「ごめんな、終わるの遅くなって」 「ううん、部活お疲れさま」 土曜日の午後、部活が終わって帰宅したという電話を受け、約束通りすぐさま純太の家へ向かった。おうちのひとは出掛けているらしい。 帰宅してすぐにシャワーを浴びたのだろう、まだ少し湿った髪はどこか色っぽさを帯びている。 「先に部屋に行ってろ」と促され、もう何度も訪れている彼の部屋の扉を開ける。相変わらず自転車関係のものが多い部屋だ。 床にぺたりと座り、男の子らしく乱雑に積み重ねられた漫画を整えていると、足音と共に甘い香りが近付いてくる。 「お待たせ。はい、唯の分な」 「ありがとう」 隣に腰をおろしながら純太に差し出されたのは、私の大好きなキャラクターが描かれたマグカップ。 誕生日に、彼のお母さんがプレゼントしてくれた物だ。「家に置いておくから、いつでも遊びにおいでね」と、最高に嬉しい言葉を添えて。 「ミルクティーだぁ」 「ん、お菓子も持ってきたから、あんまり甘くしてないぜ」 なんて気が利く彼氏なんだろう。いただきます、と呟き甘い香りに誘われるようにマグカップに口を付ける。 美味しい、とほとんど無意識に言葉を漏らすと、純太は満足そうに笑った。 純太は、飲み物を淹れるのがとても上手だ。道具や茶葉にこだわっているわけでもないのに、とても美味しい。 インスタントのコーヒーだろうが、ティーバッグの紅茶だろうが、美味しく淹れてしまう。 手順を眺めても、私と大して変わらないように見えるのに、出来上がるものは全然違う。勿論、私が下手とかいうんじゃなくて。 「純太が淹れるミルクティーが一番美味しい」 「褒めすぎじゃね、それ」 声を上げて笑いながら、バラエティパックのお菓子をがさがさと開ける。 純太は甘いものをよく食べる。勉強にも運動にも糖分が必要なのはわかるけど、食べ過ぎな気もして、ちょっと心配になる程。 「そのチョコ好きだね、純太」 「そうだな、一番好きかも。ちょうどいい甘さでさ、食べ出すと止まんねーんだよな」 「女子か」 「男子だよ」 「知ってた」 他愛もないやりとりに、ふたり同じタイミングでふふっと笑った。ああ、しあわせだなぁって思う。 純太がパッケージから出したチョコを「あーん」と言いながら差し出してくるので、躊躇いながらも口を開けた。ほのかな甘みがじんわりと広がる。 「美味いだろ?」 「ん、本当に止まらなくなりそう」 「まだあるから食べていいよ」 「やだー、太るー」 純太は毎日自転車に乗ってるからいいけれど、私はバス通学だし文化部だし、食べ過ぎは禁物だ。純太が細いから、尚更。 「別にいいんじゃないの、ちょっとくらい」 「そのちょっとが命取りなんですよ、純太さん」 「太ったらダイエット付き合いますよ、唯さん」 「純太は必要無いじゃん」 「二人で身体を動かすダイエットなら、いくらでも付き合うけど?」 いつの間にか距離を詰められ、耳元で囁かれた言葉に身体がぴくりと跳ねた。何を言い出すのだ、このひとは。 去年に比べてだいぶ伸びた純太の柔らかな髪が頬をくすぐる。ああ、そういえば今この家にはふたりきりなんだっけ。 どうしよう、こんな展開を期待してなかったわけじゃないけど、教えてもらおうと思って、課題持ってきたんだけどな。いや、そんなの後でもいいか。 ぐるぐる思考を巡らせていると、純太が耳元で、ふっと小さく笑いを漏らした。そのままくつくつと笑いだす。何だ何だ。 「顔、真っ赤」 至近距離で視線を絡ませ、頬をふにっと優しくつままれた。 「いい加減慣れてもらいたいなぁ、こういうの」 「……すみませんね」 「可愛いからいいけどな」 純太はいつも余裕たっぷりな感じがする。お互い初めての相手のはずなのに、この差は何だ。 むぅ、と尖らせた唇を狙ったように、純太が甘噛みのようなキスをしてきた。上唇と下唇が順番に啄まれる。 口端から吐息が漏れると、一度優しく髪を撫でられ、唇と身体の距離が離れる。 「一時休戦」 「ふ、ぇ?」 「……物足りないみたいな顔しないでくれないか」 「し、してない!」 「まぁいいけど。その前に、やりたいことあるんじゃないの」 私の鞄を指差しながら首を傾げて見せる。……課題を持ってきたこと、言った覚え無いんだけどな。 「エスパーですか」 「いやいや、そんな大層なものでは。何、数学?英語?」 「数学ですー」 「わかった、教えてやるよ」 私の頭にぽんと手のひらを置いて立ち上がり、勉強机に置かれた自分の数学の教科書を手にすると、机を挟んで私の向かいに座る。 そんな純太に倣って、私も鞄の中からごそごそと教科書類とペンケースを取り出す。 出された課題の基本問題は自力で解けたけど、応用になると意味が解らず、ノートはまっさらだ。 「あーあー、ひでぇな」 「難しいんだよぉ……」 「ほんっと数学ダメだよなぁ、唯は」 「こんなの別に出来なくても困らないし!」 「現に困ってるだろ、今」 「う……」 「ほら、がんばろうぜ。全部出来たら、後でコンビニで新作スイーツ買ってやる」 誘惑じみた言葉に身体が反応する。太るのは困るけど、甘いものは純太に負けず劣らず好きなのだ。 自分でも単純だなとは思うけれど、やる気が出てきた。純太は私の動かし方と甘やかし方を心得ている。 「教えてもらった上にご褒美までもらっていいの?」 「いいよ、俺にもちゃんとお礼してもらうから」 「新作スイーツ?」 「いやー、言うなれば、馴染みのデザート?」 教科書とノートを開きながら器用にペンをくるくる回し、反応を窺うようにこちらを見つめてくる。 純太はいつだってずるい。そしてそんな彼をカッコいいと思ってしまったりするから手に負えない。くそ、好きだ。 「……それはどういう意味かな」 「さぁな。好きなように捉えてくれていいぜ」 「……変態」 「あー、そっちで捉えちゃったかー」 「な……っ!?」 「うそ、正解」 「〜〜っ、バーカバーカ!」 「はいはい、課題やろうな」 甘党男子は砂糖で出来ている (甘ったるい声と言葉で甘やかされて、糖分過剰摂取が心配なのは私の方) どう軌道修正しても変態的な感じになるのは、手嶋くんの中の人のイメージのせい。 14.09.11 |