「唯ちゃん、もうすぐごはん出来るで。起きィや」
「…………おはようございます」
「はい、おはようさん」

恋人の誕生日に、恋人に起こされるとは何事だろう。しかもご丁寧に朝ごはんまで用意されているらしい。
寝起きのぼんやりとした頭でどうにか思考回路を巡らせる。今日は休みだ。視界に入った時計は、朝の8時半を指している。

「アラーム、7時……」
「鳴る前に解除したわ」
「……なにゆえ」
「お疲れやろから寝かせとこかなァっていう、ボクの優しーィ配慮ゆえ」

確かに昨日は寝るのが遅かった。8割方、翔くんのせいである。まだ少しだるさが残る身体を起こし、ぐぐっと背筋を伸ばした。
ベッドから出てぺたりと足を付けた床はひどく冷たい。急いでルームシューズに足を突っ込み、翔くんと一緒に寝室を出ると、朝食のいい香りが漂う。
顔を洗ってくるよう促され、床並みに冷たい水で洗顔を済ませた。戻ったダイニングでは、翔くんが食卓に料理を並べている。

「手伝うよ」
「もう終わるから座り」
「……何か、至れり尽くせりだ」
「好きにさせて、って言うたの、忘れたん?」

誕生日プレゼントは、前以て欲しいものを訊く。これは、付き合い出して初めての誕生日を迎えたときから、いつの間にか定着していたことだ。
女の子の欲しがる物なんて解らないと翔くんは言うし、申し訳無いけれど私だって翔くんの欲しがる物はよく解らない。彼に物欲があるのかすら疑う。
解らないまま下手に選んでしまうより、直接本人に訊いた方が、言い方は悪いけれど、楽である。
だから今年も誕生日の数日前に訊ねたのだ。何が欲しい?と。そして彼が少し間を置いて紡いだ答えが、「キミの一日、ボクの好きにさせて」だった。

「覚えてるよ。ただ、こういう感じだと思わなくて」
「ああ、立場が逆やと思ってた?パシリみたいなことさせられるって」
「パシリとまではいかないけどさ」

何をされるんだろう、させられるんだろう、と思っていたのは事実だ。そして、お願い事には出来うる限り応えよう、とも思っていた。
だから、お願いをされるどころか、朝寝坊をさせてもらい、朝食まで用意されているこの状況は、拍子抜け、という他に無い。
「いただきます」と手を合わせて箸を取り、食事を進める。翔くんが作るのは大抵和食だ。一番バランスが取りやすいらしい。
綺麗な黄色い出汁巻き玉子を頬張る翔くんに、私は数日前と同じように問い掛ける。

「ねぇ、本当にプレゼント要らないの?」
「……まだ言うん、それ」

君の一日を僕に預けて欲しい、という言葉と一緒に、プレゼントは要らないと言われたのだ。
だけど今までずっと何かしら形になる物をあげてきたから、何も要らないと言われるとやっぱり気になってしまう。

「お昼は鰻ご馳走してくれる言うし、夜は家でご飯作ってくれて、ケーキもお酒も予約してくれてんのやろ。充分やわ」
「何かそういう食べ物系じゃなくてさぁ……」
「一ヶ月前のクリスマスにもプレゼント貰ってんねんで。そうぽんぽん欲しい物思い浮かぶかいな」

そういえばクリスマス前に訊いた時も結構悩んでいたっけ。本当に必要な物しか欲しがらないから、結局コートを新調してあげたのだけど。

「欲しい物って言われて一番に思い付くのは自転車関係の物やけど、そんなんチームの人たちが余る程くれはるしなァ」
「ですよね」
「だいたい、身に着けられる物でキミから貰える物って、もうそんなに無い気がすんねんけど」
「……身に着けられる物」
「うん。……え、もしかして、気付いてへんかったん……?」

