「キミィは何でそないに馬鹿なん?脳味噌溶けとんのとちゃう?」
「いやもうほんま、返す言葉もございません……」

放課後の教室、私は御堂筋くんとふたり向かい合い、先程からつらつらと発される罵声を浴びている。

事の始まりは、30分前。
ホームルームが終わり、英語の中間テストが悲惨な結果やった私は職員室に呼び出されお説教を食らっていた。
授業はちゃんと聞いとるし、他の教科はそこまで悪いわけやない。良いとは言えへんけど、ともかく、英語だけが悲惨なのである。
誰にだって苦手教科はあるし、赤点の一つくらい見逃してほしいなぁとぼんやり考えながら、先生の言葉を聞き入れる振りをして聞き流す。
だらだらと続いたお説教が終わり、居残ってプリントをやれと命じられたところに、日誌を持った御堂筋くんが現れた。
そういや日直やったな、と思いながら視界の端で追っていると、先生の目も御堂筋くんを捉えてしまった。まぁ、背高いから目立つしな。
そしてあろうことか先生は御堂筋くんを呼び止め、私に英語を教えるように命じたのである。

「とばっちりもええとこや、何やのほんま」

教室に戻る途中、廊下では先生以上の小言のオンパレードやった。私も申し訳なさでいっぱいで、ひたすら謝り倒す。
明日まで部室棟の改修工事で運動部は休みなんやけど、彼は家に帰って自主練をするつもりやったらしい。ますます申し訳ない。
学年1位の御堂筋くんに教えてもらえるなら私としては心強いが、彼にとっては迷惑でしかないやろうと思う。
それでも「一人でやるから」と申し出た私に、「引き受けてもうたから、やらなアカン」と、彼は変なところで律儀な頑固者なのであった。
そして、冒頭に至る。

「こない簡単な文章も訳せへんのに、一人でやるとか言いよったん?ぜーったい無理やわ、終わらんよ」
「ゆ、ゆっくりでええのやったら終わるよー」
「キミのペースに付き合わせる気ィなん?ボクゥ、そないに優しゅうないで」

御堂筋くんって普段あまり喋っているところを見いひんのやけど、口を開くとこうなるのか。
間延びした喋り方やのにテンポが速くて、心なしか楽しげに罵声を発している気がする。Sなんやろか、怖い。

「新名さん、そこ、スペル間違うてるで」
「え……え?」
「頭に加えて耳も悪いん?スペル間違うてるー言うとんのや。あ、スペルってわかるかなァ?」
「わかるわ!バカにしすぎやろ!そうやなくてっ」
「何やの」
「……名前、知ってたんやと思て、びっくりした」

多分、会話を交わしたのは挨拶含めて数回。ほとんど喋ってるところを見たことないし、クラスメイトの顔はともかく、名前まで覚えてるとは意外やった。
私がぽつりとこぼした言葉に、御堂筋くんは眉を顰めて見せる。

「クラスの子ォの名前くらい覚えとるわ。キミこそボクのこと馬鹿にしとるんちゃう」
「はい、すみません……」
「早よスペル直しィや。わからんのやったら、教科書56ページ見たらええで」

……何でページ数まで覚えとるんやろう。頭良すぎて引いてまう。
スペルがわからないので、言われた通り教科書を開く。Rがひとつ抜けていることがわかり書き直していると、御堂筋くんが溜息を吐いた。

「アンダーライン、引きすぎやろ」

確かに私の教科書には、線がいっぱい引いてある。授業中に先生がポイントだと言ったところや、引っ掛かりそうだなと思ったところ。苦手な分、要点だらけである。

「あんまり引きすぎると、どこ見てええかわからんようなるで」
「ああ、確かに……。まぁ、引いても引かんでも、どこ見てええかわからんのやけども」
「ほんっま馬鹿なんやなぁ」
「ええ、どうせバカですー」
「教科書なんてなぁ、大事なことしか書いてへんのやから、線とか引っ張らずに全部覚えたらええねん」

……何やの、その暴論。頭のええひとって、皆こんなぶっ飛んだ考え方をしはるんやろか。

「うちはなぁ、御堂筋くんみたいな、規格外な脳味噌やないの!」
「新名さんの脳味噌もある意味規格外やと思うで」
「ぐ……!」
「本気で勉強する気あるんなら、教科書やなくてノート汚しィな。書いた方が覚えるやろ」

