鳴子くんからデートのお誘いがきたのは、朝のこと。
家族がみんな出掛けてて留守番を任されているし、箱根駅伝を観たいと言って断ると、「そっち行く」と返事がきた。
こたつに入ってお茶を飲みながら駅伝を観ていると、チャイムがけたたましく連打される。

「こんにちはー!新名の大好きな鳴子章吉くんのお出ましやでー!」
「はいはい、出ます出ますっ!」

ただでさえ大きい声を張り上げて、なんて恥ずかしいことを言うんだ。ご近所に響く。
駆け足で玄関に向かいドアを開けると、にーっと満足そうな笑顔を浮かべた鳴子くんが立っていた。

「明けましておめでとさん」
「おめでとうございます……」
「何や、疲れた顔して」
「誰のせいだと……!」
「いやー、駅伝理由にデート断られたから、ちょっとお仕置きしたろ思ってな」
「……箱根駅伝は1年に1回しか無いもん」
「ワイと過ごせる1月2日も、1年に1回しか無いで?」

ぐ、と言葉に詰まると、頭をがしがし撫でられ、額同士をこつんと当てられる。
終業式以降にも一度会ったはずなのに、鳴子くんのお気に入りの整髪料の香りが既に懐かしく感じる。

「なぁ、唯ちゃーん?」
「……はい」
「少しでも一緒に居りたいと思ってんの、ワイだけかなぁー?」

冗談っぽい声色で言われた言葉に慌ててぶんぶん首を振ると、「素直でよろしい」と八重歯を覗かせて笑う。
軽く腕を引いて鳴子くんを家の中に招き入れる。自転車で来た彼の服は、ずいぶんと冷たい。

「この時季のチャリはやっぱアカンなぁ。どこもかしこも冷たなるわ」
「早くこたつ入って暖かくしよ」
「ん。あ、昼飯まだやろ?これ持たされてん。ちょっと早いけど食べようや」
「なぁに?」
「おでん。作りすぎたんやって」

渡された紙袋の中を覗くと、大きめの容器が二つ。それから、お菓子も少し入っていた。
私の好きなお菓子ばかりだから、これはきっと鳴子くんが選んだものなのだろう。こういう小さな気遣いが上手だなと改めて思う。

「ありがとう、温めるね。先にこたつ入ってて?」
「ん、おおきに」

容器ごとレンジで温めてお皿に移すと、出汁のいい香りが部屋に広がる。
温かいお茶と、お昼に食べようと思っていたおせちの残りをお盆に並べると、結構な量になった。彼ならぺろりと平らげてしまうのだろうけど。
リビングまで運ぶと鳴子くんが自分の隣をぽんぽんと叩くので、素直に従って隣に座ることにする。

「おぉ、なんや豪華になっとる」
「お正月の余りものですが」
「美味そう、早よ食べようや」
「じゃあ、手を合わせてくださーい」
「はいなー」
「いただきます」
「いただきまーす」

駅伝は中盤を過ぎていた。めまぐるしい展開に何度か箸が止まり、その度に鳴子くんから呆れたように笑われた。
終盤に差し掛かった頃には、お皿の上はすっかり綺麗になくなっていた。再度一緒に手を合わせて「ごちそうさまでした」と言う。
こたつの暖かさと、食べ物の温かさと、いい感じの満腹加減に思わず欠伸が出てしまう。

「眠いんか」
「ちょっと」
「こっからがええとこちゃうん」
「そうだね、がんばる……」
「ふは、眠そうな声。横になったら一発で落ちるな」

反論できない。だいたい、こたつで横になったら満腹じゃなくても寝てしまう自信がある。
いっそこたつから出てしまおうかと考えていると、鳴子くんが先にこたつから出てしまった。そのまま私の背後に座り、後ろから抱きしめられる。

「……何?」
「横になってしまわんように、ストッパーになったろかなって」
「……寒くないの」
「新名の体温が高いから平気や。脚だけ入れさして」

そう言うと両脚を伸ばしてこたつに入ってくる。完全に鳴子くんに固定されてしまって、確かに横になれない。
けど、これはこれで座椅子みたいで居心地好くて寝てしまいそうだ。そう言ったら離れられてしまうだろうか。

「この体勢だと、テレビ見えないんじゃない?」
「見えるわアホ。どんだけチビやと思てんねん」
「痛い!」

後頭部に加減なく頭突きをかまされ、痛みによって少し目が覚める。もう少し優しいやり方は無いものか。
暫くテレビに集中していると、肩口に鳴子くんの頭がこてんと乗せられる。

「眠いの?」
「……いや、眠くはあらへんけど」
「駅伝、もう終盤だよ」
「……ん、わかるで。昨年のやつ、嫌というほど観たし」

あ、と声にならない声が漏れた。
そうだ、馬鹿か私は。嫌というほど観た、なんてものじゃない。彼は、佳境に入ったこのコースをなぞるように走ったのだった。
思い出させてしまっただろうか。総合優勝という栄光のために、ゴールを見ることを諦めたあの夏の痛みを。
そう不安になった矢先、こちらの気が抜けるほど大きな溜息と「あーあ」という不機嫌そうな声が発された。

「もうあんな山道走りたないなぁ、どえらい目に遭うたし」
「……うん?」
「今年はもうちょっと、平坦道メインのコースやとええなぁ。そしたら去年より目立ったるんや、絶対に!」
「あぁそう……」
「駅伝終わって、新名の家族が帰ってきたら、宮参り行こうや。神様に平坦道コースお願いしとかんとな」
「……平坦道ばっかりじゃ、小野田くんとかキツイんじゃないの」
「ワイが引いたるから大丈夫やって!」

自信たっぷりにそんなことを言われ、思わず吹き出してしまう。
多分、色々思い出してしまったに違いない。それでも心配かけまいと、明るく振る舞うことが出来る彼は、本当に優しい。
ケータイに手を伸ばし、鳴子くんに体重を預けて、初売りに出掛けた家族に早めの帰宅をお願いするメールを打つ。
千葉で初めて年越しした彼に、ここらへんで一番大きな神社に案内してあげなくては。大願成就の神様は、どこの神社だっただろう。

「……なぁ、新名」
「んー?」
「1位、ゴールしとるで」
「え!?」



同じ願い事を並べに行こう


アニメの鳴子劇場回が近付いているという事実だけでじたばたしてます。
15.01.05

「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -