墓地や霊園の傍には、必ず花屋がある。それは駅の傍にカフェがあったり、学校の傍に文房具屋があったりするのと同じこと。
月に一度訪れる霊園の傍にも、もちろん花屋はある。仏花だけではなく、普通の花束を作れそうな綺麗な花もたくさん扱っている。
幼い頃とは違い、今では躊躇いなく開けられるようになった扉を引き、いつものように花の手入れをしとる彼女に声を掛ける。

「こんにちは」
「あ、いらっしゃい、御堂筋くん」

僕が初めて霊園に来たのは、小学生の頃。この店に来たのは、それから数週間経ったある日のことやった。
あの頃、僕は頻繁に霊園を訪れていた。家に仏壇はあったけど、母さんの骨がここにある以上、やはり会いたいと思た時にはここに脚が向かったのや。
暫く通っているうちに、おじさんたちが供えてくれはった花が枯れてきた。そのとき、霊園入口の向かいに存在するこの花屋の存在を思い出した。
ポケットには300円しかなくて、花の値段も知らへんかった僕は果たしてこれであんな綺麗な花束が買えるのやろかと入口をうろうろ歩き回っていた。
その時、中に居た店員さんと目が合って、声を掛けられた。それが、彼女。新名さんやった。

「仏花、お願いします」
「わかった、少し待っててね」

あの頃、彼女は高校生やった。彼女は花が好きで、同じく花が好きやった祖母が眠っているこの霊園の傍の花屋でどうしても働きたかったのやという。
店長に頼み込んでアルバイトとして雇ってもらったという新名さんは、数年経った今、この店の社員となって働いている。
花を選びながら、新名さんはよう喋らはった。幼い頃の僕は今よりずっと人が苦手で、お喋りなんか下手くそで、それでも、彼女の傍は心地好かった。
多分それは、自分のことや花のことはよう喋るくせに、僕自身のことについて訊いてくることが無かったからかも知れへん。

「黄色い菊、綺麗なのがようけ入ってきたから、いつもより増やしとくね?」
「ん、ありがとうございます」

それでも、好きな色やったり、いつも乗ってくるロードのこと、それから、母親のこと。少しずつやけど、話すようになった。
お年寄りの方も多いからという理由で設置されとる椅子に腰掛け、店内をぼんやりと見回す。
ひとつひとつ、知っとる花の名前を反芻しながら眺めていると、ショーケースの中に、よく見知った、けれど珍しい花を見つけた。

「……彼岸花?」
「え?」
「あの、オレンジのやつ」

花を指差すと、新名さんが手を止める。「あぁ」と声を出すとそのままショーケースに向かい、花を1本取り出した。
手招きをされたので僕も椅子から立ち上がり、彼女の方へ向かう。近付いて見ると、オレンジだけでなく、白もピンクもあった。

「似とるけどね、彼岸花やないんよ。ダイヤモンドリリーっていうの」
「ダイヤモンドリリー……」
「今日は晴れとるから、わかりやすいかも。おいでおいで」

再び手招きされ、店の入口前へ出た。今日は天気がええ。日差しの当たったデローザが、きらきらしとってめっちゃ綺麗や。
そんなことを考えていると、新名さんが花を日差しに当てる。すると、花びら一枚一枚が、デローザ同様きらきらと輝いた。

「…………綺麗」
「でしょ?お日様に当たるとこうやって輝くから、ダイヤモンドリリーっていうんやよ」

楽しそうに喋るなぁと、彼女の横顔を盗み見る。このやわらかい声で、興味も無かった花の話を聞くのが好きやと思い始めたのは、いつからやったっけ。
僕が金盞花や百日草を覚えたのも、彼女が花束を作りながら仏花のあれこれを話してくれたからで。
彼女と出逢わなければ、母の日に白いカーネーションを供えるようなこともなかったやろなと思う。
花は生活を彩り、丁寧に過ごさせてくれる材料やと、彼女は口癖のように言う。

「ダイヤモンドリリーみたいに綺麗な花がいっぱいあるから、冬は好きやなぁ」
「……春も夏も秋もそれ聞いた気ィしますけど」
「綺麗な花が無い季節は無いからねぇ。けどほんま、ダイヤモンドリリーは特別好きな花かな。綺麗で、可愛くて」
「ふぅん……」
「花持ちええから、お供え向きやよ。入れる?」
「……新名さんのおすすめの色は?」
「んー、オレンジかな。一番綺麗に輝く気がする。お日様の色」
「じゃあ、それ2本入れて貰てええですか」
「はーい」

