大好きなひとの誕生日というのが、こんなにもドキドキするものだとは知らなかった。
いや、本来ここまで緊張するものではないのだろう。ただ私は、彼の誕生日であるこの日に、どうしても彼に言わなきゃいけないことがある。
もう一緒に誕生日を過ごすのも3回目だし、そろそろいいんじゃないだろうかとここ数週間ずっと考えていたのだ。
それを、いよいよ今日言うことになる。

「翔くん、お誕生日おめでとう」
「……うん、おおきに。脚、崩してええで」
「や、あの、うん」
「何やの、さっきからおかしいで。お腹でも痛いんか?」
「いいえっ、絶好調です!健康体そのものです!」
「……それならええけど」

向かい合って正座したままの私を、翔くんが怪訝な表情で見てくる。無理もない。
初めてこの部屋に来たときだって、ここまで緊張していなかったように思う。勘の鋭い彼が、不審に思わないはずが無いのだ。
翔くんはひとつ息を吐くと、膝立ちになってずりずり距離を縮めてきた。そのまま私の頬に触れ、珍しく真っ直ぐ視線を絡められる。

「唯ちゃん」

こういう時、翔くんの声はとても優しくなる。ずるいな、と思う。
言ったことはないけれど、きっと、私がこの声に弱いことはお見通しなのだろう。悔しいと思うのに、操られるように唇は動く。

「あのね、あの……、翔くんに、お願いがあるの」
「……誕生日やのに、ボクがお願い聞く側なん?」
「う……、お、お誕生日じゃなくてもよかったんだけど……きっかけが無くてですね……」
「ええよ、言うてみ」
「……行きたいところが、あるの」

首を傾げた翔くんから視線を外し、一回呼吸を整える。そして再度真っ直ぐ視線を絡め、ゆっくり口を開く。きちんと、届くように。

「翔くんのお母さんの、お墓参りに連れて行って欲しい」

瞬間、翔くんの身体がぴくんと揺れ、表情が強張る。
母親という存在は、「御堂筋翔」の真ん中だ。私はどうやったってそこには存在出来ないし、存在するべきではないとも思っている。
だけどそれでも、翔くんに寄り添っていくためには、どうしてもその真ん中に近付く必要がある。
彼の糧であり、枷でもあるその存在を、少しでも分けてもらいたいと思うのは、きっと間違ったことじゃない。

「初めて、翔くんのお母さんの話を聞いて、お仏壇に手を合わさせてもらったときに、いつか会いに行かなきゃって思ってたの」

それでも、今の今まで言えなかった。月に一度訪れている其処は、彼にとって大切な場所であろうことは想像に容易い。
連れて行ってもらうためには、翔くんとずっと一緒に居る覚悟と、ずっと一緒に居たいと思ってもらうことが必要だった。
前者はもう、ずいぶん前から変わらない覚悟として私の中にある。あとは、彼の気持ち次第だ。
反応をびくびくと待っていると、不意に腕を引かれ、翔くんの胸元にぽすんと預けた身体は、彼の両腕におさめられた。

「あ、翔くん?」
「……あんまり、驚かさんといてくれる」
「……驚かすつもりはなかったよ」
「言おうと思とったこと先に言われたら、誰だって驚くやろ」

その言葉に、今度は私が驚く番だった。翔くんの胸元からがばっと勢い良く顔を上げると、「見んなや」と再び抱きすくめられる。

「……月命日に、霊園行くたび、キミのことばっか考えよった。ほんまは、何度も連れて行こうと思ったんや」
「……うん」
「けど、言い出せへんくて。やって、重たいやろ。絶対、暗い雰囲気なるし。キミと居るのに、そんな空気なりたなくて」

時折上擦る声が、胸を締め付ける。泣いてるわけではなさそうだけど、何となく彼の背中をゆっくりさすっては叩いた。

「せやけど、やっぱりちゃんとせなあかんよなって思って……、唯ちゃんと一緒で、きっかけにするなら今日やって思たんや。……やから、行こ」
「……うん。嬉しい、ありがとう」
「……なんで唯ちゃんがお礼言うん」
「え、だって、私がお願いする側だったでしょ?」
「別に、ボクかて最初から来て欲しかったし……」
「んー。じゃあ、ほら、翔くんも言って?」
「…………ありがとさん」
「はい、どういたしまして」

顔を上げて視線を絡めると、翔くんはひとつ深く溜息を吐いた。私に対してというよりは、多分、彼なりに緊張していたのだろう。
長い指で私の前髪に触れ、露わにされた額に彼の乾いた唇が触れる。そして頬への口付けを経て、ゆっくり唇が塞がれた。

「……ほんま、おおきに、な。……、唯ちゃん」
「ん?」
「ボク、キミのこと常々、男の趣味がおかしい物好きな子ォやなぁって思とったけど」
「はい!?」
「今は素直に、唯ちゃんの男の趣味がトチ狂っとって良かったァ思うで」
「その言い方だと、私は素直に喜べないんですが……!?」

私の抗議を遮るように、もう一度唇を塞がれる。上唇を甘噛みされ、思わず吐息が漏れた。
そんな私の反応に満足げに笑った翔くんが、私の頬に手のひらを添え、ゆっくり言葉を紡ぐ。

「何より、ボクの目ェには狂いは無くて、……唯ちゃんのこと好きになれて、良かったって思うよ」

普段聞かないような言葉に、耳を疑った。でも、彼のほのかに赤い耳朶を見る限り、聞き間違いではなさそうだ。

「……誕生日のひとに、とんでもないプレゼントを貰った気分なんですけど」
「あっそ。そら得したなァ」

そう言って意地悪く笑って、べーっと舌を出して見せる。なんだか悔しい。
唇を尖らせむくれ顔を浮かべると、「可愛くない」と切り捨てられ、両頬を手のひらで挟まれた。

「こういう時やないと言えへんから言うただけや。出血大サービスやで」
「……別に、毎日言ってくれていいんですよ、私みたいに」
「阿呆か、キモイわ」
「キモイって言わないで!」

さすがに毎日言われたら、こっちだって身が保たない気がするので、別に良いのだけど。ちょっとだけ残念。

「まぁ、ボクこんなんやし、これからも滅多に言うことないと思うけど……。でも、覚えといてや、唯ちゃん」
「うん?」
「ボク、きっと唯ちゃんが思ってるよりもずぅっと、唯ちゃんのこと好きやよ」
「…………ねぇ、私が憶えてないだけで、今日って何かの記念日?」
「いや、ただのボクの誕生日」
「なのに何で私ばっかりプレゼント貰ってるみたいな感じになってるの!?」
「……せやったら、ほら、唯ちゃんも、言うて?」

にーっと悪戯っぽく笑って、ほんのちょっと前に私が言った言葉をそのままなぞられた。
何だか無性に恥ずかしくて口を噤もうと思ったものの、私はやっぱり彼には逆らえないのだった。

「……好き。翔くん、好き、大好き」
「……そんな何回も言わんでもええのやけど」
「出血大サービスですよ」
「ププッ、どうせ明日も明後日も言うくせにィ?」
「お誕生日特典で、私からのチューも付けましょう」
「いやもうさっきしたし要らん」
「まぁまぁ遠慮なさらずに」



一年一度の一生一世

(君を取り巻く世界のすべてに、心から感謝をするよ)


御堂筋翔くん、お誕生日おめでとう。今年もたくさん愛されますように!
15.01.31

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