身体が重い。芯から熱いのに、めっちゃ寒い。声を出すのもやっとな程きつい風邪をひいたんは、久々かも知らん。
ずっと部活三昧な日々やったのに、引退してからというもの勉強三昧な日々に早変わり。身体動かさんようなって、免疫力落ちたんやろか。
当然、今日は学校を休んだ。午前中行った病院でもらった薬をさっき飲んだからか、少し眠たくなる。
視界に入った時計は午後3時をさしている。6限が始まるなぁと思いながら寝返りをうち、ゆっくり瞼を閉じた。



額のひんやりとした感触に、肩がぴくりと跳ねる。身動ぎしながら目を開けると、蛍光灯の眩しさが直撃した。

「んん……」
「あ、起きた?おはよう、光太郎」
「唯……?」

声の方に視線を向けると、幼馴染兼恋人の唯が居た。手元の洗面器に入った氷水がからからと音を立てる。
額に手を当てると濡れタオルが置かれていた。替えられたばっかりのようで、ひやっこくてえらい気持ちええ。

「冷えピタ切れとったから、タオルに変えたで。買うてきたらよかったなぁ」
「いや、ええよ、おおきに……」
「うわ、声がらがらやな、水飲みぃ。汗かいとるし、ポカリのがええかな」
「んん……冷えとるんやったらどっちでもええ……」

タオルをおさえつつ身体を起こすと、背中を支えながらポカリを手渡される。いつも世話を焼いてるのは俺の方やから、何か変な感じがする。
だいぶ身体が渇いていたのか、半分ほど一気に飲み干した。窓を見ると、昼間は開けていたはずのカーテンが閉められている。時計を見ると、7時前。

「……だいぶ寝てたんやな、オレ」
「そやね、夕方メールしたけど返ってきいひんかったし」
「え、ほんま?堪忍なぁ、ぐっすりやったわ」
「ええよぉ、風邪ひいたときは寝るのが一番の薬やもん」

そう言いながら俺の頭をふんわりと撫でる。……なんや、甘やかされとる。普段撫でられることなんか無い分、何だか照れる。
それでも拒むことなく手のひらを受け入れていると、「ああ、そうや」と俺から離れて鞄をごそごそ探り始めた。

「井原くんがな、プリント渡しといてくれって。うちのクラスまで来てくれたんよ。机に置いとくで?」
「あぁ、おおきに……、それで見舞い来たんか」
「んーん、もともと来るつもりやったよ。朝、ごみ出しの時におばちゃんに会うてな、うちのバカが風邪ひいたわー言うてて」
「ひどいな」
「ふふ、それでな、おばちゃんもおじちゃんも帰るの遅い言うから、せやったらうちが面倒見とくーって話したんやけど。聞いてへんの?」
「知らん……、朝はもっときつかったし、憶えてへんだけかもやけど」

病院に向かう車の中で、おかんがえらい喋りよったけど、内容はほとんど覚えてへん。その時に話しとったんやろか。
久々の風邪やったせいか、朝はとにかく意識が朦朧としとった。唯に休むことをメールしようかと思うたけど、画面はぼやけ指は震え、それどころやなかった。
ずっと額のタオルをおさえていた手に、唯の手が触れる。タオルを退けて額に直接触れて熱を測っているようやった。

「手もおでこもまだ熱いなぁ。汗もすごいし。着替える?」
「そやな、べたついとるし……」

枕元には新しいタオルとジャージが置いてあった。おかんが用意しとってくれたらしい。身体を拭こうとタオルへ伸ばした手は、静かに唯に制された。

「上だけ脱ぎ、汗拭いたげるわ」
「え、ええよ、自分でやる」
「ええから、ね?」

ほとんど強引にタオルを奪われ、仕方なくシャツを脱ぐ。汗を吸ったシャツは重くなっていた。それを床に置くと唯が膝立ちでベッドに上がってくる。
何や、この状況。別にベッドに二人で乗るのも肌に触れられるのも初めてやないけど、俺だけ服を脱いでいる状況は初めてなわけで、妙に気恥ずかしい。
向かい合ったままタオルで俺の首筋から肩をゆっくりと拭く。制服のリボンが目の前で揺れ、小さい頃から知ってる、唯ん家の洗剤の香りが鼻孔を擽る。
それにくわえて、最近お気に入りらしいシャンプーの、柑橘系の香りが漂う。眩暈がしそうや。これも風邪のせいやろか。

