「小鞠ちゃん!」
「あ、新名先輩、こんにちは」

部室に入ると、小鞠ちゃんが居た。地図が貼られたホワイトボードを指でなぞりながら、こちらを振り向く。
今日は土曜日。我が自転車競技部は、冬は部活の日数がぐんと減る。今日だって本来はお休みだ。
と言っても、雪さえ降らなければこうやって走るために集まってしまうのが、自転車バカたちの性らしい。
さすがに朝からは寒いので、お昼の数時間を練習に充てている。

「今日は自主練だから、マネージャーはお休みだと思ってました」
「うん、お休みもらってたんやけどね、でも、みんな走りに来るやろうから。チョコ、持ってきたんよ」

月曜日の部活の時に渡しても良かったのだけど、せっかくなら当日にと思って持ってきたのだ。
平日よりも早起きする土曜日は、レースの無い冬には珍しいことだし、朝からカップケーキを焼いたのなんて初めてだ。

「今日は市街地まで走るんよね?」
「そうですね、いつもより長めに走るって御堂筋先輩が言ってました」
「遠出やと疲れるかなって思って。帰ってきたら、これ食べて?」

そう言って、少し小さめに作ったチョコレートのカップケーキを差し出す。透明のラッピング袋ががさりと音を立て、意味も無く緊張した。
ちらりと小鞠ちゃんの表情を窺うと、珍しくきょとんとして私の手元を見つめている。

「ど、どうかした?」
「……いえ。新名さん、お菓子とか作れるんですね」
「失礼な!」
「すみません、合宿のとき、料理がからっきしだったので。バレンタインはチロルチョコとかで済ませそうだなと思ってました」

口元に手を当ててくすくすと小さく笑う小鞠ちゃんは本当にびっくりするくらい上品なのだけど、わりと酷いことを言われている。
そりゃあ確かに料理はからっきしだし要領も手際も途端に悪くなるけれど、はっきり言われるとそれなりに傷付く。

「新名さん」
「ん?」
「すみません、ボク、それ要らないです」

その言葉に、後頭部をがつんと殴られたみたいな衝撃を食らった。
料理に対する発言で落ち込んでいたから、尚更ひどい衝撃だったのかも知れない。

「……え、えと、あ、味なら大丈夫やよ?あの、自分でも食べたし、家族にも、」
「あぁ、ごめんなさい、そうじゃないんです」

ゆっくり二度、左右に首を振る。小鞠ちゃんの水色の髪がやわらかく揺れて、こんなときでさえ綺麗だなと思ってしまう。

「要らない、というか、受け取れない、が正しいかも知れませんね」

彼の言葉を受けて、頭の中に浮かぶのは疑問符ばかりだ。そのふたつに一体どういう違いがあるというのか。渡す側の私にはわからない。
小鞠ちゃんが小さくくすりと笑って、距離を縮めてくる。シューズの金具の音が、やけに響いて聞こえる。

「ボクのことを、小鞠ちゃん、って呼ぶ新名先輩からは、受け取れないです」
「……そう呼ばれるのが、嫌やっていうこと?」
「いえ、嬉しいですよ。親しみを込めて呼んでくださってるんだろうなって思いますし」

ますます意味がわからない。疑問符が浮かびすぎた脳内は、ほとんど真っ黒状態だ。

「ちゃん付けで呼ばれるのは嫌ではないですし、ボクの手や髪を綺麗だと褒めてくれるのも嬉しいです」
「……せやったら、」
「―――けど残念ながら、ボク、男なんですよね」

腰を屈めて顔を近付けられ、身体がびくっとなったところに言葉が投げ掛けられる。驚くほど低い声で。

「先輩、ちゃんとボクのこと、男として見てくれてますか?」
「こ、小鞠ちゃん……?」
「受け取れないって言ったのは、そういうことです」
「あ、あのね、」
「新名先輩に限っては、本命じゃないチョコなら、要らないんですよ」

言葉を紡ぐことを許されないまま彼が放った言葉に、チョコを拒まれたときよりも強い衝撃を受ける。
理解が追い付かない。疑問符が埋まって真っ黒だった脳内は、今や真っ白と化している。

「朝から作ってたんですね、カップケーキ」

小鞠ちゃんの綺麗な指先が私の髪を一束するりと持ち上げて、そのまま彼の鼻先に近付けられる。

「甘い香り、しみついてますよ」

そう呟いた彼とばっちり視線が絡んで、自分でもわかるくらいに頬が上気した。
そんな私の反応を見て、彼はやっぱり小さくくすっと笑って、髪を指先からふわりと放した。

「そうやって、少しずつボクのこと意識してください」

真っ赤になっているであろう私の頬を一撫ですると、ベンチに置いてあったタオルを持って部室から出て行ってしまった。
魔法が解けたみたいに身体から力が抜けて、ぺたんと床に座り込む。何だあれ、反則だ。
突然背後のドアが音を立て、小鞠ちゃんが戻ってきたのかと思いびくっと肩を揺らして振り向くと、そこに居たのは彼ではなかった。

「うわ、何しとんの」
「御堂筋くん……」
「小鞠が出てきたから、話終わったと思ったんやけど……、渡したんちゃうんか」

私の手に握られたままのカップケーキを一瞥して、御堂筋くんは首を傾げる。
彼は当然のように私の想いを見抜いているし、その上で今まで気を利かせて部室に入らないでいてくれたのだろう。
どう答えていいものかわからずに俯いていると、彼は溜息を吐いてロッカーに向かう。

「……ねぇ、御堂筋くん」
「なん」
「小鞠ちゃん、男の子やった」
「……男やから、好きになったんちゃうの」
「そうやけど、そうやなくて……。知らない、男の子みたいやった」

びっくりした。私が知っている小鞠ちゃんは、上品で優しくてにこにこしてて、細かいことにもよく気が付く、綺麗な顔立ちの男の子だった。
あんな、微笑んでいるのにちゃんと男の子の表情を浮かべて、やわらかいのにはっきりとした低い声で喋る彼は、初めてだ。

「嫌いになったん、小鞠のこと」
「ち、違うよ!びっくりしただけで、ちゃんと、変わらず好きやし、むしろ、……」
「……キミらが何を話してたんか知らんから、ようわからんけど。まぁとりあえず、アレや、新名さん」
「何?」

ロッカーをばたんと閉めた御堂筋くんが、ひとつ溜息を吐いて私を見下ろす。

「その続き、後ろに居る本人に言うたらええと思うで」



最強エースの最上アシスト


積極的に御堂筋を絡めていくスタイル。
15.02.14

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