部活が出来ん日というのは、学校に来る必要性がなかなか感じられへん。窓際の席は太陽が眩しくて、尚更ペダルを回したくなる。
だいたい顧問なんて居って居らんようなもんなのに、教員の全体会議のせいで部活まで停止させられて、ええ迷惑や。
先生全員が会議ということは、怪我とかに対応出来る先生が居ないということで、それは学校側としては停止せざるを得んのやろけど。
そうわかってはいても、やっぱり部活はしたい。週末にレースがあるから、尚のこと。

朝から一日をぽやーっとした気持ちで過ごして、やっと放課後を迎える。一旦帰って荷物置いてから、夜ごはんの時間まで存分にペダル回そう。
足早に昇降口へ向かっていると、目の前を見覚えのある後ろ姿が歩いとる。6限で使った、大きな世界地図と年表の巻物を抱えて。
放っといても良かったけれど、僕の歩幅では簡単に彼女に追い付いてしまい、そうなると、見過ごすことは出来ひんかった。

「貸し」
「え?あ、御堂筋くん」
「大きい方」
「え、ええよ、大丈夫。御堂筋くん、帰るとこやったんやろ」
「大丈夫に見えへんから言うとるんよ。早よ帰らせたいなら、早よ渡しィ」

僕の言葉に、少し躊躇いながらも大きい方の巻物を渡してくる。抱えてみると、見た目以上の重たさやった。
ここから資料室までそう遠くはないけど、何でこんなものを一人で二つも抱えて行けると思ったのか。

身長は平均的やけど、新名さんはやたらと線が細い。僕は自分で意識して削っとるけど、彼女の細さはそういうのやない。
新名さんは、よく学校を休む。よう保健室に行くし、体育はほとんど見学しとる。その身体の弱さがそのまま細さに表れとる感じ。
僕が新名さんと喋るようになったんも、インハイで脚を故障して体育を見学しとった時、彼女が隣に居ったからや。
僕の見学回数は5回にも満たなかったけど、それでも彼女と会話をする量は、それを機にぐっと増えたように思う。
まぁでもやっぱり僕は他人と関わるのが下手で、尚且つ面倒やし、今みたいなきっかけでも無い限りは挨拶くらいしかしいひんのやけど。

「ん」
「あ、ありがとう」

社会科資料室の扉を開け、手で押さえたまま先に入室するよう促すと、ふわりと笑ってお礼を言われた。
新名さんのやわらかい笑顔を見るたびに、過去の記憶の中の笑顔と重なってしまう。似てる、と、初めて見たときからずっと思っとる。
似たような巻物が立て並べてある箇所を見つけ、「ここやね」と新名さんが声を上げる。
緩やかな話し方が似てるせいか、心なしか声も似とるような気がして、落ち着くような落ち着かんような、変な気持ちになる。

「今日、美術部も休みなん」
「うん、そうやよー。文化部も例外無く全部休みみたい」
「そォ。じゃあ、すぐ帰れ、る……、……どないしたの」

片し終えても動かない新名さんを振り返ると、口元に手を当てて俯いとる。その姿を見て、彼女の身体が弱いことを思い出す。

「気分悪なったん?座った方がええ?」
「違、……ごめん、ちょぉ、見んといて」
「ハァ?……あ」

彼女の指の隙間から、赤い滴がぽたりと落ちた。それを見た瞬間、身体が勝手に動いた。新名さんの腰に腕をまわし、少し乱暴に担ぎ上げる。

「み、御堂筋くんッ!?」
「走るで。舌噛みたァないなら黙っとき」

途端に静かになった新名さんを連れ、階段を駆け下りて1階端の保健室まで向かう。
えらい視線を集めとる気がするし、きっと気のせいやないんやけど、今はそんなのどうでもよかった。
保健室に着いて、入口扉に掛けられた「不在」という札を見て、ああそうやった、と小さく舌打ちをする。
けど、ここまで来たし引き返すわけにもいかずに扉を開ける。鍵掛かってへんのが幸いやった。安全面から言うとどうかと思うけど。
新名さんを長椅子に座らせてから、タオルはさすがに怒られるかなと思い、ティッシュを拝借する。

