雪成が私の住む町に着いたのは、お昼前だった。電話をした段階で、もうすでに箱根からは出ていたらしい。なんて気が早い。
待ち合わせた最寄りの駅が大きくて良かったと思った。おかげで迷わずに来られた、と雪成が笑ったからだ。
駅前のスーパーで出来合いの昼食を買い、迎えに来た時よりもゆっくりとした歩調で帰路を辿る。
家に着き鍵を開けると、雪成がものすごくおずおずと「お邪魔します」と入ってくるのが何だかおかしかった。

「いい部屋見つけましたね」
「ね。ワンルームだけど、まだ新しくて綺麗だし。雪成、着替えるでしょ。シャワーも使っていいよ」
「いや、どうせ荷解きで汗かくだろうし、着替えだけ……」
「ん?どした?」
「……唯さん。あの窓、カーテンは」
「あー……、まだ、買って、なかっ、たり?」
「っ、バッカじゃないですか、アンタ!」
「いやー、すっかり失念してまして」

そう言うと、はぁぁ、と彼が大きく溜息を吐く。
そうなのだ。ベランダに続く大きな窓のカーテンのことは覚えていたものの、部屋の西側にある窓のことを忘れていた。
入居日すぐに気付いて買わなくちゃと思ったものの、ホームセンターの場所やら行き方を調べることが面倒で放置したままだ。

「飯食ったらすぐ買いに行きますよ」
「えー、通販でいいよー」
「時間掛かるから駄目。……離れてるだけで結構不安なんですから、これ以上不安要素を増やさないでください」
「……やだ、雪成超可愛い」
「一人で行ってきますか?」
「ごめんなさい一緒に来てください」



「大きいお店だねー」
「わりと近くにあって良かったですね。何か足りないものに気付いたら、すぐ来られますよ」

直行したカーテン売場は品揃えが豊富で、目移りする。来る前に測ったサイズと照らし合わせ、引っ張り出しては戻すのを繰り返す。

「……ねぇ、雪成」
「はい?」
「選んで」
「はい!?」
「カーテンの柄。あ、あと、目覚まし時計も」
「時計持ってないんですか」
「壁掛けはあるよ、出してないけど」
「……後で出しましょうね。で、何でオレが選ぶんですか。自分の好きなやつの方がいいでしょう」

レーンに掛けてあるレースカーテンを引っ張りながら雪成が首を傾げる。

「だって、カーテンは毎日開け閉めするし、目覚まし時計だって毎朝使うでしょ」
「そうですね」
「生活の一番傍に、雪成が選んだものがあれば寂しくないかなって」

私の言葉に雪成が目を丸くして、すぐに手のひらで顔を覆って大きな溜息を吐く。今日だけで、何度溜息を吐かれたことだろうか。

「……言っときますけど」
「ん?」
「今の、外じゃなかったら確実に抱きしめてましたからね」

手の甲でぺしんと私の額を叩いた雪成の頬は、ひどく赤い。
ああやっぱり可愛いなと思ったけれど、また機嫌を損ねそうだから、思っただけでやめておいた。

「どうせなら、オレっぽい柄にしてやりたいですね」
「何、自転車柄とか?」
「ねーよ」



「結構片付きましたかね」
「うん、ありがとー。段ボールが空っぽになっただけで満足」
「うっわ、外もう真っ暗」
「お腹空いたね」
「どっか出ます?晩飯作れるほど材料買ってないでしょ」

雪成のその提案に頷いて、財布だけ持って家を出た。駅も大学も近いから、この近辺は飲食店が多く立ち並んでいる。
ふたり手を繋いで歩く道は、夜だというのに煌々と明るい。

「今日、ほんとありがとね」
「いえ別に。オレが来たかっただけですから」
「そんなに会いたかった?」
「まぁそれもありますけど」
「え」

からかいのつもりで言った言葉を潔く認められて、面食らってしまう。指先が熱くなったのが、伝わらないといいなと思った。

「でも何より、この町に来たかったってだけです」
「この町に?」
「そう。唯さんがこれから暮らすこの町を、オレがただ見たかっただけ」
「……そっか」
「あぁ、それと、唯さんの部屋に入る最初の男は、オレでありたかったってのもあるかな」
「……雪成以外、入れたりしないよ」
「うん、それは信じてるけど。気持ちの問題」

会話の途中に一度交えた咳払いが、胸に刺さる。私と同じように、彼も本当に不安なのだろう。
こんなところにまで会いに来てもらって、愛されているという実感は溢れる程に抱いている。私は彼に、何をどうすれば返せるだろうか。
メールでも電話でもいいから、くだらない話を毎日しよう。偶にはどうにもならないわがままも言おう。
不安にさせないように、大切だよって、冗談交じりでもいいから伝えよう。自惚れでも何でも、彼が好きになってくれた私のままで居よう。
大丈夫、と呪文みたいに繰り返して、雪成の細長い指の感触を刻み込むように、きゅっと指先に力を込めた。

「あ、雪成が最初の男じゃないや」
「は!?」
「ネット回線と引っ越しの業者さん入れちゃったもん」
「……ノーカンでしょ、それ」





雪成っぽい柄なら、きっとモノトーンか黒猫か雪の結晶。
15.04.14

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