「断捨離をおこないます!」
「……だんしゃりィ?」

手伝って欲しいことがあるの、なんて言うから、何事かと思えば。声高に唯ちゃんが宣言したのは、何度か聞いたことのある単語だった。
腕捲りしたパーカーにジーンズというラフな格好にくわえ、透明ゴミ袋とビニール紐を持った彼女に出迎えられた僕は、その単語に疑問符を付けて返す。

「知らない?断捨離」
「知っとるよ、無駄遣いの残骸の後始末のことやろ」
「……翔くんのそういう容赦無いところ大好きだよ……」
「そらおおきにィ」

そう言って、べ、と舌を出す。まぁでも無駄遣いと一概に言うのは間違いか。タンスの肥やしなんて、どこの家にもあるものや。
最低限の物しか持っていないつもりの僕かて、数年後に押入れ引っかき回せば、何でこんな物を後生大事に、と思う物のひとつやふたつ出てくるやろし。
それが、新しい物や綺麗な物に目が無い彼女ならどうやろか。要らん物がようけ出てきそうな予感をひしひしと抱いてまう。

「どないしたの、急に」
「新年を迎えるにあたって、ちょっと大胆に片付けようと思って」
「来年末も同じこと言いそうやな」
「ぐ、」
「否定出来ひんのかい」

溜息吐きながら靴を脱いで家に上がらせてもらう。前々から思ってはいたけど、唯ちゃんの家は、1DKの間取りに似合わないくらい物が多い。
ダイニングキッチンに足を踏み入れると、もう既に片付けを始めていたらしく、必要なのか不要なのか判別つかへん物が大量に散乱していた。

「片付けてんのか散らかしてんのかわからへんなァ」
「一人だとね、片付いてた物を散らかして、それを片付けて満足するの」
「阿呆やん」
「だから、そうならないように翔くんが見張ってて。あと私が迷ってたら、要らん、って言って切り捨てて」
「そんな姑みたいなことするために呼ばれたん……」

もう溜息しか出ないくらいに呆れ果て、けどこの家が片付くというのは、頻繁に遊びに来る僕にとっても利益となるわけで。

「まぁええよ、捨てるんは得意や」
「……捨てなくていい物まで捨てさせないでね?」
「容赦無いのが好きなんやろ?」
「違う、そうじゃない!」
「はいはい、ええから片すで。日ィ暮れるわ」

量的にどうせ一日では終わらへんやろけど、せめて今晩の食卓と寝床だけでもきちんとした状態になるようにはしてやりたい。
ラブソファに腰掛けながら目を向けた寝室も、それはもう酷い散らかり様やった。よくもまぁこんなに仕舞い込んでいたものや。

「一気に部屋中の物を出すんやなくて、棚とか押入れとか一箇所ずつ綺麗にしていくんがセオリーちゃうの」
「そんなのはね、一箇所ごとにきちんと物がまとまっている人が出来ることですよ」
「……ほやね」

服もアクセサリーも化粧品も、ひとつとしてまとまったところに無かった部屋を思い出して、頷くしかなかった。
ベッドの上を占領している服から片し始めた唯ちゃんを横目に、僕は机の上に乱雑に積まれた本やCDを種類別に分けることにする。
ごみ袋のがさがさ音が聞こえなくなり、不思議に思い振り向くと、彼女は紺色のワンピースを広げて「うーん」と唸り首を傾げていた。

「なん、それ、捨てんの」
「んんー……どうしよっかなぁ。あと1シーズン……、とか言ってるから減らないんだよねぇ」
「……とっておいたらァ」
「あれ、切り捨ててくれないの」
「キミが言うたんやで。捨てんでええ物まで捨てさせへんようにって」

