いつもにこにこ笑顔の唯ちゃんの、むすっとした表情は見慣れなくて落ち着かへん。 どれもこれもこの雨のせいやと、僕まで機嫌が悪くなりそうで小さく息を吐く。 唯ちゃんの両親の出身地は、旧暦の七夕をお祝いするらしい。彼女も幼い頃からそれに倣って、習慣として浸み付いていると言っていた。 旧暦の七夕の日にちが毎年違うことも、僕は彼女に聞いて初めて知った。時期が遅い分、7月7日より晴れの日が多いことも。 (まぁ梅雨明けた言うても、それでも夏の天気やし、仕方ないわな) 朝はしっかり晴れていて、唯ちゃんの機嫌も良かった。素麺や夏野菜を用意して、星形のゼリー作って、それはそれは楽しそうで。 けど、夕方に差し掛かった頃から曇り出して、一気に土砂降り。なんとも夏にありがちな天気。 「……にらめっこ、空相手にはちょっと無謀やと思うで」 「わかってるもーん……」 そう言いながらも、唯ちゃんはじっと空を睨んだまま。叩き付けるような雨音は、しばらく止みそうにない。 普段は雨降りが好きな唯ちゃんは、雨は悪い天気じゃないからと、晴れの日を「いい天気」とは言わなくて、僕は彼女のそういうところが好きで。 だけどさすがに今日は、そうも言ってられないらしい。 「唯ちゃん」 胡坐を解いた脚の間をぽんぽんと叩いて見せると、唯ちゃんがずりずりと移動してくる。 僕の胸元にとすんと預けられた背中は、冷房の風が当たっていたためか少しひんやりしていた。 「残念やったな、お天気崩れて」 「……ん」 「せっかくてるてる坊主まで作ってたんになァ、年甲斐も無く」 「年甲斐も無く!?」 「ええ歳して」 「言い直さなくても意味くらい解るよ!?」 「痛ッ!」 後頭部による頭突きを胸元にかまされ、仕返しに顎で頭頂部に攻撃してみたけれど僕も痛いだけやった。 テレビも付いていない室内はただただ雨音が響くだけで、レースカーテン越しに見える外は、17時をまわったばかりとは思えないほどに真っ暗や。 どれだけ慰めの言葉をかけても雨が止むわけやないし、代わりにひとつだけ、思い出話をすることにした。 「……幼稚園の頃、先生が七夕の絵本読んでくれたんや」 「うん?」 「ちょうど七夕前でな。幼稚園って、季節のイベントきちんとやるやんか。短冊書いたり、七夕飾り作ったりして」 「あー、やったねぇ」 「絵本の話も好きやったし、ほんのちょっとだけ、当日を楽しみにしてたんやけど」 「珍しいね」 「……まァ、小さかったし」 手持ち無沙汰なのか、唯ちゃんの腹部にまわした僕の両手を撫でたり握ったりしながら、彼女は「それでそれで?」と続きを促す。 「雨やったんよ、当日」 「あー……」 「今日ほど酷くは無かったけど、だからこそ、諦めつかへんくて。ずーっと外ばっか見てて」 「ふふ、可愛い」 「……言うとくけど、さっきまでのキミもおんなじ状態やからな」 「え、可愛かった?」 「それで、あまりにもボクが外ばっか見てるもんやから」 「スルー……!」 「今ボクがキミにしとるみたいに、母さんがボクを抱っこして、雨の日の七夕の話、してくれたんや」 全部完璧に憶えとるわけやない。ずいぶん小さかったし、僕はとにかく不貞腐れていたし。 けど、雨が降っているのは僕たちの世界だけだということ。空の上は綺麗に晴れていて、天の川を渡れること。 七夕に雨が降るのは、織姫と彦星が、1年1度の逢瀬を誰にも見られずゆっくりと過ごしたいからということ。 綺麗な天の川を見せてあげられない代わりに、ひとつだけ願い事を叶えてくれること。 その話を聞いて、ずいぶんと心が軽くなったのは憶えている。それ以来、七夕が雨でもがっかりすることもなくなった。歳を重ねたせいもあるやろけど。 「ま、気休め的な話や。七夕がいつも雨なわけやないし、晴れた七夕の説明つかへんしね」 「でも、いい話だね」 「……うん」 「そっかぁ、誰にも見られたくない、か。そりゃそうだよね、1年に1度なんだもん」 「せやから、あんまり空睨んだらあかんよ」 「……はーい」 まだ少し不満げな声ながらも一応は頷いたことに髪を撫でてあげた。 夕立みたいやし、しばらくすれば雨は止むかも知れへん。あとは風が雲を飛ばしてくれれば、星空が見られるやろか。 織姫と彦星の邪魔をするつもりは毛頭無いけど、夜ごはんの後、雨が止んでいたらベランダに出てみよかなとぼんやり考える。 空とにらめっこをしていた唯ちゃんの表情が、いつもどおりやわらかくなってくれるような星空が見られるとええのやけど。 「どうかした?」 「……何もあらへんよ。コーヒー淹れるけど、唯ちゃんも飲む?」 「甘いのなら飲んであげてもいいかなぁ」 「そっかァ、七夕にちなんで角砂糖7個入れたろかなァ」 「2個でいいですごめんなさい!」 願い事なら日常に溶けている 2015年8月20日、旧暦七夕。 15.08.20 |