駆け足でショーケースに戻った彼女が、花束を作る作業を再開する。花束といってもすぐほどくから、簡単に輪ゴムでまとめてもらうだけやけど。
いつも通りの黄色と白の菊に霞草、そこにオレンジのダイヤモンドリリーが2本加えられた花束を受け取り、彼女に代金を渡す。
お釣りを受け取ってから、花束の中から1本ダイヤモンドリリーを抜き取り、新名さんに差し出した。なんや、わりと恥ずかしい。

「……あげる」
「え?」
「いつも、お世話になっとるから。……まぁ、花屋に花贈るのもアレやけど。要らんかったら、戻して売らはったらええよ」
「や、いるっ、頂戴しますっ!」

僕の指先から、するりと茎が離れていく。花弁に頬を寄せた彼女が「ありがとう」と微笑んだのを見て、心臓の奥の方で何かが揺れた気がした。

「ダイヤモンドリリーってね、仏花にも贈り物にもぴったりの花なんやよ」
「なんか、意味があるん?」
「内緒。けど、知らずに贈ってくれはったとしても、嬉しい」
「……そこまで言うて、」
「ほら、早く行ってあげて。お花もずっと握っとったら傷んでまうよ」

ほとんど強引に彼女に見送られて、不服を感じつつも僕は霊園前の階段に自転車を停め、少し長く続く階段をのぼっていく。
たくさん並ぶ墓石が、幼い頃は不気味に見えて、立ち竦んだこともあったなと思い出す。
墓石の前に着くと、すっかり慣れた手順を踏んで、母さんに手を合わせた。一月しか経ってへんし、報告することなんてそんなにあるわけやないけど。
線香の煙と移し替えたばかりの花をぼんやり眺めていると、先程の彼女の言葉が気になった。
お墓の前で座り込んだまま行儀悪いけど、ケータイを取り出してダイヤモンドリリーを調べることにする。

(まぁ早い話、花言葉やろ、多分)

赤い薔薇とか黄色いチューリップとか白いカーネーション。花には喜怒哀楽様々の花言葉があることは、彼女に教えてもらった。

「…………ハァ……?」

検索画面をあれこれスクロールしていると、僕の目に探していた情報が入り込んできて、思わず頭を抱えてしまった。

「何なん、もう……、阿呆ちゃう、あのひと……」

こんな言葉を秘めた花貰て、何を嬉しいやなんて言うてくれとんのや。
ケータイをいじる指先がかじかむほど寒いいうのに、顔が熱くなっとるのがわかる。あかん、いま僕めっちゃキモイ。
頭をがしがし掻き、花の方に目線を上げて白い息と共に言葉を吐き出す。届くとは、思えへんけれど。

「……なぁ母さん、怒る?ボクなァ、母さんに会いに来とったつもりやのに……、いつの間にか、ここに来る目的、増えとったらしいわ」

母親口実に使とるみたいで堪忍なァと僕が小さく苦笑した瞬間、ダイヤモンドリリーが風に優しく揺れて、僕の視界にきらきらと光の粒を散らす。
霊園に吹く風は、死者の言葉やと聞く。それが本当なら、責められたのかも知らんし、はたまた呆れられたのか。……嗚呼、けど、母さんなら。

「笑てんのやろなァ……」

苦笑とは違う小さな笑みが口元に浮かび、誰に見られてるわけでもないけど思わず手で覆い隠す。
いつものように「またな」と声を掛けて立ち上がり、お墓を後にする。風はまだ優しく吹いていて、僕のマフラーをやわらかく揺らした。
まるで背中を押されているようや。それが勘違いでも思い込みでも、僕の歩みを速める材料になるんやったら何でもええわと一度空を仰ぐ。
早く、彼女にきちんと伝えに行こう。「また」や「楽しみ」が、来月まで持ち越されるこの日々に、終止符を打つために。



想いは幸せの色に似た輝き

ダイヤモンドリリーの花言葉:また会える日を楽しみにしています


敬語とタメ語が混じる喋り方を御堂筋にさせたかったので、やっと書けて嬉しい。
15.01.16

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