺麗ですね、か)

漱石のあの訳は、一緒に居ると月が綺麗に見えます、という意味なのか、それとも、綺麗な月を一緒に見たいです、と促した言葉なのか。

(まぁ、どっちでもええけど)

正解は解らないまま、独り占めするには惜しいマグカップの中のお月さんを一緒に見ようと、唯ちゃんに「月が綺麗やよ」と、声を掛けた。



月だけにとどまらず

(君を好きになってから、世界には綺麗なものが増えるばかりだ)


2015年9月27日、中秋の名月。
15.09.28

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