箱学のチャリ部は強豪で、部員の数は他の学校に比べれば圧倒的に多い。
これだけの部員が居ればある程度の雑用は部員だけで捌けるけど、やはり男所帯だと気が回らない部分は出てくる。
だから、他の部活同様、チャリ部にも女子マネージャーってのが居るわけで。

「新名、入りまーす。あれ、荒北が一番乗り?珍しいー」
「るッせ」

それがこいつ。新名唯。同じ3年で、隣のクラス。
世話好きで、掃除も洗濯も好きで、手先が器用な上に頭の回転も速い。マネージャーという役割に、とことん向いている。
これだけ多くの部員が居るのに、全員の名前は勿論のこと、脚質も性格も把握して、各々に適した対応をしてるのがわかる。
レース後のマッサージひとつにしたってそうだ。福ちゃんには「ここは痛い?」とひとつずつ訊くし、新開には「痛いところある?」と率直に訊く。
そして無駄に見栄っ張りな東堂や、ひねくれた俺に対しては、「どこが一番痛い?」と訊いてくる。答えの引き出し方が、相当巧い。

「……福ちゃん、一緒じゃねェの」
「あ、福ちゃんね、監督と打ち合わせでちょっと遅れるって。今度のクリテリウムのことじゃないかなー」
「ふぅん」

新名と福ちゃんは同じクラスで、幼馴染。放課後部室に来るときは大抵一緒だ。
福ちゃんは鉄仮面だけど、こいつと一緒に居るときはどこか雰囲気が和らいでいるような気がする。
一緒に居た年月のせいか、それともこいつから出てるぽわぽわとした空気がそうさせているのか、俺にはよくわからない。

「クリテリウム、福ちゃん、また優勝できるといいねー」
「心配しなくても優勝するっつーの」
「こないだのレースも凄かったもんね。大きなレースじゃなかったとはいえ、大差での一位だし」
「当然の結果だったろ」

こいつの声は、やけに耳にまとわりついて残る。炭酸が抜けた、くそ甘くてベタベタしてるだけのベプシみたいな。
ベンチに座った彼女の膝元で手際良く畳まれていくタオルを目で追っていると、その甘ったるい声がまた楽しげに響く。

「コーナーのとこからゴールに入ってくる福ちゃん、すっごくカッコ良かったんだー」
「あっそォ」
「ほんと、自慢の幼馴染だよー」

俺のとは少し違う、緩く間延びした喋り方。彼女の明るい性格と、いつだって上がりっぱなしの口角に、俺たち部員は少なからず救われている。
だったらこの、胸の奥のざわつくような感覚は何だっていうんだろう。

「荒北?」
「あ?」
「どうしたの、いつにも増して怖い顔だよー」
「いっつも怖い顔でごめんなさいネェ」

そう返すと、けらけら楽しそうに笑われた。
ざわつきがおさまった感じがして、だけどそれが何故だかわからなくて気持ち悪ィ。

「……そのカッコいい福ちゃんをコーナー前まで運ンだの、オレなんだけどなァ」

ぽつりと呟いた言葉は信じられないくらいに子どもじみていて、二人きりの部室にやけに大きく響いた気がした。
大きな目をぱちくりさせた新名が首を傾げて、それでも俺の言葉を噛み砕いてゆっくりと返事をする。

「知ってるよ、見てたんだから」
「……うん」
「マネージャーなんだから、オーダーは把握してるし、部員のことは、ちゃんと見てるよー」
「そだネ、悪ィ。今の忘れて」

手のひらをひらひら揺らして彼女に背を向け、わざとらしく大きな音を立てて開けたロッカーからジャージを引っ張り出す。

「ねー、荒北ぁ」
「ンぁー?」
「もしかして、カッコいいって言って欲しかった?」
「……、は、?」

まったく想定していなかった問い掛けに声にもならず、息が抜けただけの音が口から漏れた。

「……何、ソレ」
「いや、なんか、そうなのかなって」
「お前には、オレがカッコいいって言って欲しくてペダル回してるように見えンのォ?」
「まさかー」

ぶんぶんと首を振って見せる新名に、大きな溜息が出た。何だってんだ、一体。
ベンチから立ち上がり、畳み終わったタオルを所定のカゴの中に片しながら、新名は天井に視線を向けて何か考えを巡らせている。

「ねー、荒北ぁ」
「……今度は何ィ?」
「ゴールの時の福ちゃん、カッコよかったよ」
「さっき聞いたヨ、バァカチャン」
「荒北も、見たかった?」
「……ハァ?」
「あれ、違う?私ばっかり見てズルい的な意味で拗ねたのかと思った」

違うのかーと独りごちながら新名はまた天井へと視線を向ける。こいつの頭は、無駄なことにもよく回転するらしい。
どうして高校3年にもなって同い年の男相手にそんなガキみてェな独占欲を抱かなきゃならないのか。
いや、そう思わせる程には、さっきの発言がガキっぽかったってことだろうか。完璧な失言だった、しくじった。
思わず出てしまった言葉だった。理由なんてこっちが知りてェくらいだと軽く舌打ちする。
カッコいいと言われたかったわけじゃない。ましてや福ちゃんに対しての独占欲でも、こいつに対しての嫉妬でも無い。
ただ、こいつがあまりにも甘ったるい声で福ちゃんを褒めるから。俺になんて、目もくれてねェんだろうなって、苛立っただけで。

「……ア?」
「ん?なに?」
「……いや、何も……」

なんだそれ。バカじゃねェの。頭の中に浮かんだ考えと想いが、一気に駆け巡る。
もしかして、独占欲と嫉妬の対象が、逆だったとしたら。それって、もしかしなくたって。

「……なァ、着替えたいンだけど」
「どうぞー」
「バァカ、外出ろ」
「なぁにー、いつも勝手に着替え始めるくせにー」
「るっせ、ボード出すついでに出てろ」

はいはいと返事をした新名を背中で見送り、扉の閉まる音と同時に、頭ン中と胸の奥にある感情を追い出すように息を吐いた。
何だってこんな変なタイミングで自覚とかしてんの。こんなことにも気付かないで、ほんとにガキかよ。
ロッカーの扉に額をごつんとぶつけ、その冷たさに自分の顔がどれだけ火照っているのかが知れる。

「くっそ、熱ィ……」

早く着替えて、ペダルを回そう。今度のクリテリウムだって、きっと俺がゴールまで福ちゃんを運ぶことになる。練習が必要だ。
レースで称えられるべきは優勝者で、一番カッコいいのも優勝者だ。
だけど、たとえほんの少しでも、誰かの目を奪うような走りが出来たら。そしてその誰かが、他の誰でもない彼女だったとしたら。
そんな柄にも無いことを考えては顔の火照りをおさめられず、部室に入ってきた黒田たちに心配されたのは、この数分後の話。



焼いた餅の後味で思い知る

(苦くも甘く、焦がれては膨らむだけのこの想いの名前は、)


他人の感情に敏感なひとは、得てして自分の感情に鈍感という話。
15.04.02

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