心底信じられないみたいな表情から目を逸らして思い返してみると、確かに全てが身に着けられる物だった。腕時計も靴も、季節柄多くなる防寒具も。
消耗品が多い自転車関係の物で唯一贈ったのも、サイコンだ。長く使えて、且ついつも傍にある物をと思って、欲しいと言ってくれたのだろう。

「……キモ。にやにやせんと早よ食べや」
「へへ、はーい」

結局プレゼントの件はうやむやになってしまったなと思いながら、テレビから流れるニュースに耳を傾けながら朝食を食べ終える。
これ以上至れり尽くせりだと逆に居心地が悪いので、後片付けはさせてくださいと頼み込んだ。
先に着替えてくると言う翔くんに頷いて、後片付けを始める。食器かごに二人分の食器が並んでいるのを見ると、いつも幸せな気持ちになる。

「唯ちゃん」
「はぁいー?」
「ベッドの上に、キミの着替え置いといたから」
「はい!?」
「誕生日権限。ボクが一番好きな格好で、デートしてもらおうと思って」
「……そんなことでいいなら、喜んで」

食器を洗い終えて寝室へ向かうと、本当にベッドの上に着替えが一式置いてあった。
薄紅色のワンピースとくちなし色のカーディガンに袖を通しながら、この格好が好きだったのかと少し気恥ずかしくなる。
着替えてリビングに行くと、ソファに腰掛けていた翔くんが振り返り、「おおきに」と小さく笑った。着替えただけなのだけど。

「髪、梳いたげよか。その間にお化粧したら」

お言葉に甘えて、ソファに座る翔くんの足元にぺたりと座る。リビングに置きっぱなしのメイク道具箱を引き寄せ、彼に櫛を手渡した。
ゆっくりと髪が梳かれるのを感じながら、コットンに化粧水を浸す。あまりの冷たさに思わず声が出た私を、翔くんが喉の奥で笑ったのがわかった。

「……なァ」
「ん?」
「プレゼント、な。今日買える物やなくてもええ?」
「勿論!なに、何か思い付いた?」
「んー……」

私の髪の毛先を何度も繰り返し梳きながら、翔くんは言葉を探しているようだった。逆に私の手は止まって、彼の言葉が紡がれるのを待つ。
翔くんの長い腕が伸ばされ私の前にある机にかたりと櫛を置く。彼の大きな左の手のひらはそのまま私の左手を包むように重ねられた。

「結婚、しよか」

まるで何でもないことのように彼の口から出た言葉は、理解出来ているはずなのにまったく知らない言語のように思えた。
驚きのあまり言葉が出てこなくて、それでも何か返そうと口を開き、そこで嗚咽が漏れて初めて自分が涙を流していることに気付いた。
困ったように息を吐いた翔くんが身体をずるずる滑らせて私とソファの間に座り、背後からぎゅうっと強く抱きしめてくれる。

「身に着けられる物で、今一番欲しい物なんやけど。それ、一人じゃ着けられへんからな」
「…………心臓、止まるかと思った」
「そのひっどい顔で最期迎えることにならんで何よりやね」
「誰のせい……!」
「ボクのせいー」

べぇっと舌を出しながらどこか楽しげにそう言って、「お化粧前で良かったな」と私の腫れた瞼に口付けた。

「まぁどっちみち指輪買うのボクやから、キミはボクにプレゼント出来ひんままやけどね」
「…………あ!?」
「気付くの遅ッそ」

あげるどころか貰ってしまってどうすると思いながら、やっぱり思考回路が追い付いていないのか、目の前の幸せに浸ることしか出来ないでいる。
そういえば、と思い、翔くんの肩に手を置いて身体を反転させて向き合う。彼の長い指が、私の目尻を優しく拭う。

「翔くん」
「なん」
「末永く、よろしくお願いします」
「……はい、こちらこそ」



きらきらひかる、ぎんいろきいろ

(母さんが僕を家族にしてくれた日に、君と家族になりましょう)


お誕生日おめでとう。両手いっぱいの愛を込めて。
16.01.31

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