これの続きです。 飯食って歯を磨きながら、あ、ご褒美食い忘れたなと思い出した。 明日は学校部活バイト揃って完全なオフで、大量に出されたレポートをする予定だったし、それを片し終えたご褒美に変更してしまおうか。 洗面所から戻り机に参考書とレポート用紙を積み上げ、果たして褒美に辿り着けるか懸念していると、玄関からけたたましい音が響いた。 音から察するに、ドアノブを乱暴に回しているようだった。鍵が掛かっているから、開きはしねェはずだけど。 「…………何だァ?」 既に日付が変わろうとしている時間だ。不審者にビビるような性別でも年齢でも無いけど、流石にどう出たものか悩む。 手近にあるもので一番武器に成り得そうな辞書の一冊でも持って玄関に向かおうかと考えていると、がちゃん、と鍵が回る音がした。 弄るような音では無く、明らかに鍵を使って開けたとわかるその音で、警戒心が解けた。辞書は持たずに玄関に向かうことにする。 「おか、……うっわァ」 「あー、靖くんだぁ、ただいまー」 「酒くせェ!」 玄関の靴箱に寄り掛かって座り込んでいたのは紛れも無く俺の彼女だ。赤らんだ頬は無駄に色っぽいけど、そんなの打ち消すくらいに酒くせェ。 そして「荒北」でも「靖友」でもなく、こんな甘ったるい声で「靖くん」と呼ぶのは、相当酔っ払っているときだけだ。 傍らにしゃがみ込み、ひとまず今にも寝てしまいそうな彼女の靴を脱がせると、何故か楽しそうに「ふへへ」と笑われる。 「ッたく、どンだけ飲めばこうなるのォ?」 「いっぱぁーい」 「あーあー、そうだろうネ」 「あ、今のいっぱいはー、グラスのいっぱいじゃなくて、たくさんのいっぱいだからねー?」 「ンなこた解るわ、バァカ!たかが一杯でこんな酒臭くなってたまるかヨ!」 「んんー、靖くんうるさぁーい」 あまりに理不尽な一言に盛大な溜息を吐きつつ、上着も脱がせ、髪に着けてあったヘアピンを取る。 彼女の方がひとつ年上のはずなのに、何で俺がこんな甲斐甲斐しく世話してンだ。手の掛かる奴。そしてそこが可愛いと思うあたり終わってる。 「つーか、こんな状態でどうやって帰って来たンですかねェ、おねーさン」 「車で送ってもらったー」 「……誰にィ」 「んー、友達の彼氏ー。ついでに乗せてってくれるって言うから、こっちのが近いし、来ちゃったー」 「来るのはいいけど、呼び鈴くらい鳴らせヨ……。不審者かと思って割と焦ったンですけどォ」 「んぅ?……あ、そっか、呼び鈴かぁ」 「おいコラ酔っ払い」 「へへ、合鍵貰ってから押すこと無くなったから忘れてたー」 まぁ確かに鍵を持ってる家に来るのに呼び鈴を使うことは無いだろうけど。あんな胆が冷える開け方、今後はご遠慮願いたい。 鞄と上着を抱えて立ち上がりながら、さっさと寝かしつけてしまおうと考える。風呂は明日朝イチでいいだろ。今入らせたら沈みそうだ。 「ほーら、そろそろ立て。洗面所に着替え持ってくッから、その間に歯ァ磨」 「靖くーん」 「……なーにィ」 「運び屋さんに、お願いがありまーす」 「……嫌な予感しかしねェなー?」 「ぴんぽーん」 そう言ってへにゃんとした表情で俺に向かって両腕を伸ばしてくる。何がぴんぽーんだ、呼び鈴か。 しかしここで放置すると彼女は確実にこのまま寝る。決して長くはない月日で、俺は確かにそれを学んでいる。 せめての反抗心で俵担ぎにして運んでやろうかと思ったが、腹部圧迫して吐かれたら事だと思い、おとなしく横抱きにして洗面所に運ぶことにする。 「あーあ、唯チャン、ちょっと食べ過ぎたんじゃナァイ?」 「重たいですかー」 「軽くはねェな」 恨みがましく言ってみてもやっぱり「ふへへ」と笑われる。何が楽しいんだか、酔っ払いの脳内は理解出来ない。 彼女をおろし歯ブラシを握らせ歯磨きをするように厳しく言いつけて、鞄と上着を置くついでに着替えを取りに部屋へ戻る。 収納棚のうち彼女に明け渡した一段を開けたもののどれがどれだかわからないので、とりあえず俺の部屋着を持っていくことにした。 右手に歯ブラシを持ち、左手に化粧落としのシートを持った器用な彼女の頭の上に、ぽすんと着替えを乗っけた。 「着替えたら台所おいで、いいモンあげるヨ」 「靖くん、眠たい……」 「うん、すぐ終わッから」 「んー……」 数分後、俺のラグランTシャツとハーフパンツに身を包んだ彼女が目を擦りながら台所へやってきた。まるで子どもだ。 そんな彼女に、マグカップに注いだグレープフルーツジュースを手渡す。すると、ぼーっとしたまま首を傾げられた。 「なにー?」 「明日の幸せのためのお薬」 「危ないお薬?」 「合法だから早く飲ンで」 グレープフルーツジュースは、二日酔いを抑えるらしい。どれくらいの効果があるのかは、酒で無茶をしたことが無い俺には解らないけど。 二日酔いになりやすい彼女のために、俺が勝手に調べて勝手に常備してるだけだが、これを飲ませた時は二日酔いになってない。 だからずっと続けてるんだけど、まぁ勿論そんなこと彼女は知らないし、酔ってる時に飲ませてるからきっと憶えてもないと思う。 「唯チャン明日のご予定はァ?」 「んー……予定は未定……」 「そ、じゃあ寝坊してもいいな。オレは朝からひとっ走り行くけど、ゆっくり寝てろよ」 「うん……」 空っぽになったマグカップを流し台に置き、彼女の手を引いてベッドに向かう。 電気を消して二人一緒にベッドに横になると、間を置くこと無く寝息を立て始めた。なんて早業だ。 思わず苦笑が漏れるが、ほんの数時間前に抱きしめたいと思った身体が目の前にあることが何より嬉しくて仕方ない。 細いくせにやわらかい身体を包み込むように抱きしめると、微かにアルコールの香りがする。俺が飲まない類の、甘い酒の香り。 彼女自身の甘い香りと混じって、その匂いだけで酔ってしまいそうだと思いながらも身体を寄せることはやめなかった。 明日朝起きてペダル回しに出掛けて、その帰りに彼女が好きなアイスを買って来よう。 机に積んであるレポートを何が何でも昼過ぎには終わらせて、一緒にアイス食って、その後の彼女の未定の予定を俺が埋めてやろう。 そのために、彼女が明日の朝気持ちよく起きることができますように、と願いを込めて、額に口付けながら「おやすみ」と呟いた。 アルコール0%の中毒症状 (寝ても覚めても醒めない酔いに蝕まれ、幸せと思うのは病気だろうか) 年上相手にも長男気質全開の荒北が書きたくて。 15.10.27 |