「しばらくおさえや。詰めたらあかんよ。あと、なるべく下向いとき」
「……詳しいね」
「テレビで観たこと憶えとるだけや。あとスポーツ医学の本」
「御堂筋くん、テレビとか観るん」
「キミはボクを何やと思とんの」

じっと睨むとくすくす笑われた。そして「ありがとう」とお礼を言って、僕が言った通りに鼻をおさえて俯く。
吐血かと思って焦ったけど、鼻血でよかった。いや、良くはあらへんか。

「……新名さん、袖」
「ん?」
「血、付いとるで」
「えっ!うわぁ、ほんまや……、捲っといたら見えへんかな」

唇尖らせながら、袖を二回程度折り曲げる。そこから覗く手首は僕よりずっと細くて、白かった。
短い髪、少し間延びした口調、やらかい声、色白というよりは青白いと呼べてしまう肌の色。似てるのが、それだけならええのに。

「……平気なん」
「ん、クリーニング出すし、落ちると思う」
「制服ちゃうわ阿呆、キミ自身の話や。……病院、とか、行った方がええんちゃうの」
「大丈夫。たまにあるんよ、熱ある時とか」
「熱あんの」
「……微熱やし、大丈夫やと思てたんやけどね」

眉尻下げて笑う彼女に、怒る気力も失せた。だいたい、何で僕が怒らなあかんのや。

「ごめんね、御堂筋くん。ただでさえ手間やったんに、面倒まで掛けてもうたね」
「……べつにィ。まァ確かに想像よりちょっと重たかったけど」
「重ッ……、ひどいな!?」
「部活がある日ィやったら、放っといたかも知らんしな」
「ますますひどい!」

鼻血が止まったらしい新名さんが、ポケットから手鏡を取り出して顔に付いた血を拭う。
手に乾いた血が付いてるのを見て、湿らせたティッシュを渡してやると、またふわりとした笑顔でお礼を言われた。

「けど、そうやなぁ。部活がある日やったら、うちも御堂筋くんには部活優先させたかもなぁ」
「……ふぅん?」
「週末、レースなんやろ?掲示板にプリント貼ってあったの見たよ」
「あー……、まぁ、そないに大きいモンでもないけど」
「勝てそう?」
「当然やろ」

僕の言葉に、新名さんが楽しそうに笑って見せる。自転車のことはようわからんやろうに、何がそんなに楽しいんだか。

「観てみたいなぁ、自転車レース。めっちゃ速いんやろ」
「ほやね、初めて観る人は驚くと思うわ」
「そんなめっちゃ速いレースで、優勝するんやろ?凄いなぁ、御堂筋くん」
「……観たいんやったら、観に来たらええやん」

何で、そんな言葉を滑らせてしまったのか。
言った後すぐに後悔した。新名さんかてただ言ってみただけかも知れない言葉に、こんな真面目なトーンで返されて、迷惑やったかも知れへん。
思考がぐるぐるし始めた直後、僕の思いとは裏腹に、目の前の彼女の表情がぱぁっと明るくなった。

「行ってええの?ほんまに?迷惑やない?」
「……何でやの。別に、観客が一人二人増えたところで何も変わらんよ」
「わぁ、行きたい行きたい!」
「市内ちゃうけど、遠出とか出来るん?」
「出来る!」

真面目な顔して目ェきらっきらさせて、聞いたことないような大きい声で言い張る姿に、何故か口元が緩みそうになって慌てて顔を背けた。
別にかわええなんて思ってへんし、前以て約束してレースを観に来てもらうなんて初めてやけど全然嬉しくなんてないし。
自嘲気味にひとつ息を吐いて鞄から出したレース概要のプリントを彼女の肩にぺしんと押し付ける。

「まぁ、鼻血垂らしてゴール見られへんみたいなことにならんとええね」
「大丈夫やもん!」
「プクク、キミィの大丈夫は、アテにならへんからなァ」

そう返しつつ僕は、心の中で確信めいた予感を抱いたりしていた。
幼いあの日に叶えられなかった約束を、叶えてくれるのはこの子かも知れへん、なんて。そんな、馬鹿みたいに浮かれた予感を。



情と恋の天秤を揺り動かして

(削っては捨て続けて来た僕に、重たい方を選ぶ日が訪れるらしい)


数年後、プロ御堂筋が海外で腕の立つ医者を見つけてヒロインの病気を治すとこまでは妄想しました。((
15.04.27

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