寒い、とんでもなく寒い。推薦で大学が既に決まり、暇だからと短期バイトに飛びついたものの、とても寒い。
クリスマスケーキ販売を、まさか店舗の外でやるとは思わなかった。しかも、こんな浮かれた格好で。
隣で同じ格好をした大学生のお姉さんも寒そうだ。彼女はここでバイトを始めて随分経つらしい。

「ミニスカサンタって、どうなんですか……」
「まぁ、今どきコスプレも珍しくないとは言え、ちょっとね」
「毎年こんなんなんですか」
「そうね、去年もやったわね」
「面接の時に言って欲しかったです……!」
「ごめんごめん、でも時給は上がるよ」

その一言で反論する気が失せてしまった。現金なものだ。だって高校生だし。
しかし寒い。ポケットにホッカイロを忍ばせてはいるものの、接客する立場で終始ポケットに手を突っ込んでいるわけにはいかない。
タイツを穿いてるけれどミニスカだから勿論脚は冷えるし、首元もがら空きで寒い。
今日は24日。身体を動かしていた方が暖かいから、お客様が多いのはとても有り難かった。
お客様が途絶え、ケーキの箱を綺麗に並べ直していると、「新名?」とよく知った声が耳に届いた。

「東堂!」
「何だ、その浮かれた格好は」
「うるさいな、浮かれた日なんだからいいでしょ」
「冗談だよ、よく似合っている」
「……あんまり嬉しくないな」

私の隣に居る大学生の存在に気が付くと、東堂はやわらかい笑顔を向けて丁寧にお辞儀をした。
こういう垣間見える育ちの良さも、女子を惹き付ける要素なのだろうなと一人で小さく頷く。
実家のお遣いで来たという東堂が財布から出した予約紙の控えを受け取り、書かれている通りのケーキを準備する。

「しかし、やたら寒そうだな。マフラーくらいしたらどうなんだ」
「んー、私のマフラー、青色のチェックなんだよねぇ。サンタ服には合わないかなって思って」
「……妙なところにこだわるのだな、新名は」

そう言って怪訝な顔をされたけれど、妙なこだわりは東堂のカチューシャも同じではないだろうか。帽子で見えないけれど、きっと今もしているはずだ。
お金を受け取りケーキの箱を差し出すと、東堂がちらりと携帯電話を確認した。

「新名、まだしばらくここに居るか?」
「え、うん」
「じゃあ、ちょっと待ってろ」
「は!?ちょ、ケーキ!」
「すぐ戻る!」

何なんだ、一体。走っていった彼の後ろ姿は、すぐに人混みの中に消えていってしまった。
置き去りにされたケーキの箱をとりあえず自分の後ろに移動させると、バイトの先輩が「カッコいいひとだったね」と言ってきた。

「彼氏?」
「クラスメイトです」
「そうなんだ。モテるでしょ、彼」
「ええ、まぁ、気持ち悪いくらいにモテますねぇ……」

何せ、ファンクラブまである。女子が騒ぎ立てるから、校内を歩いていると東堂が居る場所は直ぐにわかるほどに人気だ。
そりゃあ綺麗な顔立ちではあるし、分け隔てなく優しいからモテるのも納得いくけど、ファンクラブとはいかがなものか。
そんな思考を「あ、戻ってきたよ」という彼女の声に止められた。顔を上げると、少しだけ早足でこちらに向かってくる東堂が見える。

「新名、お待たせ」
「おかえ、り……っ?」

首元にふわりとやわらかくあたたかな感触。思わず閉じてしまった目をゆっくり開くと、白いマフラーを巻かれていた。

「え、な、何……」
「いくら受験が終わっていても、風邪をひいてはいかんからな。ただでさえ女性は冷えやすいのだろう?姉がよく言っている」
「……どうしたの、これ」
「そこで買ってきた。包装も無しに申し訳ないが、プレゼントだ」

少しゆるめの結び目を後ろに作るように巻かれ、変わった巻き方をするんだなとどうでもいいことが頭を過る。

「うむ、赤がいいかと思ったが、やはり白の方が可憐でいいな」
「可憐て……」
「可愛らしいという意味だ」
「……意味を訊いたわけじゃないんですが」

ふわふわのマフラーはすぐに暖かさをもたらしてくれた。グロスが付かないように少しだけ指で下げて、口を開く。

「私、何も用意してない」
「当然だろう。オレだって急遽買ってきたんだ」
「そうだけど……、でも、何かお返し、したい」
「別に気にしなくていいんだが……。オレとしては、サンタクロースにプレゼントを贈るという貴重な体験も出来たし」
「……本物じゃないけどね」
「そうだな。まぁ、でも」

一拍置いて東堂が少し距離を詰め、私の耳元に顔を近付ける。ぴくりと私が肩を揺らしたと同時、聞き慣れない低い小さな声が、それでも確かに届いた。

「好きな女の子のサンタ姿っていうのは、オレにとって充分なクリスマスプレゼントだよ」
「…………っ!?」

理解するのに、時間を要した。東堂の顔は近いままだし、だけど顔は見えないし、何だかとても恥ずかしい。
何か声を掛けなければと思った矢先、東堂のケータイが軽快な着信音を響かせた。
私に背を向け数回言葉を交わすと、ケータイをぱこんと閉じ振り返る。

「実家からだ。ケーキを待ち侘びているようだから、帰らなければ」
「あ、うん……、気を付けて、ね」
「新名もな。終わったらちゃんと温かいものを摂るのだぞ。帰ったらお風呂で暖まって、ちゃんと髪は乾か」
「わかった!わかったから!」

人通りの多い場所でなんて恥ずかしい奴だ。バイトの先輩もくすくす笑っている。
「じゃあ」と手を振る東堂に手を振り返そうとして、先程の言葉をゆっくり思い出す。ここで触れなければ、このまま無かったことになるのかな。
―――それは、嫌だな。

「……東堂!」
「ん?」
「あの、バイト終わったら、メール、していい?ちょっと遅くなる、けど……」
「……ん、大丈夫だ、待ってる」

ケータイを顔の高さまで上げて、少し揺らして見せる。ストラップにイルミネーションが反射して、きらきら光る。
どこまでも格好付けたがりな奴め。あんなのを好きだと思うなんて、どうかしてる。
それでも、東堂の背中を見送り、マフラーのおかげだけではない熱を抱えて、彼の明日の予定が空いているといいなと密かに思った。



聖なる夜、サンタクロースは恋に落ちる


うちの東堂さん、すぐ物で釣ろうとするー。
14.12.21

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