インターハイが終わって、千葉に帰ってきたと鳴子くんからメールが来たのが夕食時。
お昼に電話で結果を聞いて祝福の言葉は伝えていたので、ゆっくり休んでね、とメールを返してお風呂に入った。
お風呂から上がるとケータイのランプが光っていて、まさかと思って慌てて確認するとやっぱり鳴子くんからだった。
ちょっとだけ会えへんかな、という文面にびっくりして受信時間を確認すると15分前。
まだ大丈夫だろうか。メールではもどかしくなり電話を掛けると、すぐに鳴子くんに繋がった。「はぁいー」という元気な声に安心する。

「ごめんね、お風呂入ってたの」
「うん、そうやないかなって思とった。あのな、今、新名んちの近くのコンビニに居るんや」
「あ、そうなの?じゃあちょっと待ってて、すぐ行くよ」
「アホか、危ないやろ。ワイがそっち行くから、髪乾かしたら出といでや」

そう言って電話を切られてしまった。夏場だしほっといてもすぐ乾くだろうけど、ああ言われた以上乾かさないと叱られそうだ。
手早くドライヤーで髪を乾かし、リビングに居る母親に「ちょっと鳴子くんとお話してくるね」と伝えて玄関へ向かう。
お父さんに気付かれないようにね、と楽しげに笑われ、はいはいと返事をする。父親はどうやらお風呂に入っているらしい。
サンダルを履いて玄関を出ると、鳴子くんが門に寄り掛かって待ってくれていた。

「鳴子くん、お待たせ」
「こんばんはー。えらい早かったな、ちゃーんと乾いたんかぁ?」
「乾いたよ、大丈夫」
「そっか、あっち行こか」

自転車を押して歩く鳴子くんの隣をついていく。家の裏手には、ブランコふたつと砂場だけの小さな公園がある。
鳴子くんが家まで送ってくれたとき、たまにここに寄ってお喋りしたりするのだ。小さな公園だから、夕方以降は滅多に人は来ないし。
柵に自転車を立て掛けて、いつも通り、ふたり並んでブランコに座る。キィ、と甲高い音が夜空に抜けるように響いた。

「鳴子くんの自転車、ピナレロじゃないね」
「あぁ、流石にインハイで乗りっぱなしやったからなぁ。それに、倒れたとき、ちょっとギアんとこ傷付いてもうてな」

倒れたとき、という言葉に思わず身体が強張ってしまった。ああ、本当だったんだな、という思いと共に、言葉を失う。

「聞いとるんやろ、マネージャーから。途中棄権やて」
「……うん。幹ちゃん、帰りのバスの中から、表彰式の写メ送ってくれて……その時に」
「そっか。帰りのバス、ワイ爆睡しとったなぁ」
「ごめん、ね。鳴子くんに電話もらったとき、知らなくて……。よかったね、って、私……」
「何で謝んねん。よかったし、めでたいし、嬉しいことやろ?何せ、一番やからな!」

ブランコをキィキィ揺らしながら、笑顔でそんなことを言う。その甲高い音が、彼の悲痛な想いの音のようで、私はまた言葉を返せなくなる。

「ほんま、嬉しいんやで。最高のポジションまでチーム引けたことも、優勝したことも」
「……うん」
「ロード初心者やった小野田くんがインハイ中にぐんぐん成長してゴール獲ったことも、なんや感慨深いし。……けど」

言葉が途絶えて、ブランコの金属音と虫の声、そして鳴子くんが足元の土を小さく蹴る音が響く。
夕立のせいで少し湿った土はまだ熱を含んでいて、じわっとまとわりつくような、夏の匂いがする。

「初めてのチーム戦で、1日目も2日目も、ゴールんときの安心感が嬉しくて。3日目のゴールはどんなに嬉しいんやろって、思ってたんやけどなぁ」

少し自嘲を含んだような言い方に、胸が痛んだ。声色の明るさが切なくて、涙が滲んでしまう。
バカみたいだ、何で私が泣いてるんだろう。一番泣きたいはずの鳴子くんが、泣けていないというのに。
暗がりだしわからないだろうと思ったけれど、無意識に洟をすすってしまったらしい。私の涙に気付いた鳴子くんが、ブランコから立ち上がる。

