2回目の、インハイ1日目が終わった。
身体のくたくた加減がやけに懐かしく思えたけど、どれだけチャリ乗っても、慣れることは無いやろなと思う。
ずいぶんとハードな初日やった。どこで戦えるか、いつ仕掛けられるか、ずっと考えとったけど、まさかこんなに早く御堂筋と戦うことになるとは。

(……しかも、勝たれへんかったし)

御堂筋に勝って取り戻すはずやった最速スプリンターの称号は、到底手の届かないところに追い遣られてもうた感がある。
あれだけ勝ちたいと思とった相手と、同着。しかも2位。1位は、ハコガクに持っていかれた。
……勝てると思った。ゴール前のびるスプリント、あのタイミングでの仕掛け。勝てた。勝てる勝負やった。体格差が、無ければ。

(牛乳飲む量増やしたかて、流石に2メートルは超えられへんわな……)

旅館脇の道に転がる石を蹴飛ばしながら諦めたような笑いがこぼれた。アホらし。
さっきまで来とった小野田くんの台風オカンが帰って、ワイらも部屋に戻ろうか、と口にしつつ途中で足を止めてしまった。
不思議そうに振り返る小野田くんに「電話してくる」と言うと、いつもの笑顔で「先に戻ってるね」って言うてくれた。
多分、電話の相手も内容も解った上で、何も言わず何も訊かずにいてくれた。ホンマええ子や。
台風オカンが持って来たキャップを指でくるくる回しながら、片手でケータイを弄って目当ての番号を呼び出す。

「はいはーい」
「出んの速ッ」
「へへ、ちょうどケータイ触ってたから」
「あ、そうなんや。今平気か?」
「うん、大丈夫」

耳元で響くやわらかい声が、ひどく沁みる。駐車場の縁石に腰掛け、ひとつ息を吐いた。
電話を掛けてみたものの、特にしたい話があるわけやなかったことに気付く。何を切り出そうかと考えていると、新名の声が先に届いた。

「一日目、お疲れさま」
「ん、おおきに」
「身体、ちゃんとほぐした?」
「おー、さっき風呂あがったとこやねん。部屋戻ったらまたマッサージかな」
「そっか。あと二日あるし、念入りにしとかないとね」

結果は、言わへん約束をしとった。新名は部活があって、三日目に友達とこっちに来るから、それまでドキドキしとく、と。
三日目のスタートには間に合うから、一番最初にスタートライン越えるの見たいな、なんて言われて、任しときーなんて言ったのが昨晩のこと。
トップ争いが出来る位置には居る。けど初日からこの有り様で、この先何が起こるかわからへん。そら、勝負なんてそういうものやと解ってはいるけど。
アカン。話すことを考えとったわけやないけど、こんな暗い思考になるために電話したんとちゃう。
指先でくるくる回していたキャップを目深に被り、ひとつ咳払いをしてから少しだけ意識して明るい声を出す。

「吹奏楽部、順調か?」
「うん、月末にはコンクールだからね。もう最終調整入ってて、いい感じだよ」
「そっか。県立ホールやろ、観に行こかな」
「鳴子くん、寝そうだなぁ」
「おー……否定でけへん……」
「起きて」

それからしばらく、新名の部活の話を聞いた。顧問の先生の下手な物真似、あと今日の寄り道先とか、いろいろ。
一日会わんだけで、ようこんなに話すことがあるなってくらい、話題は尽きない。それがどんなに有り難いことか、今日はとことん身に沁みる。

「鳴子くん、静かだね。疲れちゃった?」
「や、ええねん。平気や」
「そう?無理しちゃ駄目だよ。休息もレースのうちなんだからね」
「お、ええこと言うな」
「でしょー」

声色から得意気な表情が目に浮かんで、思わず口元が緩んだ。緩むのは、口元だけでええのに。もう散々、涙は流したはずやのに。

「……新名」
「ん?」
「ごめんな、ちょっと、電波悪いかも」
「え、嘘。あ、じゃあメールに切り替」
「ちゃう、くて、……あー、」
「……鳴子くん?」

普段あれほどぽんぽん言葉が出てくるのに、考えるより先に口が動くのに、今は全然声にならへん。
目の奥がじんわり熱くて、鼻の奥がツンとして、喉の奥が詰まったみたいに苦しくて、耳の奥がひどく痛い。それでもどうにか、声を絞り出す。

「そのままで、居って」
「え、でも」
「電波悪いから、ワイの声聞こえへんかも知れんけど……、切らんといて」

そんなバカみたいな言葉に「わかった」と新名が優しく応えてくれた瞬間、アホみたいにぼろぼろと涙が溢れてきた。

悔しい。
勝てると踏んだ勝負際、あんなにもわずかなリードを許したこと。
今までだって、散々負けてきた。体格差で負けたレースだって、いくつもある。
勝ちたい、強くなりたい。そのためには背を伸ばす必要があって、だから毎日牛乳飲むし、飯だっていっぱい食う。
けど、どうしたって限界はあって、……それでも、それをしゃーないなって笑えるなら、ロードレース自体を辞めることを選んだと思う。
ロードが好きやから、勝ちたくて。勝ちたいから、強くなりたくて。皆が皆そう思とるからこそ戦いはおもろいって、そんなこと、わかっとる、けど。

まとまることのない気持ちを脳内に敷き詰めて、ぐずぐず洟をすすっていると、電話越しに音楽が聴こえ始めた。
新名がプレイヤーで流しとるんやろか。その曲は聞き覚えがあって、ようやっと、初めて彼女のトランペット演奏を聴いた曲やと思い出す。

「ねぇ、鳴子くん」
「……ん」
「星が綺麗だよ」

言葉に誘われるまま、キャップのツバを指先で持ち上げて空を見上げる。そこには確かに、満天の星空が広がっていた。
星空は少し滲んでいて、それが自分の涙のせいやと気付いてごしごしと拭う。けど上を見上げたからか、俯いていたときほど涙も鼻水も出てこない。

「明日も、ロードレース日和になるね」
「……せやな」

どんなに悔しくても辛くても、明日のスタートを切ればまた夢中でペダルを回すんやろな。今までずっと、そうしてきたように。
しゃーないよな、負けて悔しくて格好悪くボロ泣きしてまうくらいには、ロードレースが好きなんやから。

「三日目、朝一番にそっち行くからね。スタート見送ったら、ゴールで待ってるよ」
「……おぉ」
「ゴールでトランペット吹いてあげようか?」
「派手やな!?」
「好きでしょ?」
「ワイでも流石に恥ずかしいで。……まぁ、でも、待っといて」

トランペットはさておき、最終日、彼女がゴールで待っとる。それを想像しただけで、脚が疼く。なんて単純なんやろ。けど、悪くはないわな。
きっとまた、予測不能な出来事が待ち受けている。それでも、願い祈り、待っていてくれるひとが居るなら、今年こそは。

「一目散に、ゴール目指して走ったるわ」



満天の星空に願い事は預けない

(ゴールラインの向こう側で、一番に君の笑顔に会いたい)


どうしても、ひとりで泣かせたままは嫌でした。
15.09.04

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