そう言って私が傍らに置いていたノートをぱらぱらと捲る。落書きとかしていなかっただろうか。ノートは綺麗にとっているつもりだけど、変に緊張する。
それでも私が黙々と教科書片手にプリントを進めていると、御堂筋くんは鞄から自分のペンケースを取り出して赤ペンと付箋を取り出し何か書いている。

「……何か、間違ってた?」
「ちゃう。先生が板書せんと口で説明したこと書いただけや。わりと大事なことやったからな、あとで見て覚えときィ」

そう言って几帳面そうな文字が並んだ黄色い付箋をぺたりと貼り付けられた。

「直接書き込んでくれてよかったのに」
「……せっかく綺麗にノートまとめとるからな。付箋やったら、覚えたら剥がせばええし」

これも一種の勉強法や、と付箋を揺らして見せ、ペンケースの中に片付ける。
なんだか一瞬、目の奥がチカッとして、指先がピリッと痺れたような気がした。バカな私には、それが何かわからなかったけれど。

「……嬉しい、ありがとう」
「別に大したことしてへんよ」
「いや、褒めてくれはったから」
「ハァ?言うとくけど、ノートだけ綺麗にまとめても意味無いんやで?書いても、読んでも、テストの時に思い出しひんのなら、ぜーんぶ無駄なんやよ?」

無駄、の部分を、本当に無駄に強調されてしまった。正論すぎて何も言い返せない。
それからも間違いを正してもらい、丁寧な補足説明もしてもらい、プリントを仕上げるまで、1時間も掛からなかったと思う。
私としてはこんなに早く終わると思ってなくてびっくりしたけど、時計を見て「……うわ」と呟いた御堂筋くんは、別の意味でびっくりしたのかも知れへん。

「ありがとう、御堂筋くん。助かったわ」
「そら良かったな、ボクは一個もええことあらへんけど」
「そやな……、ごめんね」
「まぁ部活無い日ィで良かったわ。あとは一人で大丈夫やろ、ボクもう帰るで」
「うん、本当にありがとう、また明日ね」
「ん、お疲れさん」

鞄を肩に掛け、手をひらひら振る後ろ姿を見て、また指先が痺れるような感覚が走った。と同時、無意識に彼を呼び止めてしまった。
不可思議そうな表情で振り返った御堂筋くんを見て一瞬しまったと思ったけれど、このまま終わるのは惜しいと思ったのだ。

「き、期末前にさ、また英語教えてもらえへん、かな……?御堂筋くん、ポイント押さえてくれはるからわかりやすいし!」
「ハァ?」

やっぱり図々しかったやろか。部活とか、忙しそうやもんな。髪をくしゃっと乱しながら溜息を吐いた御堂筋くんの姿に、更に後悔を募らせる。
罵声を浴びる心の準備をしかかったところに、御堂筋くんの呆れたような声が重なった。

「期末でええ点取りたかったら、その“テスト勉強はテスト前だけする”って考えは直した方がええよ」
「……へ?」
「わからんとこ出てきたら、その都度ボクのとこ訊きおいで。暇やったら教えたるわ」

意外すぎた言葉に呆気にとられていると「ほなね」とまた手をひらひらさせて教室を出て行ってしまった。
はっと我に返り廊下の窓を開け、彼の背中に「ありがとう」と叫ぶと「叫ばんでも聞こえるわ阿呆」と睨まれたけれど、私は嬉しくて仕方なかった。

その日から期末までの間、私は御堂筋くんの厚意に甘えて、わからない箇所がある度に、罵声と解説を受けに彼のもとへ行った。
家で勉強することも増えた。わからないところをすぐに訊きに行けないのは不便やけど、そういうときは彼がノートに貼った付箋を見てみるのだ。
そうすると、何故かがんばろうと思えたから。馬鹿やと罵る声や付箋を貼る長い指を思い出して、何故か集中力が途切れたりもしたけれど。

そうやって付箋がすっかりくたびれてしまった頃、そんな付箋をなかなか捨てられない自分に気付き、やっと恋心を自覚したのだった。



Fall in love with you!

(期末で平均点超えたら、ありがとうの言葉と一緒に伝えてしまおうか)


「教科書なんてなぁ、〜」の台詞は、某インテリ芸人さんの言葉から拝借しました。
14.09.15

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