「じーんぱちっ」
「ん?」

今日は尽八の家に来ている。久しぶりにだらっとした時間を過ごしている途中、ベッドに寄り掛かり雑誌を読んでいた尽八に声を掛けた。
顔を上げた尽八に、向けていたカメラのシャッターを切る。彼は一瞬ぽかんとして、それからすぐ眉根を寄せた。

「何だいきなり。撮るなら撮ると言え!今、完全に素だったぞ」
「そういう表情を撮りたかったからいいの。尽八、カメラ見るといつもキラキラした表情するから」
「写真は残るものなのだから、美しく写って当然だ。まぁ、俺は素の表情すらキラキラしているがな!」
「うっざ」
「ウザくはないな!そしてその言い方、荒北みたいだ!ならんぞ!傷付く!」
「じゃあ傷付いた表情を一枚」
「お断りだ!」

ちぇっと唇を尖らせて、手元のカメラを弄る。入れ替えたばかりのフィルムがきちんと巻かれているのを確認していると、尽八が首を傾げた。

「初めて見るカメラだな」
「LOMOっていうんだよ」
「ろも?」
「昨日、お父さんに貰ったの。おさがり」
「ふぅん。フィルムカメラなのか?使い捨てじゃないのは初めて見るかも知れない」
「そうなの?見る?」

そう言って尽八にカメラを差し出すと、彼はやけに丁寧な手付きでそれを受け取った。
私の父親はカメラマンで、尽八もそれを知っている。このカメラはそこまで高価なものじゃないけど、それでも父親がずっと使っていたものだ。
おさがり、という一言で、物の物質的じゃない重さを感じ取る、尽八のそういうところが、とても好きだなと思う。
受け取ったカメラを目線の高さまで上げてまじまじと見つめている彼に、くすくす笑いながら言葉を掛ける。

「撮ってもいいよ」
「え、勿体無いだろ、フィルムなのに」
「いいよ、1、2枚くらいなら」
「……じゃあ、目線こっち」
「あ、私?」
「それ以外の被写体、無いだろう」

尽八の部屋をぐるりと見渡し、それもそうかと納得する。カメラに視線を向け、無難にピースサインをして見せると、ぱしゃりと音が響いた。
いつもは私が撮る側だし、尽八は私以外にも撮られることが多いひとだから、カメラを持っている姿は新鮮だ。
撮り終わると自動的にフィルムが巻かれる仕様なので、その音が響く。それを珍しげに見る彼は、どこか無邪気で可愛らしい。

「ちゃんと撮れただろうか」
「現像しないとわからないのも、フィルムカメラの楽しみのひとつってね」
「あ、今の、現像したら見せて欲しい。っていうか、欲しい」
「いいよー」

現像に使う暗室は、家にある。小さい頃は頑なに入るなと言われていたそこにやっと入るのが許されて、今は現像の仕方も少しずつ教わっている。
一瞬を一瞬で切り取って、その一瞬を、じっくり時間を掛けて一枚の紙に再現する。今の自分から生まれた過去が、未来に残る。
それは本当に素敵なことだと思うし、もし父親のようにはなれなくても、ずっとずっと、カメラは趣味として残しておきたいなと思っている。
そんなことを考えている私の横で、尽八は「ふむ」だの「うん」だの言いながらファインダーを覗いて自室を見回している。

「どうしたの」
「んー、カメラを覗き込むっていうのは、なかなか慣れないものだと思ってだな」
「あーそっか、デジカメもケータイも、覗き込まなくていいからね」
「こうやって覗き込んでると、解る気がするぞ。昔よく言われていたらしい、魂が取られる、ってやつ」

そう言いながら、ファインダーを覗いたまま私の方を向く。

「……何。魂、欲しいの?」
「別に魂が欲しいわけでは無いが、……心の中、全部見えたらいいのに、とは思うかな」
「見えたら困るよ」
「へぇ、困るようなこと、考えてるってことか」
「そうじゃなくてっ!普通に考えて!困るでしょう!?」

床をばしばし叩きながら言い返すと尽八は楽しそうに声を上げて笑った。そしてまたカメラを構えてファインダー越しに私を見る。

「たとえばこう、構えたまま、オレのことを好きかと訊ねたとして」
「はい?」
「普段は聞けない、尽八好き好き大好き!みたいな想いが見えたらとても素晴らしいんだが」
「思ってないから見えないよ?」
「思えよ!」
「ほら、返して」

むぅ、と唇を尖らせて私にカメラを差し出してくる。カメラには両手が添えられていて、やっぱり好きだなぁ、と思う。見えないから思い放題だ。
カメラを受け取り、私もファインダーを覗き込む。風景を撮ることが多いから、昔の人が言う魂云々は意識したことがなかった。
レンズの中の尽八は小さく首を傾げて見せ、すぐに「ほぉ?」と笑う。なんだなんだ。

「覗きたいか、オレの心を」
「いや別にそういうつもりは微塵も」
「微塵も!?」
「っていうか何でそんなに嬉しそうなの……。尽八は困らないの?」

覗けないことはわかりきっているけれど、心を覗かれることにそんなわくわくして、このひとは大丈夫だろうか。心配だ、主に頭が。
普通、嫌がったり恥ずかしがったりするものじゃないのか。少なくとも私は嫌だし恥ずかしいし拒みたい。
そう思いつつ訊ねた言葉に、尽八はきょとんとした表情を浮かべた。

「何故困る必要があるんだ」

胸元あたりまで少し下げていたカメラにゆっくり触れて、また私の目の前に移動させる。
促されるままに覗き込んだレンズの中で、尽八がまるでレース中みたいな不敵な表情を向けてきた。

「何一つとして、知られて困ることなんて無いぞ。心なんて、とっくに全部奪われているからな」

ファインダー越しに絡んだ視線が、外せなかった。自分の見目の良さを熟知している人間が意識的に見せる綺麗な表情は、タチが悪い。

「どうした、あまりの美しさに声も出ないか」
「……うっざ」
「それ傷付くと言っただろう!」
「傷付いた表情撮っていい?」
「駄目だとさっきも言っ、な、今撮ったな!?」
「撮った」
「何でだ!」
「好きだから」
「…………ズルくないか、それ」
「仕返しだよ、ばーか」
「馬鹿ではないな!」



年中無休のシャッターチャンス

(見えないはずの幸せを見せてくれるから、君も、君の写真も、大好きだよ)


箱学写真部に入ってチャリ部を追い掛け回したい人生だった。
15.08.26

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