次のお休みは一緒にゆっくりしようよ、って言われたから、家でのんびり過ごすのかと思っていたら、唯ちゃんは朝からばたばたと慌ただしい。 ゆっくりするんとちゃうんかい、と思いながら、台所であれこれ忙しなく動く唯ちゃんを、コーヒーを飲みながら眺める。 ええ天気やからペダルを回したい気分ではあるけれど、まぁ約束やし、ペダル並みにぐるぐる動き回る彼女は見ていておもろい。 「あっつ!」 「……気ィ付けや」 「んー」 気を付けるのか付けないのか曖昧な返事をされたことに溜息を吐いてマグカップに左手を伸ばすと、かちん、と金属音が小さく響く。 唯ちゃんと同じ場所に付けているそれは、彼女のものより幾分シンプルで、それでもきらきらと眩しいものやった。 布きれ一枚でさえも重量物やと言い切っていた頃の僕が見たら卒倒しそうやなと思いながら、コーヒーに口をつける。 抱え込みたい重さに出逢った僕に、あの頃の僕は何て言うやろ。とんだ甘チャンになったなって、笑うかな。 けどまァ、あの頃の僕より今の僕の方が強いし速いし、と勝手に頭の中で自分と戦っていると、唯ちゃんの「出来た!」という声が明るく弾けた。 「何がァ?」 「翔くん、お出掛けしよっ」 「ボクの質問に答えてくれる気ィは無いの?」 「早く早く!」 「……はぁい」 こういうときの唯ちゃんにあれこれ言うても無駄。僕はこの数年間で、それをしっかり学んどる。 納戸から何やら引っ張り出してきた唯ちゃんはそれらを鞄に詰め、僕の手には保冷バッグを持たせた。こっちは何詰め込んだんや、重たい。 「自転車で行くん?」 「徒歩でーす」 「そォ」 「そんなあからさまに残念そうな顔しなくても」 そんな顔したつもりは無かったけれど、唯ちゃんが言うならそうなんやろか。 「別に」と呟いて帽子を目深に被り、靴を履いてドアを開ける。唯ちゃんが鍵を掛けたのを確認してから彼女に手を差し出す。 「ん」 「お?」 「……いや、お?やなくて。手ェ繋ぎたいから、徒歩なんやろ」 そう言うと唯ちゃんはきょとんとして、すぐに年齢よりずっと幼く見える笑顔を浮かべて僕の手を握った。 「さっすがぁ!何でもお見通しだねっ」 「キミが解り易すぎるだけやと思うけど。で、どこ行くの」 「なーいしょ」 着くまで教えてくれる気は無いらしい。仕方なく、僕の半歩先を歩く唯ちゃんに黙ってついていくことにする。 保冷バッグの中身はまぁ大体想像つくとして、どこに行くつもりやら。 久しぶりにゆっくり歩く近所の町並みをぼんやり眺めながら、会話もそこそこに10分程歩くと、唯ちゃんが「着いた!」と声をあげた。 「……公園?」 着いたのは、近場で一番大きな公園やった。庭園、小川、広場。いろいろ兼ねた場所で、子どもも大人もようけ居る。 駐輪場はあっても自転車で中には入れられへんから、僕はほとんどここに来たことは無いけれど、唯ちゃんは慣れた足取りで奥へ向かう。 「どこ行くん」 「んー、あっち。川の方」 引っ張られるままに付いていくと、細い川が流れる場所に着いた。けど。 「……綺麗」 「でしょ?」 川よりも先に目に入ってきたのは、綺麗に花開いたツツジだった。川の区域を囲むように一面に植えられたそれは、なんというか、圧巻、やった。 「先週買い出しの帰りにこの公園通り抜けたんだけど、そのとき見つけて。綺麗だったから、翔くんにも教えてあげたかったの」 「……そォ」 「ちょっと待ってねー」 おろしたリュックをごそごそと探り、唯ちゃんが出したのは敷物だった。広げた敷物に腰をおろし、靴を履いたままの脚は敷物外の芝生へと伸ばした。 膝上に置いた保冷バッグから、唯ちゃんが次々とお弁当箱やタッパーを出してくる。 「えらいいっぱい作ったなァ」 「なんか、テンション上がっちゃって。残っても、夜ごはんで片せるかなと思って」 「ええけどね、別に」 残す気も無いしな、と心の中で呟きながら手を合わせて箸を取る。 お弁当にありがちなおかずばかりやのに、彼女が作ると特別美味しそうに見えるのは何でやろ。まぁ実際美味しいんやけど。 「翔くん、梅と昆布と鮭、どれがいい?」 「昆布」 「はぁい。あ、あとね、お味噌汁もあるよ」 「……えらい重たいと思ったら、そんなん入ってたんかい」 ラップに包まれたおにぎりと一緒に、魔法瓶に入ったお味噌汁を渡された。 家で食べるのと何ら変わりない気もしてたけど、彼女の髪に蝶々が止まったりお弁当に花びらが入ったりするのを見て、うん、悪くないなと思う。 「先月は、桜も綺麗だったんだよ」 「……あぁ、送ってきた写真、ここで撮ったやつなん」 「そうそう」 先月、僕は長期レースで海外に居て、桜の蕾こそ見たけれど、帰国したときにはもうほとんどが葉桜になっていて、お花見は出来ひんかった。 唯ちゃんは久屋家に誘われてお花見に行ったってメールで言うてて、写真も添付されとったけど、そうか、ここやったんか。 「ごめんな、春先、あんまり一緒に居られんくて」 「ううん。私も仕事詰まってて、応援もサポートも行けなくてごめんね」 「そんなん別に。現地に居らんでも、応援してくれとるのは知っとるし。……コレも、あるし」 そう言って左手の指輪を撫でると、唯ちゃんはだらしなく頬を緩めた。 こういう、僕には出来ひん素直な感情表現に、どうしようもなく惹かれたんやっけと思い耽る。彼女には言うたこと無いし、言う気も無いけど。 「こないだのレースは、隔年開催なんでしょ?」 「うん」 「じゃあ、来年の桜は、ここに二人で一緒に見に来ようね」 「…………」 「あ、あれ?ダメ?」 「……いや、ダメやないけど」 「けど?」 脳裏を過った言葉を反芻して、来年は流石に無理やろけど、と思いながらも、そのまま唇に言葉を滑らせた。ああ本当、とんだ甘チャンになったなァ。 「二人で、やなくてもええかなって、思っただけやよ」 二人の幸せに終止符を (一緒に幸せを築く三人目は、君によく似た素直な可愛い子やとええね) 御堂筋が普通に結婚して家庭をもつのを想像しただけで今日もごはんが美味しい。 15.05.30 |