「あぁーッ、やっと終わったァ」
「もうちょっとなんか感動とか無いの……」
「涙も引っ込むっつーの。何で教師ってのはあんだけ揃いも揃って話の長ェ奴ばっかなんだろなァ」

卒業式が終わり、最後のホームルームも終わり、私たちは中庭が見下ろせる3階の廊下の窓辺に居る。
写真を撮ったりアルバムに寄せ書きをしたりしている教室の賑やかさに眉根を寄せ、どこか静かな場所に行きたいという荒北が選んだのがここだった。
3階は1年生の教室ばかりだから、当然今日はがらんとしている。
荒北は開け放った窓からだらりと腕を垂らして寄り掛かっている。最後だからときちんと整えて着ていた制服は、今や普段通りに緩んでいた。

「この後、チャリ部はファミレス行くんだっけ」
「ん。でも福ちゃんは先生ンとこ挨拶回ってくるっていうし、東堂と新開は……アレだし」

そう言って荒北が指差した方向を見ると、二人は中庭で女の子たちに囲まれていた。流石だ。調子に乗った東堂の声がよく響く。

「まぁ、ひとしきり落ち着いたらでいいんじゃナァイ。電話なりメールなりしてくんだろ」
「そうだね」
「お前はどうすんの」
「女子寮の方で、みんなで写真撮影大会かな。あと、お菓子パーティー」
「大していつもと変わんねェな、それ」
「いいんだよ、それで。荒北たちだって、いつものファミレスでしょ」
「……そーだネ」

何も特別なことはしなくていい。浸るべき感傷や思い出なんて、もうずっと前から作り続けてきた。
私たちがするべきことは、明日には崩れてしまう日常を忘れないために、いつも通りを貫くことだけだ。

「寮部屋の片付け、終わったァ?」
「うん、大体は。荒北は?」
「服詰めンの以外は終わった。元々あんま物持ってねェし」

くぁ、と欠伸を漏らした荒北を横目に、私は窓に背を預けて1年生の教室を眺める。
初めてこの廊下を歩いてから、3年の月日が流れた。その年月が長いのか短いのか、18の私にはまだよくわからない。
だけど、確かにここから始まって、今、ここで終わろうとしているのだ。とても濃い、3年間だった。

「……ふふっ、」
「……なァに一人で笑ってンの、気持ち悪ィな」
「いや、1年の時の荒北思い出してさ、あれは、酷い、っ、あははっ!」
「勝手に思い出して爆笑してンじゃねーヨ!」

ひとしきり笑って呼吸を整えていると、荒北が窓を閉め、私と同じように背中を預ける。
階下から響く賑やかな声を聞きながら、私たちはぼんやりとしたまま、とても自然な仕草でお互いの指を絡めた。

「私、1年の時、荒北のこと大嫌いだったよ」
「あっそォ。オレはお前のことなんて知りもしなかったぜ」
「だろうね」

たかが3年、されど3年。何が起こるかなんて、わからないものだ。荒北と付き合い始めて、1年と半年が過ぎようとしている。

「何て言うんだろうな、野球少年だった頃のオレが、今のオレを見たら」

荒北はそうぽつりと呟いて、指先にきゅっと力を込めた。
ごつごつとした指から与えられる微かな痛みが私の指によく馴染んで、心地好いなんて思うようになったのは、いつからだっただろう。

「昔はボール投げるために腕振り回してたのに、それが出来なくなって、いつの間にかペダル踏むために脚ブン回してた」

予想の斜め上すぎるよな、と自嘲気味に笑って、荒北は視線を天井に向ける。

「チャリ始めてからだって、思い通りにいったことなんてひとっつも無ェけど、……それでもオレ、箱学、辞めなくて良かった」
「辞めてたら、私と付き合うこともなかったね」
「……ん、そうだな」

片目だけを細めた意地悪っぽい笑みに、胸が高鳴るなんてどうかしてる。……ああ、離れたくないな。

「ねぇ、荒北」
「なぁにィ」
「……寂しくないの?」
「寂しいって言ったら、ついてきてくれンの?」
「……それは無理だけどさ」

私は、地元の女子大に進学する。それは、ずっと前から決めていたことだ。今更どうしようもない。
荒北はひねくれてるけど、前を向いて生きることがとても上手で、そんなところが本当に大好きで。
だけど、そんな平気そうな顔をされたら、いくらなんでも悲しい。ちょっとくらい寂しがってほしいなんて思うのは、きっとおかしいことじゃない。

「お前は、寂しいンだろ」
「……寂しいって言ったら、行かないでくれるの?」
「そら無理だなァ」

ハッ、と息を吐いて笑われる。こんな困らせるような、可愛くないことが言いたいんじゃないのになと小さく溜息が漏れる。
何も言えず俯いていると、繋いでいない方の荒北の手が、私の額を優しく小突いた。

「でもお前は、言ってイイかんね」
「は?」
「言えよ、寂しいときは寂しいって。そしたらオレ、会いに来るから」

さすがに毎回は無理だけどォ、と付け加えるあたり、荒北らしいなと思う。冗談でも慰めでもなく、本気で会いに来てくれるつもりなのだろう。

「何も変わンねーよ。オレはお前のこと好きだし、お前だってオレのこと大好きじゃん」
「……何で荒北は、大好き、じゃないの」
「あーあーごめんネ、オレも大好きだよ!……だから、大丈夫だろ。その気持ちさえあれば、また傍に居られる日がちゃんと来るって」

普段、好きなんて絶対に言わないくせに。こんな時に、何でそんなに素直に言ってくれちゃってるの。
ずっと心の奥の方にとどめていた感情が一気に溢れ出して、卒業式の最中でさえ出なかった涙が、今になって溢れ出てきてしまった。

「あーあ、泣くなヨ。寮での写真撮影大会、ブス顔で写ることになるぞ」
「うっさい、誰のせいよ」
「オレのせいかよ」

後頭部を大きな手のひらで掴まれて、そのまま荒北の胸元に抱き寄せられる。それによって、また更に涙が溢れる。

お世話になった先生、バカやって笑い合える友達、大好きな彼。
ここに来れば、会えたんだ。叱られたり、傷付け合ったり、喧嘩したりして、顔を合わせたくない日があっても関係無く。
会いたくなくても会っていたのに、これからは、会おうとしなくちゃ会えないなんて。悪い冗談みたいだね、って、昨日までなら笑えていたのに。

繋いだままの骨張った手を見て、これが当たり前ではなくなるんだなと思うと、胸の奥がきゅうっと痛んだ。
離したくも離れたくもないけれど、抗うことはできない。とすれば、それ以上離れることがないように、想いを繋いでいくだけだ。
不器用な上に、約束の要らない毎日を過ごしていた私たちが、一体どこまで上手に出来るかわからないけれど。

「……4年間、長いだろうなぁ」
「バカ言え。その先何十年って一緒に居られると思えば、あっと言う間だろーが」
「……何それ、プロポーズ?」
「ッセ、洟垂れてンぞブス」



君と一緒なら、頑張りたいって思えるよ


ひねくれてるけど、恥ずかしいことさらっと言ったりする。ギルティ。
15.03.01

第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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