「泣きなや、赤う腫れてまうで」
「……赤、好きでしょ」
「確かに赤は好きやけど、ワイの好きな赤とちゃうなぁ」

私の足元にしゃがみこみ、手を伸ばして私の目尻を指先で撫でるように擦る。それが逆に私の涙を促して、更にぽろぽろと零れ落ちた。
困ったように笑った鳴子くんが、ポケットをごそごそと探り、飴玉をひとつ取り出した。

「涙が引っ込むお薬、あげよか」

弟や妹が居るからか、鳴子くんはたまに私にもこういう子どもを相手にするような扱いをする。そして悔しいことに、私はそれが嫌ではない。
包み紙から出した飴玉を口元に運ばれて、いつものように私は口を開けて受け入れた。ころころと転がした飴玉が、舌に馴染んでいく。

「、―――っ!?……っ、何、すっぱ、っ、はぁぁぁ!?」
「うわー、めっちゃええ反応するなぁ」
「何これ!?すっぱい!ひたすらすっぱい!!」
「飴ちゃんの詰め合わせ買うたら入ってた。激すっぱレモンいうやつ。妹に食わせたら、すっぱすぎるーって泣かれたわ」
「涙が引っ込むお薬ちゃうやんか!」
「お、ええツッコミ」

けらけら笑いながら包み紙を渡され、吐き出すように促されたのでお言葉に甘えることにする。
続いてまた飴玉を差し出され、思わず怪訝な表情を浮かべた私に彼は苦笑しつつ「いちご」と一言告げた。迎え入れた飴玉は、確かに甘い。
けどまだ舌に残る酸っぱさがどうにも邪魔で、仕返しとして少しブランコを揺らして勢いをつけ、鳴子くんの身体にぶつかってやった。

「痛いな!DVや!ひどい!」
「ドメスティックじゃないからDVじゃないもん」
「バイオレンスなのは認めるんやな!?」

べ、と舌を出し子どもじみたやり取りをしている最中、鳴子くんのぺたんこの髪に隠れるように白い布が巻かれているのに気が付いた。

「……包帯?」
「あー、落車んとき、切ってもうて。もう血は出てへんのやけど、念のため」
「……痛い?」
「や、傷は塞がっとるはずやし、痛くはないで。一応、明日も病院には行けって言われとるけどな」

暗がりで気付かなかったけれど、よく見れば腕も脚も小さな傷がたくさん出来ていた。
ロードレースに怪我は付き物だ。出来れば怪我はして欲しくないけれど、でも、この痛々しさも、強さの糧と呼べる日が来るといい。
そう思いながら労うようにゆっくりと頭を撫でていると、鳴子くんが急に立ち上がった。
やっぱり痛かっただろうかと謝ろうとした矢先、肩に重みが圧し掛かる。

「……鳴子くん?」
「ごめん」
「え、何、」
「……ごめん、なんか、緩んでもうた……」

普段以上の掠れた声と肩口の湿っぽさで、彼が泣いていることに気が付いた。遣り場の無い悔しさを、ずっと堪えていたのだろうか。
いつもの賑やかな声からは想像出来ないくらい、ずいぶん静かに泣くんだなと思いながらとんとんと彼の背中をたたいた。
彼が嗚咽を漏らすたび、私が乗ったブランコが小さく揺れて、キィ、と音を立てては消えていく。
私は、鳴子くんの赤い髪と傷だらけの腕を撫でながら、彼の心の悲痛な想いも消えてくれますように、と願うことしか出来ずにいた。



絵空事に焦がれた夏の話

(涙が引っ込む薬は持ってないから、涙が止まるまで泣いていいよ)


お疲れさま。今年はゴールが見られますように。
15.02.03

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