「う、わ」
「ん……」
「……光太郎?どないしたん、きつい?」

いきなり肩口に顔を埋めてきた俺に、唯があからさまに戸惑う。ほとんど初めてやからな、こんなん。いつも、俺が唯を胸元に抱きしめてばっかりやから。
右手を彼女の膝裏に、左手を腰にまわすと、俺が体調の悪化で身体を預けたわけやないと察したらしい。浅く溜息を吐き、諦めたように身体の力を抜いた。

「ごはん、どうしようか。お粥さんにする?おうどんもええなぁ」
「……うどんがええな」
「卵落とす?」
「ん」

晩飯決めながら、タオルを持った唯の手がぽんぽんと緩やかなリズムで俺の背中をたたく。そしてもう片方の手は、当然のように頭を撫でられる。
まるで子どもをあやすような手つきがくすぐったく、それでいてどこか心地好くもあり、なかなか離れることが出来ひん。
背中の汗を軽くタオルで拭いながらも、唯はずっと頭を撫でてくれた。しばらくそうしていると、ぽんぽんとたたかれ名前を呼ばれる。

「おうどん作ってくるけど、大丈夫?」
「ん……」
「こっちに持って来た方がええよな」
「……いや、そっち行くわ。唯も晩飯まだやろ、一緒食べようや」
「そう?じゃあお呼ばれしよー」

ふふ、と楽しそうな笑い声につられて、ようやく顔を上げる。目が合うと少し力を入れて頭を撫でられた。気恥ずかしいんはお互い様やったらしい。

「じゃあ向こう居るから、着替えてからゆっくりおいで」

タオルを俺の首に掛けて、ベッドを軋ませながら唯が離れる。あ、と思った時には遅く、俺は彼女の制服の裾を掴んでいた。
きょとんとした表情で唯が振り返るけど、自分でも何で引き止めたのかわからず、言葉が出ない。

「光太郎?」
「あー……、火傷とか、気ィ付けるんやで」
「大丈夫やよ、心配性やなぁ」

言いたいんはそんなことやない気がするけど、まぁええかと制服から手を離す。しかし唯は部屋を出ずに、再度俺に近付きふわりと微笑んだ。

「心配せんでも、とびきり美味しいの作ったげるよ」

言い終わるのとほとんど同時に、額に唯の唇が触れる。初めてのことに、肩が跳ねる。

「唇は風邪が治るまで、我慢、やで?」
「……任せぇ、オレの得意分野や」
「ん、ええ子やね」

そう言って頭を優しく撫でられ、唯は今度こそ部屋を後にした。扉がぱたんと音を立てたのを聞き、ベッドに倒れ込む。
風邪のせいだけやない頬の赤らみを誰に見られてるわけでもないのに両手で覆い隠す。

「……これは、あかんやろ」

風邪が10分で治る薬とか無いやろか。これは、ほんまにあかんやつや。何してんねん、俺。
体調崩すと精神的にも弱くなるとかいうけど、ありえへんと思とった。いつも出来ることが出来ない歯痒さはあれど、不安になるとか、そんなことありえへんって。

「あぁー……もう……」

全部全部、風邪なんかひいたせいや。身体を預けてしまったのも、引き止めてしまったのも、頬が赤らんだのも、全部。
やって、ありえへんやろ。帰るわけでもなくただ台所に向かうだけの彼女を見て、寂しいとか、そんなん思ってしもたなんて。

風邪が治れば、元通りになるやろか。抱きしめられるよりも抱きしめることのほうが心地好いと、思い直せるやろか。
ひとまず早いとこ風邪を治さなければ。何なら、彼女に風邪をうつしてしまおうか。そしたらきっと立場は元通りになるな、なんて、ぼんやりとした頭で考えた。



熱に浮かされただけのこと

(甘やかされるのがクセになってしまわないうちに、早く存分に君を甘やかしたい)


「あれはリップサービスや!」の石垣くん可愛すぎて、照れさせたくて仕方ないんです。
14.09.23

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