一体全体、何が起こっているのか。この事態を綺麗に把握できるひとが居るなら説明してほしい。
私の目の前には、不機嫌な表情を浮かべた翔くんが居て、その表情の理由は、他の何者でもない「翔くん」自身のせいだった。
ただ、その「翔くん」は、目の前に居る翔くんではなくて、私の膝の上に座っている、随分と幼い「翔くん」である。……ああ、混乱してきた。

「あの……、翔くん……?」

私の声に、膝上に座っている「翔くん」が顔を上げる。私が呼んだつもりである、15歳の翔くんも、勿論。
その様子に誰より翔くん本人が顔をしかめて、今まで聞いた中で一番大きいと思われる溜息を吐いた。

「まぁた随分と、奇ッ怪なことになってもうたなァ」
「そう、やね……。なんでこないなことになってんのかなぁ……?」
「ボクに訊かれてもな。……それより」

大きな瞳がぎょろりと動いて、小さな彼を捉える。私の腕の中でびくりと肩を震わせた彼が少し可哀相になる。
姿勢を崩して距離を詰め、小さな自身と目を合わせた翔くんが、不機嫌さを微塵も隠さない表情を浮かべた。

「キミは何でそこに座っとんの?」
「何で、て……」
「昔のボクはもっと遠慮しぃで、人の膝に座るような甘えたこと出来る子ォやなかったはずやで」
「べつ、に、甘えてるのと、ちゃうわ……」
「そないに小さい声で言うても、なーんも聞こえへんなァ」
「ちょっと翔くん!自分のこといじめないの!」
「他人いじめるよりええやろ」

それは尤もやけど、そういうことやない。すっかり怯えてしまった「翔くん」は、さっきよりも私に密着してびくびく肩を震わせている。
顔立ちはそこまで変わってないけれど、今の翔くんから滲み出るこの恐ろしさは、幼い彼には精神的に効くやろうなと思う。
落ち着かせようと「翔くん」の頭をぽんぽん撫でると、それがまた翔くんの神経を逆撫でしてしまったらしい。

「なァ、チビ」
「……なん」
「知らんやろから教えたげるけど、その子ォ、ボクのなんやよねぇ。小さいキミのやなくて、成長したボクの、な」

その言葉の意味を噛み砕いているのか、少し首を傾げて思案顔を浮かべた「翔くん」が、間を置いて私の顔を見上げてくる。

「コイビト、ってこと?」
「え、あ、うん」
「……ボクのこと、好き、なん?」

今と変わらない大きな真ん丸の瞳で、珍しく真っ直ぐ見つめられてはそんなことを問い掛けられ、胸が高鳴ってしまった。
でもそれに対する答えを翔くんの前で言うには恥ずかしい気がしてあたふたしていると、「阿呆ちゃう」と溜息混じりで翔くんが言う。

「訊くまでもあらへんわ。ボクは、自分のこと嫌っとる奴なんか相手にしいひんし、嫌いな子ォを傍に置く趣味もあらへんよ」

翔くんのその言葉に、ぽかんとしてしまう。だってまさかこんなことを言われるとは思わなかった。
落ち着かない気持ちでひとり頬を赤らめていると、「翔くん」が私の顔を見上げ、すぐに視線を逸らしてぽつりと呟く。

「未来の好きなひとやから、こんなあったかい気持ちになるんかなァ……」

その言葉に私の頬が更に上気したのは言うまでも無く。両手で顔を覆ってしまった私に翔くんが溜息を吐いたのが聞こえた。



「っていう、夢を見たんよね」
「…………これ、ボク、聞かなあかん話やったァ?」
「翔くんが訊いてきたんやで」

そうや。翔くんが夢に出てきたんやよ、と、楽しげな声で話し始めたものやから、「へぇ、どんな?」なんて、軽く訊ねた僕が阿呆やった。
なんてくぅだらん。突飛すぎて、話の途中までは理解するのにも時間が掛かった。
昼休み、屋上へと続く階段に腰掛けて、僕らはお弁当を食べている。鍵が掛かって屋上には出られへんから、ここは滅多に人が来ない。

「やっぱり、昨日、小さい頃のアルバムを見せてもらったせいかなぁ」
「見せたんやないよ、キミが勝手に見たんやろ」

昨日僕の家に遊びに来た唯ちゃんが、本棚にあったアルバムを発見してしまった。
別に見られて困るようなものやないし、まぁ可愛い可愛い言うてうるさかったのを除けば、特に気に留める事案やなかった。
それなのにまさか、翌日こんな形で影響を及ぼすとは。
唯ちゃんの話はいつだって取り留めが無くてくだらなくて、僕はそれを聞くのが決して嫌いではないけれど、今日のはとことんくだらなかった。

「可愛かったなぁ、翔くん」
「……まだ言うん、それ。キミほんま変わり者やな」
「変わり者?」
「そうや。いくら小さい頃でも、このボクやで?可愛い可愛いって阿呆ちゃうの」
「ん?ちゃうよ、うちが可愛かったって言うてるのは、15歳の翔くんの方」
「…………ハァ?」

唯ちゃんの言葉に、箸で掴んだばかりのプチトマトを落とした。何を言い出すかと思えば。

「今の話のボクの、どこが可愛いん……?唯ちゃん、頭どっかぶつけたん?それともまだ夢ん中に居るんかなァ?」
「失礼な!ほんまに可愛かったんやもん!」
「だから、どこが」
「んー、ちっちゃい翔くんと張り合ってるっていうか……、ヤキモチやいてたとこ?ああいう翔くん、夢の中じゃないと見られへんし」

アルバムを見て可愛いと言われるのはともかく(いやそれもおかしいけれど)、夢の中で勝手に作り上げた僕を可愛いとはこれ如何に。
可愛いと言われて喜ぶ性別でも年齢でも無いけれど、その言葉が僕ではない僕に向けられ続けているのは、流石にちょっと面白くない。
空っぽになったお弁当箱を巾着に仕舞いながら、まだお弁当を食べている彼女の顔を覗き込むように身体を倒す。

「唯ちゃん」
「なぁにー」
「チビに嫉妬してるボク、そんな可愛かったァ?」
「ん?うん、それはもう」
「……そォ。なァ、せやったら、」



負けず嫌いが顔を覗かす

(夢の中の二人に嫉妬してる今の僕、相当可愛かったりするんちゃうかな)


いつだって全部可愛い。(盲目)
15.07.11

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