僕がそう言うと、ふむ、と頷きワンピースをハンガーに掛けながら、唯ちゃんは首を傾げたまま僕に視線を向けて問い掛ける。

「翔くん、もしかしてこの服好き?」
「服は知らん。でも、それを着とるキミのことは可愛えと思う」
「……へへ、了解しました!」

ご機嫌のメーター振り切れるんちゃうかってくらいの笑顔を浮かべ、唯ちゃんは大事そうにそのワンピースをクローゼットに仕舞い込んだ。
多分というか十中八九、次のデートの時はあのワンピースで来るやろなと思いながら、僕はまた手近な物を片付けようと周りを見回す。

「なァ、ここに置いてある雑誌、要らんのやろ。もう紐でまとめとくで」
「あ、ありがとー」

紙のゴミの日は週に一度あるというのに、何でここまで溜め込んでおけるのかと訊ねると、週に一度しか無いからだよと返された。
テレビドラマの曜日は覚えられるのにゴミ出しの曜日は覚えられないなんて、唯ちゃんの脳味噌は随分と都合がええように出来とる。
床に積み上がったファッション誌やタウン誌を、先程唯ちゃんが持っていたビニール紐を借りて括る。

「唯ちゃん、ハサミどこォ?」
「ベッドの下の引き出しー」
「……何でそんなとこにあんのや」

彼女と暮らすのは大変そうやなと考えつつベッドの下の引き出しを開けようとすると、「あああぁぁ!!」という叫びと共に背後から制止される。

「な、何なん……、うるっさ……」
「駄目、そこ!私が出す!」
「ハァ?」

腕を抑えられたまま振り返ると唯ちゃんの顔はずいぶんと真っ赤で、僕はそこからひとつの考えにしか行き着くことが出来なかった。

「…………隠す場所としてはありきたりすぎて全然面白み無いなァ」
「面白おかしい物じゃないからね!いいからどいて!」
「退くと思とんの」
「何でちょっと怒ってるの!?」
「怒ってへんし、ここまできて隠し通せると思とるキミにちょっと呆れとる」

僕は華奢で非力な方やけど、それでも、抑えられている腕を振り解くことは容易いことや。

「だ、だって恥ずかしいし!」
「キミとボクの間に今更そんなものある?」
「あるから隠してるんですけど!?」
「え、なん、そんな特殊な性癖のやつなん……?」
「……せ、せーへき……?」

嘘を吐けない唯ちゃんのきょとんとした表情に、僕は勢い良く腕を振り解き「あっ」という彼女の声も構わず引き出しを開けた。
……まぁ、出るわ出るわ。僕の写真が掲載されとる雑誌やレース映像のDVD、そこまではええけど。
映画の半券に美術館のチケット。すっかりくたびれたシュシュに、ファスナーが噛んで使えなくなったポーチにも確かに見憶えがあって。
空っぽのアクセサリーケースは、唯ちゃんが今付けているネックレスが入っていたし、空のガラス瓶には桜色の飴玉が詰まっていたのを僕は知っている。
ふ、と息を吐いて、僕の背中に顔をうずめて低い声で唸っている唯ちゃんに少し体重を預ける。

「恥ずかしいくらいいかがわしい本かと思ったら、それ以上に恥ずかしいモン出てきたで、お嬢さん」
「そんな物隠してると思ってたの!?」
「言うたやろ、隠し場所が安直やって。普通そういうの考えるって」
「……翔くん、隠してるんだ」
「ボクん家ベッドちゃうやん」

大体隠し場所にそんな安直な場所選ばんわな、という言葉を飲み込んで、目当てのハサミを取り出したところで思い出す。
この犬かクマかわからないキャラクターが描かれたハサミは、学生時代に一度、彼女に借りたことがあったっけ。

「凄いなァ」
「……何が」
「キミほんま、ボクのこと大好きなんやねェ」
「……わかったなら、そこに入ってる物は捨てないでね!」
「愚問やな」



取捨の選択肢にも挙がらない

(こんなにきらきら黄色い宝箱を、君以外の誰が作れるだろう)


片付けis終わらない。
15.12.10

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