“遅延しました、10分くらい遅れます。雨なんで、どっか入って待っててください。” 駅前で待ち合わせを予定している雪成から、さっき届いたメールだ。 雨の日は交通機関が乱れる。毎日電車とバスを乗り継いで通学している私はそれに慣れていて、今日も少し早めに家を出た。 雪成は普段自転車にばっかり乗ってるから、そういうことにあまり馴染みが無いんだろうなと微笑ましささえ感じるあたり、私は彼に甘い。 雨が降り込まない場所だし、このまま待っていてもよかったけれど、文面からしてどこか店内に入っていないと叱られそうだ。 雪成はいつもカリカリしているけれど、今日はきっと遅延のせいで尚更ご機嫌斜めになっていると予想される。従っておいた方が身のためである。 ちょうど目の前にゲームセンターの看板が目に入り、そこで待ってる旨を返信して入店することにした。 休日の昼間で、この天気だ。いつも賑やかな店内が、今日は3割増しくらいで騒がしい気がする。 何か見て時間を潰そう。小学生が集っているガチャガチャのコーナーをすり抜けて、クレーンゲームのコーナーをぶらりと歩く。 人気のキャラのぬいぐるみやフィギュアやグッズが並ぶ中、ふと目に留まったのは、手乗りサイズのぬいぐるみの山。 「……黒猫だ」 しかも目つきが雪成そっくりだ。これはやるしかあるまい。 クレーンゲームは得意じゃないけど、沢山積まれてるし何回かやれば取れるかも知れない。時間潰しにもぴったりだ。 財布を取り出して100円玉を2枚投入し、いざ、とレバーに手を置いたところで、そこに重ねられるように大きな骨張った手が置かれた。 背中に密着するように身体を近付けられ、なんだなんだ新手のナンパか!?はたまた痴漢か!?とびっくりしてバッと振り返る。と、 「っ、雪成!」 「どれですか、欲しいの」 「え、えと、猫……、あの、黒いの」 そう告げると、私の手ごとレバーを動かし、黒猫の真上までクレーンを移動させる。 途中耳元で微かなリップ音がして、ああ唇を舐める癖が出てるんだろうなと、気付かれないように口元を緩めた。 「、あ、取れた!すごい、一発だ!」 「これだけ積んであれば、ちょっと引っ掛ければ落ちますよ。良かったですね」 「うん、ありがとー!」 雪成が屈んで取り出してくれたぬいぐるみを、両手で受け取る。 宝物にしようと密かに決意しながら、雨に濡れないように大事に鞄に仕舞い終えると同時、雪成の手のひらが私の手を包んだ。 「すみません、遅れて」 「んーん、全然。それに、ぬいぐるみ取ってくれたからチャラだよ」 「あんなのでいいんですか」 「だってあのぬいぐるみ、雪成に似てたもん」 「……はぁ?もしかして、欲しかった理由、それなんですか?」 「そうだよ?」 「ふーん……」 そう呟いて私の手を引いたまま、ゲームセンターの出口まで歩く。傘を広げるのが面倒だというので、駅の地下街に降りることにした。 「なんか、こないだ雑誌で見て行きたいって言ってた店、地下街でしたよね」 「あぁ、生パスタのお店?」 「かな?飯食うとこってことしか憶えてませんけど。行きましょうか」 「……いいの?興味無さそうだったけど」 窺うように雪成に視線を送り首を傾げる。 だって私が雑誌を見て、美味しそうだの行きたいだの呟いてたときも、「行ってらっしゃーい」と手をひらひら振られただけだった。 じっと逸らさずに見ていると、雪成が小さく息を吐いてから私の手をぐいっと引き、距離を寄せる。 「不機嫌最高潮だったんですよ、オレ」 「ん?」 「雨でチャリ乗れないし、渋滞でバスは全然進まないし」 「大変だったねぇ」 「約束には遅刻しちゃうし、おかげで彼女はナンパ野郎の巣窟でしかない休日のゲーセンで一人で待ってるって言うし」 「……怒ってますね?」 「正しくは、怒ってた、ですね。言ったでしょう、不機嫌最高潮だった、って」 過去形ということは、不機嫌なのは直ったということか。 いや最高潮だったのがちょっと緩んだだけで不機嫌は直ってないのでは、とぐるぐる考えていると、きゅ、と指先の力が強まった。 「オレが居ないとこでオレのこと考えてくれてたの嬉しかったから、ご褒美です」 ざわつく地下街の中でもはっきりと聞こえたその言葉は、外で言うには少し甘すぎて、思わずぽかんと口を開けてしまった。 一瞬遅れて、かぁっと頬が熱くなる感覚がしたけれど、ちらりと窺った雪成の耳や首筋も赤くて、ああお互い様かと口元が緩む。 照れるなら言わなきゃいいのにと思いつつ、やっぱりその言葉も行為も嬉しくて、私からも指先にきゅっと力を込める。 「ありがと、雪成」 「……うん」 「あと、ごめんね、ゲーセンに居たこと」 「いいですよ、もう。唯先輩のことだから、どうせ見渡して真っ先に看板が目に入った店に、大して何も考えずに入ったんでしょ」 「う……、よくおわかりで……?」 「わかりますよ。だから、そんな単純思考すら読めなかったオレの落ち度でもあります」 なんだか散々な言われようだが、何も言い返せずに黙り込む。 途中で地下街の案内図を見つけた雪成に店の場所の確認を促され、記憶を頼りに店名を探し出す。 「ありがとね、雪成」 「今度は何ですか」 「ん?お店のこと憶えててくれたの、嬉しかったから」 「別に、普通のことじゃないですか?」 「そう?結構難しいと思うけどなぁ」 だって、本当に流れるような会話の、ほんの一部だ。そんなことさえ憶えていてくれたことが、ただただ嬉しくて仕方ない。 堪え切れない笑みを浮かべる私の横で、雪成が「憶えてるに決まってるでしょう」と言葉を紡ぐ。 「好きなひとを喜ばせる材料は、多い方がいいですからね」 「…………今日はどうしちゃったの、雪成くん」 「どうもしませんよ、ご機嫌なだけです」 「ほう、じゃあ是非これから毎日そんな感じで」 「お断りします」 「何で!?」 ご機嫌斜めは方向を変えて (君のひとつひとつで上下に揺れ動く心が、こんなにも愛しくて嬉しい) 雪成のせいで、黒猫グッズが増える日々。 15.06.27 |